
「少林寺」
原題:少林寺
英題:Shaolin Temple
製作:1982年
▼香港が功夫映画の最先端を突っ走っていた80年代初期、その地位を脅かさんとする刺客が中国大陸から現れました。各省を代表する武術家たちを集結させ、“本物”の迫力で観客を魅了した超大作…そう、かの有名な『少林寺』です。
本作は世界的なスターとなった李連杰(リー・リンチェイ)のデビュー作であり、日本においても大ヒットを記録しています。後世の作品に与えた影響は大きく、功夫映画史を語る上でも外せないタイトルといえるでしょう。
ところが本作は、そうした大きな意義を持っている一方で、とてもアバンギャルドな一面を秘めているのです。実を言うと、私が本作を視聴したのは割と最近の事であり、予想とは違う内容に「マジで!?」と驚いた覚えがあります(苦笑
■隋の時代、戦乱に揺れる中国では干承恵(ユエ・チェンウェイ)将軍が台頭し、力による支配で民を苦しめていた。彼に父親を殺された李連杰は、重傷で倒れていたところを少林寺の門弟たちに救われる。
師匠の干海(ユエ・ハイ)、兄弟子の胡堅強(フー・チェンチァン)や孫建魁と親睦を深めた彼は、仇討ちのために少林寺で武術を学ぼうと決意。しかしその道のりは険しく、血気にはやる李連杰は「何年も修行していられない!」と寺を飛び出してしまう。
彼はその足で敵陣に向かい、捕まっていた干海の娘・丁嵐(ティン・ナン)とともに戦うが、干承恵の巧みな剣術の前に敗走。彼女の説得で少林寺に戻った李連杰は、改めて修行に打ち込んでいった。
その後、李連杰が干承恵と敵対する勢力の将軍を救った事で、図らずも少林寺に戦火が及んでしまう。果たして少林寺の運命は、そして仇討ちの行方は…!?
▲過去の少林寺映画では、たびたび「復讐心を捨てよ」「仏法を守るべし」という教えが提唱されてきました。これは少林寺という題材を描く上で絶対に無視できない要素であり、功夫片にも通ずるワードを見出すことが出来ます。
しかし驚いたことに、少林寺映画のパイオニアであるはずの本作では「肉を食う?人を殺めた?御仏の慈悲があるから大丈夫でしょ!」というノリで一貫され、説教臭い要素が削ぎ落されているのです(笑
このアバウトさは主人公のキャラクター像にも反映されています。本作における李連杰(めっちゃ若い!)は堪え性がなく、復讐心を捨てずに最後までリベンジまっしぐら。埋葬した犬を食べるシーンには私も仰天してしまいました。
師匠や兄弟子たちも戒律をあまり重要視しておらず、館長にいたっては全てを御仏の慈悲に丸投げという有様。ここまでムチャクチャだと清々しさすら感じます(爆
ストーリーも行き当たりばったり感が強く、これだけならヒットしたのが不思議に思えてしまうところです。しかし、抜群のロケーション効果と本物の武術家の投入により、本作は比類なき存在感を得ました。
特に武術家たちの出演は、アクションシーンの向上だけに留まらず、作品そのものに確固たる説得力を持たせています。モノホンを起用した映画は世界中に数あれど、ここまで素材の味を生かせた作品は二つとありません。
劇中のファイトに関しても、映画向けにデフォルメされていた香港系のものとは違い、表演や演武をそのまま持ってきたような流麗さがあります。そのため、ややメリハリに欠けている部分があるものの、見事なバトルが展開されていました。
荒々しい李連杰の棍術、胡堅強と計春華(チー・チュアンホワ)の死闘、華麗な酔棍で舞う孫建魁などなど…。無論、本作もそれなりに誇張された部分はあるのでしょうが、随所に“本物”を感じさせる気迫が存在しています。
映画としては未整理な部分が目に付くも、今や大陸産功夫片から失われた“本物”の魅力が凝縮された逸品。本作の成功が『少林寺2』や『阿羅漢』、ひいては『黄河大侠』へ繋がっていくと思うと、なんとも感慨深いものを感じてしまいますね。
さて次回は、都会にやって来たドラゴンが大暴れ! 唸るヌンチャクと怪鳥音、そして波打つ贅肉に迫ります!