水谷先生が封印の鍵をこじ開ける
水谷先生とのお疲れ様会の終盤、話題は技の話へ。
水谷先生のご提案で、
「今後、戦場に出て行くうえで、何か甲斐さんの必殺技を考えましょう」と。
何か候補は?と聞かれたので、思い付きを。
最近では、芦田先生に教えていただいたジャブの軌道からフックに入る「ミラージュフック」。
金子さんから教えていただいたパンチのラッシュを受け凌ぎながら出すカウンターパンチの「ピンチはチャンス」。それと自分で開発したバックブローとローリングソバットの回転複合技の「マオアサダ」。
これらを提案したが、それぞれの名前に関して完全ダメ出しを(笑)。
ちゃんとしたカッコイイ名前を考えますから、それぞれをやってるところの画像を送ってください、と言うことに。。(笑)。
(ちなみに、対ケルビン戦でチャンスがあれば出そうと思って苦し紛れに考えた幻の技「マオアサダ」。今ではヤフーの検索でカタカナで「マオアサダ」と入れると4000件以上にヒットするのになぜか自分の画像がその一番トップにくる。。。。笑)
もっと他に、これぞ!という技は何かないですか?ということに。
無いことも無いですけど、と。
話は今から20年前の苦い思い出にさかのぼる。。。
自分は20年前、風間猛師範のシュートボクシングの道場にかよっていた。
風間師範は、昭和40年代50年代の空手とキックのヒーロー。
東京12チャンネル(現テレビ東京)で、まだ放送枠が埋まらずテレビをつけても放送していない時間帯があるような時代にレギュラー枠で放送され、ブラウン管を通して華麗なキックを魅せておられていた。
そんな風間師範にご指導していただいた技が、コーナーに追い詰めての跳び膝蹴りだった。
相手をコーナーに追い詰めて、ジャンプをしながら膝を思いっきり突き上げ、同時に相手の頭を強く引き付けながらカウンターで顔面に撃ち込むエグい技。
甲斐君は体重あるからこういう技に磨きをかけた方がいいよと、師範自ら防具をつけていつも受けてくださった。
そんなある日、スパーリングの練習(そんな昔って、マススパーって無かったのかな?)で、自分の出したその跳び膝蹴りが練習相手の顔面にモロにヒット。
大きな卵の殻が割れるような“グジャ”っという感触は今も自分の膝に残っている。
今から考えたら技術の未熟な者同士がそういう風におこなう練習ほど危険なものは無かったのだが。。。
相手の人は入院することになってしまい、自分も行ける限りお見舞いを重ねたのだが、その人は退院後ももう格闘技をキッパリ辞めてしまった。
自分も膝を出すのが怖くなった以前に、日々のそういう重苦しい気持ちに負けて、格闘技にも足がだんだん遠のくようになってしまった。
そういった20年前の心の傷の話を、自分がうつむき目線でお酒を飲みながらシンミリと語り終えるか終えないかのうちに、
「それいきましょう!」
と、水谷先生。
「ええっー。。」
「その封印は、僕が鍵をこじ開けますよ」と。。。
一緒にその技を練習しましょうと。
そしてその技を、甲斐家、水谷家、両家に代々伝わる伝統的な技にしましょうと。
「ええっー」と、自分は最初すごく複雑な気持ちだったが、20年という歳月と、水谷先生の熱い思いがそれをすべて洗い流したのだろうか。
「。。。お願いします」と。
そして、年明けからふたりで極秘にその技の練習をして実戦で出せるようにしましょうということに。
(ここに書いていること自体、極秘でも何でもないのだが。。。笑)
実戦でその技でKOが取れるくらい練習して研ぎ澄まし、会場にスタンディングオベーションをおこしましょうと、水谷先生。
年末年始に水谷先生がそのネーミングも考えてきてくれることになった。
はたしてどうなることか。
帰りにお店の前で、やんわりと、その技のポーズで(笑)。

