悲しむということの重要性 |     甲斐拓也の “「新」常在戦場 ” ブログ 

悲しむということの重要性

読売新聞に掲載された内容で、劇画のタイガーマスクの話があった。



当時、子供ながらに、みなしごの子供たちのために戦うタイガーマスクの生き様を「その生き方格好いい!」と、すごくあこがれたものだった。

戦うタイガーマスクにでなく、その背景の方に非常に惹かれたのだ。



精神の育成される時期に、ノンフィクションながらそういった感傷的な気持ちをも抱くことは、すごくプラスになるような気がする。喜怒哀楽の、喜と楽だけでなく、怒や哀も刺激を受けながら育ったほうが感性が高まるのではないだろうか?



思えば、その当時見ていたテレビも特に最終回となると悲劇的なストーリーが多く、涙ものだった。



妖怪人間べムと魔法使いサリーちゃんの最終回はともに火事になってしまう。

ウルトラマンはゼットンを倒せず負けてしまう。

ウルトラセブンはギリギリのところでなんとか勝つには勝ったがM78星雲への帰還を余儀なくされてしまう。

アンヌ隊員に対する別れのセリフ「明日の朝、明けの明星が輝く時、ひとつの光が星になる、それが僕なんだ」というセリフは画面を見ながら涙を流す当時5歳だった自分のハートに深く刻み込まれ、38年経った今でも忘れないセリフになっている。



悲しむということも心をを豊かにするものなのかもしれない。