サン・ラ - ブルー・ディライト (A&M, 1989) | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

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元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。

サン・ラ - ブルー・ディライト (A&M, 1989)サン・ラ Sun Ra - ブルー・ディライト Blue Delight (A&M, 1989)

Recorded at Variety Recording Studios, New York,  December 5, 1988
Released by A&M Records CD 5260 (CD), SP 5260 (LP), D22Y3384 (Japanese CD), 1989
Produced by John Snyder
All Compositions except as indicated and Arranged by Sun Ra
(Side 1)
A1. Blue Delight - 11:10
A2. Out of Nowhere (Green-Heyman) - 5:26
A3. Sunrise - 11:48
A4. Nashira (Julian Priester) - 4:09
(Side 2)
B1. They Dwell on Other Planes - 14:41
B2. Gone with the Wind (Magidson-Wrubel) - 5:51
B3. Your Guest is as Good as Mine - 5:53
B4. Days of Wine and Roses (H.Mancini) - 6:58
[ Personnel ]
Sun Ra - piano, synthesizer
Fred Adams - trumpet
Tommy Turrentine - trumpet
Ahmed Abdullah - trumpet
Al Evans - flugelhorn, frenchhorn
Tyrone Hill - trombone
Julian Priester - trombone
Marshall Allen - alto saxophone, flute, oboe, clarinet in A
Knoel Scott - alto saxophone, percussion
John Gilmore - tenor saxophone, clarinet, percussion
Danny Ray Thompson - baritone saxophone, flute, bongos
Eloe Omoe - bass clarinet, alto saxophone, contra-alto clarinet, percussion
James Jacson - bassoon, flute, percussion
Bruce Edwards - electric guitar
Carl LeBlanc - electric guitar (all solos)
John Ore - bass 
Billy Higgins - drums
Earl "Buster" Smith - drums
Elson Nascimento - surdo, percussion
(Original A&M "Blue Delight" LP Liner Cover & Side 1 Label)

 今回でサン・ラのアルバム紹介は129回、しかもサン・ラのアルバムはVol.1~3などシリーズになっているもの、1作で複数の音源をカップリングしたものも多いので、ご紹介したアルバム枚数は170枚あまりになりました。本作は翌1989年にやはりA&Mレコーズに録音された『Purple Night』(A&M, 1990)と姉妹作、またインディー・レーベルRounder Recordsからの『Somewhere Else』(Rounder, 1993)と三部作をなすもので、本作と『Purple Night』(プリンスの『Purple Rain』以前にパープルはサン・ラのイメージ・カラーで、スタンダード曲「Deep Purple」はサン・ラ'50年代からの愛奏曲であり、ジミ・ヘンドリックスの「Purple Haze」よりは遅いとはいえ、すでに1970年にアルバム『The Night of The Purple Moon』があります)のセッションの残りテイク、または本作と『Purple Night』制作に乗じて意図的にもう1枚分の録音を済ませたのが『Somewhere Else』とも見なせます。本作のプロデューサーはA&MでHorizonなど数々のジャズ用サブ・レーベルを手がけてきたジョン・スナイダーですが、サン・ラ側は完成度の高いアルバムを仕上げるためにA&Mとの契約には収まりきらないほどの曲目を録音し、スナイダーのお眼鏡にかなってA&Mの「MODERN MASTERS JAZZ SERIES」の1作として本作に収録されたテイク以外はラウンダーへの提供を許したのでしょう。ただし発売時期は遅らせるというのがサン・ラとラウンダーへの条件だったと思われ、『Somewhere Else』の発売はすでにサン・ラが病床についていた1993年(同年5月30日昇天)になりました。また大メジャーのA&Mからリリースされた本作は、サン・ラ生前発売の公式スタジオ・アルバムとしては初のCD発売を前提として仕上げられたアルバムです。上記は同時発売のアナログLPでのAB面の曲目表記をしましたが、CDでは、
(Tracklist)
1. Blue Delight - 11:10
2. Out of Nowhere (Green-Heyman) - 5:26
3. Sunrise - 11:48
4. They Dwell on Other Planes - 14:41
5. Gone with the Wind (Magidson-Wrubel) - 5:51
6. Your Guest is as Good as Mine - 5:53
7. Nashira (Julian Priester) - 4:09
8. Days of Wine and Roses (H.Mancini) - 6:58

 --とジュリアン・プリースター作の「Nashira」が4曲目(LPのA4)にくり上がっており、CDとしてはまだしも、アナログ盤はLPレコード収録時間限界の片面30分・AB面で60分を越えるアルバムになっています。'50年代~'70年代のサターン盤アナログLPなら本作収録の8曲を4曲ずつに分けて、2枚でリリースしたと思われるほどのヴォリュームのアルバムです。

 サン・ラ・アーケストラはそれまでA&Mにはハル・ウィルナーのプロデュースによるオムニバス・アルバム『Stay Awake』(A&M, 1988)に1曲のみ参加していますが、人気ポピュラー・トランペット奏者ハーブ・アルパート創立、ティファナ・ブラスやセルジオ・メンデスらのポップ・ジャズからポール・デスモンド、ウェス・モンゴメリーらメインストリーム・ジャズのアーティストを手がけ、キャロル・キングやカーペンターズなど洗練されたポップスをヒットさせる一方ジョー・コッカーやピーター・フランプトンら主流ロックでも大ヒットを飛ばし、スティクスやポリス~スティングなどドル箱ロック・アーティストを抱えたA&Mから、まさかサン・ラのアルバムとは、'70年代の意欲的なHorizonレーベルでのジャズ実績もあるとはいえ、ドイツやイタリア、フランスでのメジャー配給でのスタジオ盤はありましたが、アメリカ国内でのメジャー・レーベル作品としてはサン・ラ74歳にして初めてのアルバムになったのが本作です。日本盤も即座にCD発売されました。また本作はアーケストラとの作品ではなくサン・ラ単独名義のアルバムで、アーケストラの中核メンバーもしっかり参加していますが、トミー・タレンタイン(トランペット)を始めゲスト・ミュージシャンも参加し、ベースのジョン・オーレ(エルモ・ホープ、バド・パウエル、フレディ・レッド・トリオら歴任)、ドラムスのビリー・ヒギンズ(オーネット・コールマン・カルテット出身)など1961年~63年のセロニアス・モンク・カルテット以来のコンビネーションです。トロンボーンのジュリアン・プリースターはシカゴ時代のアーケストラ創設メンバーながらいち早くニューヨークに進出し、マックス・ローチ・クインテット以来メインストリーム・ジャズで実績を積んできており、30年ぶりのサン・ラとの共演にサン・ラもプリースターのオリジナル曲を1曲採り上げて応えています。

 本作はストレートなスウィング感、オーソドックスなソロ回し(トミー・タレンタインとジョン・オーレ、エレクトリック・ギターのカール・ルブランのソロのフィーチャー度が目立ちます)、ほぼ半数を占めるスタンダード曲のスウィンギーな解釈でプレ・フリージャズ期=シカゴ時代のサン・ラに回帰した上でコンテンポラリー色に配慮したようなサウンドで、'50年代アーケストラの『Jazz By Sun Ra』『Sound of Joy』や『Super-Sonic Jazz』『Jazz in Silhouette』、スタンダード曲集としては『Sound Sun Pleasure !』の'80年代版のように聴こえます。メインストリームのハード・バップ色にサン・ラらしいひねりを加えた作風で、フリー・ジャズ的要素もありますが'60年代以降のフリー・ジャズではなくプレ・フリージャズ期の'50年代の意欲作をそのまま'80年代風に洗練させたような演奏で、サン・ラもほとんどピアノに専念していれば、タレンタインやプリースター、またオーレとビリー・ヒギンズの入った効果は大きく、ストレート・アヘッドなジャズ・アルバムとしてフリー的な面よりもメジャー・リリースらしい堂々としたメインストリーム・ジャズ作品になっています。リハーサルや録音時間もたっぷり取られ、メジャー作品ならではの優秀なスタッフとスタジオに恵まれ、サターン盤やインディー・レーベル作品より桁違いの潤沢な予算で制作されたのがしっかり内容に反映されています。翌年のA&M作品『Purple Night』も本作の出来映えへの満足から企画されたと思われ、『Purple Night』ではトミー・タレンタインの代わりにドン・チェリーをトランペットに迎えて制作されることになります。その代わりアーケストラの中核メンバーは控えめにアンサンブル要員にとどまっており、ジョン・ギルモアやマーシャル・アレンのソロは短く、勤めてオーソドックスなプレイに徹している印象も受けます。サン・ラにとってもスタジオ盤のフルアルバムは1986年12月ミラノ録音のイタリアの老舗インディー・レーベル、Black Saintレコーズへの姉妹作『Reflections Of Blue』(Black Saint, 1987)、『Hours After』(Black Saint, 1990)以来であり、この頃のアーケストラのライヴはほぼ定番曲で固められ、その分演奏は余裕綽々で自由自在になっていたのが1988年8月のライヴ盤『Live At Pit-Inn』や9月のライヴ盤『3rd September, 1988: Chicago』で堪能できるものの、スタジオ盤では高い完成度のメインストリーム・ジャズ作品をというリクエストにしっかり応えています。

 翌年以降看板テナー奏者のジョン・ギルモアが病気がちでツアーへの参加がめっきり減り、サン・ラも不整脈と脳卒中でツアーをこなすごとに入院し、1990年11月には2か月入院、以降はリハビリ生活を送りながらツアーとレコーディングをこなします。廃盤になっていた'50年代~'70年代のアルバムの一斉CD化が復刻レーベルEvidence社から始まったのがこの頃の朗報でした。1992年夏には車椅子でステージに上がりセカンド・キーボード奏者を迎えるようになりますが、同年11月にはバンドの歌姫ジューン・タイソンが乳癌で亡くなります。この年の12月下旬のニューヨークでの4日連続公演がサン・ラ最後のステージになり、リハビリ・センターでの診断でサン・ラの帰郷が決まります。故郷アラバマ州バーミングハムの妹の家に1993年1月に帰郷したサン・ラは79歳の誕生日を迎える3月に心臓発作を起こし、ペースメーカー手術を受けた3週間の集中治療後は全身麻痺で会話も動作も次第にできなくなり、睡眠と覚醒すら判別できない状態になりました。5月30日に昏睡中に逝去したサン・ラは1週間後に埋葬され、サン・ラ抜きでライヴ活動を続けていたアーケストラは当日ニューヨークでのライヴを控えていましたが、飛行機で往復して埋葬式で追悼演奏を行いました。以降アーケストラは正式にマーシャル・アレンをリーダーとして今日に至ります。

 そのように1988年12月、本作録音時のサン・ラはライヴ活動はあと4年、逝去まで4年半の晩年にさしかかっていました。アルバム紹介もあと20枚を残す程度になります。自信に満ちて精悍なジャケット写真のポートレート通り本作の堂々とした内容、バンドの統率力、サン・ラ自身の充実したピアノ・プレイは老齢で倒れる最晩年まで変わらず、ここから後のアルバムは1作1作がいつ遺作となるかもわからない渾身の力作が並びます。本作はその晩年作品の皮切りとなるスタジオ盤として現役引退までの花道の第一歩となったアルバムです。サン・ラ最初のアメリカ国内でのメジャー作品になった本作はそのように、葉桜ギリギリの桜を思わせる意味深い名作です。

(旧記事を手直しし、再掲載しました。)