ブルーレコード9月号
ブルーレコード。
月1回、岡山を中心に、香川、広島、島根、鳥取のレコード店、楽器店、セレクトショップ、古着屋、飲食店、映画館等で配布されている。
自分はその中で、コラム『昭和魂 ~あしたのTAKUYA~』 を書かせていただいているが、関東地方からも読んでみたいというご意見が多数あり、この場を借りて米田編集長に許可を得てご紹介させていただいている。
今月は9月号。
今年の4月に被災地に出動した話の後編を書いた。
◎被災地 宮古 の復興を願って◎
3月に起きた東日本大震災。
発生当時は、自分の住む関東においても、街は閑散とし、ガソリンも買えない、連日の計画停電により電車はストップ、食料品や生活品は過度の買い占めで売り切れ状態。
明日の見通しさえ立たない毎日が続いた。
自分も、いろいろと自粛すべきか考える中、米田編集長よりメッセージが届く。
「今こそTAKUYAさんのような立場の方々が、一般の方々を強い言葉で励ます時です。日本から希望が無くなったらプロレスもできないです。ブログ等で励ましの言葉や希望を発信し続けてください。」と。
自分は、そのメッセージから、自分のそういう発想は全く逆だったことに気付かされた。
よし!希望と元気を発信しよう!
今こそ力を合わせて「日本力」を発揮すべき時だ!
そういう思いが一気に高まり、神韻本プロレス三澤威トレーナーと作戦会議、被災地への出動を実現させた。
避難場所となっている小学校を訪れた。
自分は歯科検診と健康指導、三澤トレーナー達の整骨院チームは施療、プロレスラーは子供たちにたくさんのお土産を振舞った。
そしてみんなで時間の許す限り、被災者の方々と触れ合った。
「この子は最近全然しゃべらなくなっちゃってたのに、今日は久しぶりに笑ったり口数が多くなりました。」と、お母さんは涙ぐみながらおっしゃった。
自分には、お母さん自身が今日までお子さんがそういう状況だったので、元気を失っているように思えた。
次に、避難場所であるグリーンピア三陸みやこを訪れた。
ホールの中では、400人以上の方々が避難生活を送っておられた。
そこでも自分たちは自分たちのできる限りを尽くした。
その中に、街の再建を感じる足音、そしてその中で前向きに元気に生き抜く人々を見た。
復興には莫大な資金が必要。
だから寄付活動は非常に重要。
しかしこうして現地を訪れて皆さんと言葉を交わすことは、お金に換えられないものがある。
この日は日曜日。
普通に家にいたらただ漠然とした休日を過ごしてしまっていたかもしれない。
その場を見て、いろいろ気づかされたり考えさせられたこともたくさんあり、自分自身も大変勉強になった。
テレビで見た破壊された町、そのままの世界がそこにはあった。
しかしその中にも、町の再建を感じる足音、前向きに生き抜く人々を見た。
宮古の人たちは、本当に、気丈に、前向きに、生きていた。
被災地への出動において、自分は神様からふたつの宝物をいただいた。
ひとつは、宮古の町をふるさとのように思える気持ち。
宮古という町は自分にとって今までなんの縁もなかった。
しかし、今は故郷の様な愛着感さえ芽生えている。
落ち着いたら、元気イベントやファイティングエイド宮古をこの地に戻って行いたい。
そしてもうひとつは、今回、それぞれが大変な中、快くこの地まで出動してくださった“同志”。
これからもこの絆を大切にし、復興に向けてまたみんなで力を惜しみなく注いでいきたい。
台風が去った翌日は必ず快晴になるし、夜明けの来ない夜は無い。
地震も台風も津波もくる、だけどそういった被害を受けるたびにまた復活して立ち上がってきたのが日本。
起きてしまったことを悔やんでもどうにもならない。
しっかり受け身を取って、絶対にカウント2.99で跳ね返そうじゃないか!
プロレスラーがカウント2.99から跳ね返す力となるものは何か?
それは、応援してくれているみんなの力なのではないだろうか?
宮古の復興に必要なものは、他でもない、ニッポンのみんなの宮古を応援する力なのだ。。。
がんばろう東北!
がんばろうニッポン!
そして、がんばろう宮古!
このたびの東日本大震災により、被災されました皆様に対しまして、心からお見舞いを申し上げますとともに一日も早く復旧されることをお祈りいたします。 甲斐拓也
また来月号をお楽しみに。
毎月1日発行。
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