究極からは何かが生まれる
先輩のお墓参りに向かう途中、左奥にうっすらとその山影が見える筑波山。
条件反射的に中学生の時に筑波山のふもとで陸上の強化合宿を張った日のことをいまだに思い出す。
中2の2月、全国大会や関東大会に出られそうな男子陸上選手が茨城県中から集められた。
自分も短距離部門でギリギリその中にエントリーされて参加した。
合宿の一週間前に突然召集されるという不可解な合宿ではあったが。
まず最初に、お前らは選ばれし勇なんだから今回どんなことでも死ぬ気で頑張れと、洗脳を受ける。
実際、初日の練習は、その日の夕食後に全員がすぐに布団に直行するくらいのキツさだった。
翌朝も5時くらいに起こされて、練習前に全員頂上までダッシュして戻って来いと。
冗談だよね、早く冗談て言って!と思ってたらホントにスタート。
ふもとに戻ってきたときにはすでに死にそうだったが、ほとんどインターバル無くそこからすぐに本練習開始。
練習内容は全て限界まで。究極を追及するようなものばかり。
すごい合宿だった。
ツラかったが、練習って、あの時先生が怒ってくれたからこそ、先輩がしごいてくれたからこそ、今の自分があるのだと思う時って絶対に来るものだ。
苦しい思いをすることってのちのサクセスストーリーへの貯金なんだよね。
それにしても筑波山は標高8百メートルクラスの山だが、ダッシュで登るには急だし足元が岩場なところも多かった。
「弁慶の七戻り」という名所。
上から落ちてきた大きな岩が、岩と岩にはさまれて止まっている。
こういう所をくぐり抜けて行かなければならない。
ヘルメットが必要だよね(笑)。
弁慶がビビッて7回くぐるのをためらったという伝説にちなんでそういう名前がついたようだ。
弁慶にとってはナメられた名称になってしまっているが、どう見ても危ないぞ。
むしろ、弁慶の危機管理能力をたたえるべきではないか?(笑)。
その当時は、部活の練習の前のウォーミングアップとして朝10キロ夕方10キロ毎日走ってそれから本練習、なので毎日の走行距離は40キロ近くに及んでいたくらいなので、たいがいのことにはくじけなかったが、30年たつ今でもなぜかその日のことを鮮明に覚えているのでいかにその合宿がキツかったかということだ。
そんなことを、筑波山の山影を見てふと思い出した。
究極からは何かが生まれる。
人間は、非常に苦しい経験をしておくと、次に窮地に追い込まれたときに、あの時あれができたんだから今これくらいはできるはずだと、ピンチを乗り越えるための励みになる。
そしてその“ものさし”は生涯使える。
自分も、そういったはるか昔の体験ではあるが、その理論で今の自分を精神的にも肉体的にも支えている。
また明日から頑張ろう!


