『ストリートファイター 2050』 | 続・功夫電影専科

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香港映画を始めとした古今東西のアクション映画の感想などを書き連ねています。


「ストリートファイター 2050」
原題:BLOODFIST 2050
制作:2005年

●昨年(2008年)の9月26日、エクスプロイテーション・ムービーの雄であり、B級映画の帝王ロジャー・コーマンの片腕として活躍していた男がこの世を去った。彼の名はシリオ・H・サンチャゴ…多くのB級映画に足跡を残してきた男で、当ブログでも監督作の『ザ・フューチャー・ハンター』『キング・オブ・フィスト』等々を紹介している。その作風は良くも悪くもB級的なものばかりだが、格闘映画・コマンドアクション・コメディ・SF・ホラーから女囚モノまで手広く手がけており、この手のジャンルの象徴ともいえるような存在の人物でもあったのだ。
本作は、そんなサンチャゴの日本に上陸した(現時点で)最後の作品である。この作品が作られた当時、格闘映画界はトニー・ジャーの登場によって震撼させられ、同時に多くのアクション超人が誕生していた。2004年に『アルティメット』でシリル・ラファエリが、その翌年にはマティス・ラントヴェアーが『バレット・フィスト』で市場を席巻。2006年にはマルコ・ザロールが『Kiltro』で彗星の如く現れた。無論、この流れにサンチャゴとコーマンも便乗し、本作のような格闘映画が完成したのだ。
荒廃しきった近未来のロサンゼルス。そこへ兄を探して現れたマット・マリンズは、兄がロスの闘技場でファイターとして活躍していた事と、その兄が何者かによって殺された事を知る。ストリッパーのねーちゃん(脱ぎ要員)と気のいいファイター(最強の敵への噛ませ犬要員)から話を聞いたマットは警察に駆け込むが、当然の如く役に立たず。そこで出会った不良刑事(ちょっと『アカギ』の安岡っぽい)の助言で、犯人を探すために闘技場へ参戦するのだが…。
別の映画から持ってきた流用映像で始まるオープニング、使い古された舞台設定と展開、絶えず裸のねーちゃんが乱舞する物語…とまぁ、ご覧の通り本作はバリバリのB級映画だ。ストーリーに真新しいものは何一つ無く、その既視感は『NO RULES/ノー・ルール』とタメを張るほど。だが、それでも本作がそれなりに見ていられるのは、良質な格闘アクションの連発で画面を彩ってもたせているからに他ならない。

主演のマット・マリンズは本物の格闘チャンプで、アクロバティックな動作もそつなくこなすオールラウンドタイプの猛者。その技量は他のアクション超人たちと比較しても何ら遜色無いものだが、この人、ちょっと個性に乏しいのだ。シリル・ラファエリには野性味溢れる魅力があったし、マティス・ラントヴェアーは顔も技もキレる人だった。ではマットはどうだろうか?…と、改めて本作の彼を見てみると、単なるアクションの凄い人としか見えないではないか!
この先、恐らく格闘映画界には幾多のアクション超人が現れるはずだが、そうなったらアクション超人たちのインフレが発生する危険性がある。もしその時が来た時に生き残れるのは(当たり前だが)他とは違う個性の強いスターだけだ。本作を見る限りマットの技量に問題は無いが、スター性や個性という点では明らかに既存のアクション超人たちよりも劣っている。現在マットはアメリカ版『仮面ライダー龍騎』などで活動を続けているようだが、願わくば更なる躍進を期待したい。

ちなみにストーリーはクライマックスまでお決まりの展開をなぞるが、ラストでちょっとしたどんでん返しがあるのが見もの。もし本作がヒットしていたなら、そしてサンチャゴが存命していたのであれば、ドン・ウィルソンを担ぎ出した時と同様に、マットを主演に添えて大量の格闘映画を製作したのかもしれない…(合掌)