ビリー・ホリデイ - 恋は愚かというけれど (Columbia, 1958) | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

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元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。

ビリー・ホリデイ&レイ・エリス・オーケストラ - 恋は愚かというけれど
Billie Holiday with Ray Ellis and his Orchestra - I'm a Fool to Want You (Frank Sinatra, Joel Herron, Jack Wolf) (Colubia, 1958) - 3:23 

Released by Colubia Records as the album "Lady In Satin", CL 1157(mono) and CS 8048(stereo), June 1958
[ Billie Holiday with Ray Ellis and his Orchestra ]
Billie Holiday - lead vocals, Ray Ellis -  conductor, Claus Ogerman - arranger, George Ockner - violin and concertmaster, Emmanual Green, Harry Hoffman, Harry Katzmann, Leo Kruczek, Milton Lomask, Harry Meinikoff, David Newman, Samuel Rand, David Sarcer - violin, Sid Brecher, Richard Dichler - viola, David Soyer, Maurice Brown - cello, Janet Putman - harp, Danny Bank, Phil Bodner, Romeo Penque, Tom Parshley - flute, Mel Davis, Billy Butterfield, Jimmy Ochner, Bernie Glow - trumpet, J.J. Johnson, Urbie Green(solos on "I'm a Fool to Want You"), Jack Green - trombone, Tommy Mitchell - bass trombone, Mal Waldron - piano, Barry Galbraith - guitar, Milt Hinton - bass, Osie Johnson - drums, Elise Bretton, Miriam Workman - backing vocals
 モダン・ジャズのスタンダード曲は主にアメリカで1920年代~1950年代に渡って歌謡曲やダンス音楽のレコード、ミュージカル挿入歌や映画主題曲などのポピュラー音楽として発表され、多くのミュージシャンのレパートリーとして定着したものですが、もちろんジャズマン自身によるオリジナル曲も相当の率を占めます。ジャズマンによるオリジナル曲は最初からジャズ曲として作られているので取り上げやすいからですが、ではポピュラー曲をジャズ・スタンダード化した役割を果たした第一人者はといえばビリー・ホリデイ(1915-1959)とフランク・シナトラ(1915-1998)の二大歌手になります。奇しくも同年生まれになる両者は、一方は混血黒人女性歌手、他方はイタリア移民系白人男性歌手であり、そのレパートリーがポピュラー楽曲のジャズ・スタンダード化の大半を担っていました。大衆的人気ではビリーはシナトラにはまったくおよばないブルース系の黒人歌手にとどまりましたし、ビリーが歿年(享年44歳)までに残した録音は同年までの時点でシナトラの録音数の1/3にもおよびません。

 しかしビリー・ホリデイの全録音はシナトラの全録音に匹敵するジャズ・スタンダードの宝庫なので、黒人白人問わずジャズマンたちはせっせとビリーとシナトラのレパートリーからポピュラー曲のジャズ化を採っていました。シナトラとビリーは尊敬しあっていましたが、シナトラのビリーへの尊敬は成功の上に立った余裕のあるものだったのに対し、ビリーのキャリアには何度かシナトラの大衆的人気に匹敵するものをと、明確にシナトラへの挑戦の意識がうかがえるレコーディングがあります。逝去前年に体調不良を押して制作・発表されたアルバム『レディ・イン・サテン』はビリー最後にして最大のシナトラへの挑戦で、シナトラが早くから成功を収めてきた(ビリーの録音では予算上たまにしか実現できなかった)弦楽入りオーケストラを全編に起用した初のアルバムであり、かつシナトラのレパートリーを集中的に取り上げたアルバムです。それまでも両者には共通のレパートリーがありましたが、本作の場合ビリーがシナトラの人気曲集をシナトラの得意とするオーケストラ・アレンジで歌ったのは大きな勝負だったのは閑却できないでしょう。しかもアルバムのオープニング曲「恋は愚かというけれど」はシナトラが初の自作曲として1951年にシングル・ヒットさせ、前年1957年のアルバム『フー・アー・ユー?』で再録音して再ヒットさせたばかりの曲です。
 
 ビリーもシナトラもジャズ歌手ではありましたがソングライターではなく、ビリーは生涯に10曲弱しか自作曲はありませんがそれらはいずれも人気を博してスタンダード曲になりました。シナトラ初の自作オリジナル曲「恋は愚かというけれど」は現在までに200ヴァージョン近いカヴァーを生んでいる大スタンダードになった曲です。かつての日本の歌謡曲作曲家はジャズから学んで作曲していたので、「恋は愚かというけれど」を下敷きにした(歌い出しなどまったく同一のメロディーです)歌謡曲の大ヒット曲には、台湾出身の中国語圏の歌姫、テレサ・テン(1953-1995)の日本での再デビュー曲になった「つぐない」(荒木とよひさ作詞・三木たかし作曲、1984年=昭和59年)があり、30代を迎えていよいよ円熟したテレサの歌唱力の充実とともに、ジャズ・スタンダードを見事に歌謡曲に消化(昇華)して本家取りした名曲です。もっとも作曲者の三木たかし氏によれば、「つぐない」はフリオ・イグレシアス(1943-)のフリオ自作オリジナルのヒット曲「33歳 (A mis 33 anos)」を下敷きにしたそうで(同曲は西城秀樹がのちの1988年に日本語カヴァーします)、シナトラ(おそらくビリーのヴァージョンも参考にしつつ)→フリオ→「つぐない」、というバトン・リレーのような間接的な影響によるもののようです。
テレサ・テン - つぐない (作詞・荒木とよひさ、作曲・三木たかし、編曲・川口真) (トーラスレコード 07TR-1056, 1984) - 3:58 

 「恋は愚かというけれど」はジャズ曲ではありますがもともとヴォーカル曲なので、原曲は必ずしもモダン・ジャズとはいえないのですが、シナトラやビリーの抜群の歌唱によって器楽曲でもモダン・ジャズ・スタンダードとして演奏されるようにもなりました。ジャズ・ヴォーカルによるカヴァーでも晩年のビリーに私淑した白人女性歌手シーラ・ジョーダン(1928-)のヴァージョンはビリーへのオマージュ(ビリー版と同じく名手バリー・ガルブレイスがギターを弾いているのに注目)でありながらギター、ベース、ドラムスの最小のトリオ編成だけのバンドをバックにし、器楽的なアプローチをくぐった上で再びヴォーカル曲に再解釈した屈折があり、ジャズ・ヴォーカル曲をよりこなれたポピュラー曲に改作した「つぐない」とは正反対の発想によるものです。また『レディ・イン・サテン』はビリーのアルバムでももっとも賛否両論分かれる作品であり、ビリーを最高のジャズ・シンガーにしていた軽やかな鋭さ、自然な暖かみよりも深刻な病状と体調不良で荒れた声から絞り出した悲壮な歌唱に一転しており、弦楽入りオーケストラをバックに歌いながら歌唱に力みのないシナトラとの資質の違いも感じさせます。ビリーはこの録音から1年半足らずで病没しますが、それもあって晩年最大の問題作になっているのが『レディ・イン・サテン』で、冒頭曲の本曲はアルバムのムードを決定しているだけに、ビリー生涯の因縁のシナトラへの挑戦が吉凶を分けたようにも思えます。
Frank Sinatra with Gordon Jenkins and his Orchestra - I'm a Fool to Want You (Capitol, 1957) - 4:51 

Released by Capitol Records as the album "Where Are You?", Capitol W-855, September 2, 1957
[ Personnel ]
Frank Sinatra - vocals, Gordon Jenkins - arranger, conductor
Englewood Cliffs, New Jersey, October 12, 1962
Released by Blue Note Records as the album "Portrait of Sheila", BST 89002, January 1963
[ Personnel ]
Sheila Jordan - voice, Barry Galbraith - guitar, Steve Swallow - bass, Denzil Best - drums

(旧記事を手直しし、再掲載しました)