クラフトワーク(6) ラルフ&フローリアン (Philips, 1973) | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

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元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。

クラフトワーク - ラルフ&フローリアン (Philips, 1973)
クラフトワーク Kraftwerk - ラルフ&フローリアン Ralf und Florian (Philips, 1973)  

Released by Philips Records 6305 197, November 1973
Engineered by Conrad Plank
Music, Produced, Cover Design by F. Schneider & R. Hutter
(Side 1)
A1. Elektrisches Roulette - 4:19
A2. Tongebirge - 2:50
A3. Kristallo - 6:18
A4. Heimatklange - 3:45
(Side 2)
B1. Tanzmusik - 6:34
B2. Ananas Symphonie - 13:55
[ Kraftwerk ]
Florian Schneider & Ralf Hutter - vocals, keyboards, strings, wind (wind instruments), drums, electronics, performer (realisation)
(Original Philips "Ralf und Florian" Liner Cover & Side 1 Label)

 まずは本作オリジナル盤付属の脳天気な8ページの下手くそなカラー・コミック・ブックレットをどうぞ。これが本作のガチで本格的な作風と陽気なムードを雄弁に物語っています。のちのクラフトワークのロボット、アンドロイド的なイメージから見ると普通の人間の青年のような本作のジャケット、ブックレットは気色の悪いほどで、自然体の変態性が横溢しています。
(Original Philips "Ralf und Florian" Insert 8 Pages Comic Booklet)
 何ともふざけたオマケですが、これはシュナイダーとヒュッターがおたがいの彼女連れで遊んで過ごした絵日記を友達に描いてもらったもので、その時の楽しい思い出が本作のテーマになっているそうです。デビュー作、第2作のクラフトワーク(クラフトワークの国際進出は次作『Autobahn』1974からになりますので、本作まではクラフトヴェルクと呼ぶべきですが)のアルバムは無駄にゲートフォールド(見開き)ジャケットだったのですが、デビュー作後のヘヴィ・ロックの大受けライヴとは大違いにより実験的内容になったセカンド・アルバムも好セールスを記録し、本作ではついに前作のA1にちなんでクリングクラング・プロダクションという自分たちの事務所兼専用スタジオまで設立し、前2作のエンジニア兼プロデューサーのコニー・プランクは雇われエンジニアに格下げされました。本作でも基本的にシュナイダーがフルート時々ヴァイオリン、ヒュッターがオルガン時々ギターのはずですが、演奏楽器クレジットも二人まとめて載せてあり、どちらが何を演奏していようとかまわないじゃないかという姿勢が見えます。

 ドラムマシーンの比重が高まった本作ではドラムマシーンの基本ビートに生演奏のドラムスをアクセントとしてダビングすることで躍動感やリズムのモアレ効果を出しており、テープ・ループの逆回転によるリズム・トラックやエレクトリック・ピアノ(クラヴィネット?)のチェンバロ的使用によってよりリズミカルになり、収録曲で唯一バラード演奏と言えるのは深いエコーをかけたピアノ、フルートが反復フレーズを奏でて淡いヴォーカルが乗るA4だけですが、他5曲はイントロ部分はテンポ・ルバートでも1分とせずイン・テンポの快適なリズムになり、A1~A3もそれぞれ異なる楽器にリズムをリードさせていますが、B面の2曲は生演奏楽器(ドラムス、パーカッション含む)とドラムマシーンによる人力生演奏テクノポップに到達しています。ここではフルートやオルガン、ギター、グロッケン、チャイムなどは単なる音響素材にしか過ぎず、それらの楽器音のオスティナート(周期的リフレイン)をシンセサイザーとシークエンサーの同期で再現すればそのままテクノポップになります。名曲(?)B1「Tanzmusik」はとてもそうには聞こえませんがリズムはサンバ(!)ですし、ヴォコーダーでタイトルがつぶやかれるB2(「ワナナッショイ」と聞こえますが「アナナ・シンフォニア」、つまり「バナナ交響曲」です)は露骨なハワイアン音階まで現れ、前半部の終わりにはまだ効果音の次元のシンセサイザー使用ながら、波の音まで入っています。波の音が引くと異なるリズム・パターンが現れ、ディレイ・エフェクトによってスチール・ギター風に加工されたギター音にヴァイオリンのピチカートによると思われるリズム・カッティングが絡み、後半の展開ではドラムマシーンやドラムス抜きに全体的なディレイ音が反復リズムを生んでいます。

 そうした具合にリズムを楽曲の前提にした点で(通常リズム感覚の革新抜きにポップスの革新は起こり得ません)、本作ははっきりとテクノポップのクラフトワークを予告するクラフトヴェルクのアルバムになっているのが前2作からの大きな進展を感じさせます。A1では「Elektrisches Roulette」のタイトル通りにオルガンがルーレットの音を模倣したあと、1分目からは生ドラムスがフィーチャーされますが、これが元ピンチヒッター・メンバーのミヒャエル・ローターとクラウス・ディンガーが独立して結成したノイ!のスタイルに接近しており、ノイ!の場合ディンガーが専任ドラマーですから当たり前に最初からそのスタイルだったのに対して、クラフトヴェルクの二人は改めて既成ロックのリズムのパロディ的借用という手法に気づいてコラージュしてみせたという転倒が見られるのがクラフトヴェルクの特異性でしょう。ロック・ミュージシャンという自覚などハナからなかったシュナイダーとヒュッターが単純な8ビートの可能性に気づいたのは常識的には本末転倒ですが、クラフトヴェルクが8ビートを演るのはシュナイダーとヒュッターにとっては倒錯だったのがテクノポップのうさんくさいイカモノ性や人工的性格になっていて、天然8ビートのノイ!とは見かけは似ていても発想はまるで逆だったわけです。この曲ではイントロのルーレット・フレーズがテープ・ループの早回しによってリズム・トラックになっており、オルガンがホリゾンタルなオスティナートを弾いてひっきりなしに金属パーカッション音が駆けめぐりますが、肝心の生ドラムスについてはどちら一方が、または交互に叩いているのか、演奏が進むにつれ焼けくそ気味なドラミングになってズレていくのはご愛嬌でしょう。A2はデビュー作のA1「Ruckzuck」路線のシュナイダーお得意のフルートのディレイによる反復リズムの曲、A3はヒュッターの演奏と思われるエレクトリック・ピアノ(クラヴィネット?)のチェンバロ的使用によるループ・フレーズの曲で、このA2、A3とも少し年長で先輩のタンジェリン・ドリームやクラウス・シュルツェのシークエンサー使用よりも生楽器で先に同様の効果を実現しており、何しろ生楽器の生演奏で自分たちを機械化してみる試みを経てきた上でのシンセサイザーへの応用ですから、次作からのクラフトヴェルクの本格的なシークエンサー使用は容赦なく無機的で機械的になったのでしょう。ノイ!のマシーン・ビートはディンガーのベタな8ビート感覚から自然に生じてきたもので(プロデューサーのプランクに引き出された面も大きいでしょうが)肉体的な裏づけが感じられるものでしたし、タンジェリンやシュルツェもシークエンサーのパターンの上に音楽的なドラマ性のある起承転結を盛りこんでいました。

 しかしクラフトヴェルク、国際進出に成功してワールドワイドな存在になりシュナイダーとヒッターが真のファースト・アルバムとする次作『Autobahn』からはクラフトワークと呼ぶべきですが、クラフトワークの音楽には起承転結はなく起承起承の連続だけで任意に効果音を挿入するだけ、ヤマもなくキメもない(これもノイ!とは逆コースの発見ですが)リズム音響だけが反復されていくだけの音楽です。そして1作枚に機械化を進めていき『ヨーロッパ特急 (Trans-Europe Express)』1977、『人間解体 (The Man-Machine)』1978でピークを極めたクラフトワークの音楽は黒人音楽まで影響を及ぼしたロック系白人ポップスとしては最大の存在となり、ディスコ・ミュージックを生み、ファンクと合体してヒップホップになり、ハウスになり、テクノになりました。初期3作は実験的ミニマム・フリー・ロックが音色別に解体されて既成リズムのパターンに自在にペーストしていく方法にたどり着くまでの過程をくっきり段階ごとに作品化した現代ポップスの里程標であり、本作は実験的な前2作から飛躍的に発展してはっきりとテクノポップの手法を確立したアルバムです。次作『Autobahn』からのクラフトワークは1作ごとに金字塔を打ち立てていくことになります。

(旧記事を手直しし、再掲載しました。)