サン・ラ - ヴォイス・オブ・ジ・エターナル・トゥモロウ (El Saturn, 1980)
(Reissued 2014 Enterplanetary Koncepts Front Cover)
サン・ラ Sun Ra and his Arkestra - ヴォイス・オブ・ジ・エターナル・トゥモロウ Voice of the Eternal Tomorrow (The Rose Hue Mansions of the Sun) (El Saturn, 1980)
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Recorded at Squat Theater, New York on September 17, 1980
Released by El Saturn Records Saturn 91780, 1980
Reissued by Enterplanetary Koncepts
3 x File, FLAC, April 2, 2014
All Composed and Arranged by Sun Ra
(Side A)
A1. Voice of the Eternal Tomorrow - 7:59
A2. Approach of the Eternal Tomorrow - 11:20
(Side B)
B1. The Rose Hue Mansions of the Sun - 21:11
[ Sun Ra and his Arkestra ]
Sun Ra - synthesizer, organ
Curt Pulliam - trumpet
Walter Miller - trumpet
Michael Ray - trumpet
Craig Harris - trombone
Tony Bethel - trombone
Vincent Chancey - french horn
Marshall Allen - alto saxophone, oboe
Noel Scott - baritone saxophone, alto saxophone
John Gilmore - tenor saxophone
Danny Ray Thompson - baritone saxophone
James Jacson - basoon, percussion
Eloe Omoe - bass clarinet
Kenny Williams - tenor saxophone, baritone saxophone
Hutch Jones - alto saxophone, reeds
Sylvester Baton - reeds
Steve Clarke - electric bass
Hayes Burnett or Richard Williams (possibly) - bass
Damon Choice - vibraphone
Harry Wilson - vibraphone
Luqman Ali - drums
Reg McDonald - drums
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(Original El Saturn "Voice of the Eternal Tomorrow" LP Front Cover & Side A/B Label)
このアルバムはジャケットの粗悪なサターン作品でもとびきりひどく、サンプル用無地ジャケットに曲目表が貼りつけてあるだけです。しかもまったく同じ内容のアルバム(レコード番号も同じ)が『The Rose Hue Mansions of the Sun』の別名で同時発売されており、そちらは白い無地ジャケットにカラーのマジックペンで落書きがしてあります。レーベルに至ってはスタンプが押してあるきりで、レコードは内容で勝負でもこれはないだろ、と嘆きたくなります。しかしサン・ラ・アーケストラ自主制作のサターン盤は粗悪なジャケットで数々の名盤を送り出してきたわけで、1978年~1979年の『Disco 3000』『Sleeping Beauty』『On Jupiter』あたりではジャケットがひどいほど内容は充実しており、現行CDではまったくの新規ジャケットで再発売されているのも当然でしょうし、各種音楽サイトでもオリジナルLPジャケットではなく新規CDジャケットをアルバム・リストに採用しています。そもそも『Sleeping Beauty』や本作などはジャケットといえるものがないのです。バンドの自主制作でライヴ会場の手売りや通販で売っていたのですからこういう事態になったので、ニューヨーク進出前の出身地シカゴのマネジメントに業務を委託していた1974年までのサターン盤はそれなりに店頭商品で通るジャケットで出ていました。1974年~1977年の間にマネジメント契約の解消があり、サターン盤のジャケットが手抜きになったのもジャケットまでメンバーが手作りしなくならなければなったため、熱心なマニアに二度売りするために同じ内容で別タイトルのアルバムが多発するようになったのもそれ以降の出来事でした。普通では考えられないことですが、サン・ラのリスナーであるからにはそれ相応の覚悟がいるのです。
さて、思いきりノリの良いジャズ・アルバムだった前作『Sunrise in Different Dimensions』がスイスでのサーヴィス満点のライヴだったのに較べ、地元ニューヨークでの爆裂ライヴがこれです。スイスではヴォーカルのジューン・タイソンを除くと9人編成でしたが、こちらでは驚愕の22人編成。金管楽器6人、木管楽器9人(!)、ベース2人(ベース・ギターとアコースティック・ベース)、ヴィブラフォン2人(!)、ドラムス2人で、スイスではピアノに徹したサン・ラですが本作ではシンセサイザーと電気オルガンのみで飛ばします。まるでシンセサイザー導入直後の1969年~1970年のライヴに戻ったかのような演奏で、アルバムを上げれば当時のスタジオ盤『Solar Myth Approach Vols 1』と『Vols 2』、ライヴ盤『Nuits de la Fondation Maeght, Volume I』と『Volume II』に近い内容ですが、共にフランス盤でやや冗長な編集だった両作と本作では集中力に各段の差があり、'70年代後半にフュージョンどころかディスコまでやっただけあってひさびさの本格的フリー・ジャズが楽しくてならない様子がうかがえます。
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(Original Alternated El Saturn "The Rose Hue Mansions of the Sun" LP Front Cover & Side A Label)
会場のスクワッド・シアターはニューヨーク在住のハンガリー系難民によって運営されていた施設で、ほとんどギャラは出せない代わりに非商業的パフォーマンスに広く門戸を開いていたようです。1980年にアーケストラはアルバム用のライヴ・レコーディング目的で数回に渡ってコンサート出演した記録があり、良好な録音状態からもおそらく観客はライヴ録音を知らされており、演奏中は会話・飲食・出入り禁止のマナーが発令されていたと思われます。ひょっとしたらフリー(無料)・コンサートだったかもしれません。規模までは詳しくわかりませんが、スクワッドというからには固定椅子などなく舞台と客席の仕切りもない体育館のような多目的ホールだったかもしれず、客数に応じてパイプ椅子が出るか野外コンサートのように床に座るかのような会場が想像されます。いずれにせよ、集まってきたのは熱心なアーケストラのファンかよほどの物好きか、ハンガリー難民仲間のコミュニティ行事ということで集まったニューヨーク在住ハンガリー難民のいずれかでしょう。録音状態から察してバンドはミキサー卓を通さないアコースティック音響で(シンセサイザー、電気オルガン、エレクトリック・ベース除く)バンドスタンドからのオーディエンス環境録音(エア録音)と思われ、シンセサイザー/オルガンとベースのデュオになる箇所のみミキサー卓からのライン録音の可能性が考えられます。録音も良好、充実した内容なのに本作は現在ではアーケストラ公式サイトによるダウンロード再発売しかされていないのが惜しまれます。
先に1969年~1970年録音作品に近いとしましたが、実際にはヴァブラフォンの使用には本格的フリー・ジャズ作品初期の『The Heliocentric Sounds of Sun Ra』'65のマリンバやエレクトリック・チェレステ、クラヴィオーヌの使用を思わせますし、オルガン・インプロヴィゼーションに「'Round Midnight」のフレーズが混じる(これはELPのキース・エマーソンも「Tarkus」のライヴ・ヴァージョン以来演っていましたが)のは'76年以降の傾向です。おそらく作曲・アレンジには五線譜だけではなく一種の図形楽譜が用いられていると思われ、現代音楽では'60年代に用いられるようになった作曲表記方法ですが、グラフによって各楽器のパラメーターを推移させるものです。'69年~'70年作品よりもアンサンブルが精密になり、フリー・インプロヴィゼーションによって運ばれていくのに楽曲がスムーズに躍動感に富んだ展開をしていくのは'78年初頭の『Disco 3000』を含む変則カルテット三部作を経たもので、これをビッグバンド編成に移すには従来のソロイスト主導型インプロヴィゼーションでも駄目ならオーソドックスなヘッド・アレンジや五線譜アレンジでも駄目、となると自由度や偶然性は残しながら決めるべき所は決め、楽曲のアイディアの統一はしっかりと図るために図形楽譜によって演奏がコントロールされた、と考えてもあながち見当違いではなく、少なくとも各メンバーはパート譜を図形化して演奏に消化することを求められたでしょう。およそ現代音楽ほど西洋白人による西洋白人のための西洋白人による音楽はありませんが、手法はたまたま同じでもサン・ラの音楽は見事に厚みのある、知的なだけでなく具体的な肉体性をも備えた黒人音楽になっています。ここまで来ると本来ジャズのあるべき姿は本作のサン・ラ・アーケストラのようであってしかるべきとまで思え、主流ジャズもフリー・ジャズも違わないではないかと思い知らされる気がします。
(旧記事を手直しし、再掲載しました。)