サン・ラ - メディア・ドリームス (El Saturn, 1978) | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

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元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。

サン・ラ - メディア・ドリームス (El Saturn, 1978)
(Reissued Art Yard 2CD Edition, 2008, Front Cover)
サン・ラ Sun Ra and his Arkestra - メディア・ドリームス Media Dreams (El Saturn, 1978) :  

Recorded Live in Italy, January 1978, probably on 9th
Released by El Saturn 1978; 19783 (matrix CMP 1978 C-A/D-B), 1978
all compositions by Sun Ra
(Side A)
A1. Saturn Research - 2:57
A2. Constellation - 13:33
A3. Yera of the Sun - 4:33
(Side B)
B1. Media Dreams - 13:36
B2. Twigs at Twilight - 7:20
B3. An Unbeknowneth Love - 4:39
[ Sun Ra and his Arkestra ]
Sun Ra - organ, piano, Crumar Mainman organ, drum box, etc,
Michael Ray - trumpet
John Gilmore - tenor saxophone
Luqman Ali (Edward Skinner) - drums 

(Original El Saturn "Media Dreams" LP Various Front Cover & Side A/B Label)

 数回前から言及していたアルバムにやっとたどり着きました。アーケストラ公式サイトには前作『Other Voices, Other Blues』(Horo, 1978)と本作の間に発掘盤『The Mystery of Being』(klimt mjj 316lp / k20938 - 60611 3LP, Italy 2011)を記載していますが、同3枚組LPの内容はホロ・レコーズからのスタジオ盤2枚組LP2作『New Steps』と『Other Voices, Other Blues』の編集テイクをまとめたコンピレーションなので改めてご紹介する必要はないでしょう。本作『Media Dreams』は続く『Disco 3000』『Sound Mirror』とともに三部作、または『Disco 3000』を姉妹作に『Sound Mirror』を補遺編とする1978年1月の期間限定ベースレス・カルテットのライヴ・アルバムです。すでにご紹介した通り、サン・ラは1977年秋からのヨーロッパ巡業中イタリアのホロ・レコーズからライヴ・アルバム『Unity』(1977年10月ニューヨーク録音)のリリース契約を結びました。ホロ・レコーズはサン・ラのイタリア巡業中にローマの自社スタジオでの新作録音の企画を持ちかけ、1978年の正月に早々2枚組アルバムを2作制作します。それが『New Steps』 (1978年1月2日&7日録音)と『Other Voices, Other Blues』 (1978年1月8日&13日録音)で、1977年5月の完全ソロ・ピアノ作に続くソロ・ピアノ連作同様サン・ラ・アーケストラ始まって以来初の試みとしてベースレスの2管カルテットで行われたセッションでした。正確にはこれまでにもアルバム中部分的にソロ・ピアノ、オルガンやシンセサイザーを駆使した1ホーンないし2ホーン・カルテットの曲がなかったわけではありません。ですがアルバム丸々完全にソロ・ピアノや2管カルテットとなると作品の根幹のコンセプトにも係わりますから、ソロ・ピアノはもちろん2管カルテットもアーケストラを解体して新しいバンドを立ち上げたようなものです。これは急な企画のためホロ・レコーズの自社スタジオ以外のスタジオを押さえられず、自社スタジオの規模では20人編成のアーケストラはおろかエコノミー編成の10人アーケストラの収容も無理で急遽カルテット録音になったと言われますが、アーケストラの膨大なレパートリーでも20人用の楽譜と10人用の楽譜ならまだしも互換性があるのに対し、2管カルテットとなるとアーケストラ用アレンジはいったん白紙にせざるを得ません。結果的に両アルバムは各8曲計16曲のうちこの時期アーケストラの得意曲だったスタンダード曲「My Favorite Things」「Exactly Like You」の2曲をカルテット・ヴァージョンで収めた以外は新曲で固めたアルバムになりました。

 ホロ・レコーズからの『New Steps』と『Other Voices~』の2作はトランペットとテナーサックスの2管とドラムス、サン・ラのピアノに、ベースレス編成を補うためにピアノによるベースライン、またはキーボード・ベースがシークエンサーによる同期演奏、またはオーヴァーダビングされた結果、まずドラムスがシンバル・ワーク以外ほとんど使えない状態になりました。ベースラインが予期できないのでは迂闊なフィルやロールができないからか、ひょっとしたらスタジオにドラムセットが常設されておらず、シンバル類しか持ちこめなかったのかもしれません。内容はジャズ・ファンク色の強い'70年代型メインストリーム・ジャズの好作なのですが、ボトムが欠けたドラムスに半端にピアノのベースラインが入り、そこにキーボード・ベースがダビングされたサウンドは結果的にどこか重心の軽い、揺らいだアンサンブルになりました。'70年代アーケストラの唯一の弱点はレギュラー・ベーシストとドラマーの不在にあり、'60年代アーケストラの不動のベーシストだったロニー・ボイキンスや歴代ドラマーのトミー・ハンター、レックス・ハンフリーズ、クリフォード・ジャーヴィスらの手練れが臨時に戻って乗り切り、その都合もつかない時はアーケストラ結成以来のテナーサックス奏者ジョン・ギルモアがドラムスを担当したり、バリトンサックス奏者パット・パトリックがエレクトリック・ベースにまわっていました。そのパトリックもアーケストラの活動が一時充電期間に入った1975年を境にレギュラーから外れてしまい、アーケストラのレパートリーなら全部暗譜していると言えるベーシストとドラマーのあてがなくなったのです。

 ホロ・レコーズ作品2作の録音後、サン・ラは帰国の予定を延ばして1月いっぱいソロ・ピアノやホロ作品と同一メンバーのカルテットでイタリア巡業を続けました。サン・ラがカルテットのサウンドの強化のために見つけてきたのがシークエンサー内蔵型シンセサイザーであるクルマー・メインマン・オルガンと実用化初期のドラムマシーンでした。そして乗り出したのがシンセサイザー・シークエンサーを駆使したスペース・エレクトロ・テクノ・ディスコ・エスノ・フリー・ジャズ・ファンクと呼ぶべき手法・作風の『Media Dreams』『Disco 3000』『Sound Mirror』のライヴ三部作で、サン・ラ(1914-1993)はこの年数え年64歳ですからこの早すぎたテクノ・ジャズにはあっぱれというしかありません。世代的にはテディ・ウィルソン(1912-1986)と同じ、セロニアス・モンク(1917-1982)やエロール・ガーナー(1921-1979)より年上なのです。本作『Media Dreams』は1月9日のライヴ録音ですから『Other Voices~』の1月8日録音分の翌日ですが、『New Steps』より『Other Voices~』の方がアヴァンギャルドなアルバムになったのも納得のいく内容です。『Other Voices~』は『New Steps』と共通する比較的メインストリームに近い4ビート曲とアヴァンギャルドな曲が半々で交互に配列されていますが、1月8日と13日に録音日か分かれて9日に『Media Dreams』収録のライヴがあったと思うと、

(1)8日にアヴァンギャルド系の曲が『Media Dreams』ライヴの予習を兼ねて行われ、13日にメインストリーム系の曲を補った。

(2)8日は7日の『New Steps』と同様の4ビート曲を引き継いだが、9日のライヴを経て13日録音ではアヴァンギャルドなサウンドに一変した。

 のどちらとも考えられます。ちなみに『Media Dreams』は現行再発CDでは2枚組でエキスパンデッド・エディション(コンプリート・コンサート)版になっていますが、ディスク1はオリジナルLPと同内容、ディスク2はLP未収録曲となっており、姉妹作『Disco 3000』の再発2枚組CDがLPの曲順を解体して全編をコンサートの通りに配列し直しているのと対照をなしています。これは『Media Dreams』がLPではシークエンサーによる反復パターンのベースとリズム・フレーズ、ドラムマシーンを導入したエレクトリックな演奏をアヴァンギャルド・サイドのA面とB1、アコースティックな演奏をメインストリーム・サイドのB面最後の2曲に分けたためアルバム構成が緊密なのに対し、1月23日ライヴ録音の『Disco 3000』はA面に実際にもコンサートの1曲目だった26分(!)のタイトル曲、B面に合計20分ほどの3曲という構成のLPになりましたから、LP未収録曲の増補はB面の未収録曲増補になるので、コンプリート・コンサート版2枚組CDではLP時代のB面3曲を解体してコンサートの実演順に並べ直したのは理にかなっています。『Disco 3000』はA面の26分のタイトル曲が本編で、2曲目以降のB面はアンコールみたいなものだからです。2008年にサン・ラ専門復刻レーベル、Art Yard社からリリースされた本作の2枚組CDの曲目リストを上げておきましょう。ディスク1はオリジナルLPの選曲と曲順のまま、ディスク2はオリジナルLPに未収録だった曲を演奏順に並べて収録しています。このライヴ演奏曲目13曲のうち9曲は新曲で、旧来の代表曲はディスク2の1、4、6、7の4曲しかありません。
(Disc 1)
1. Saturn Research - 3:03
2. Constellation - 13:30
3. Yera Of The Sun - 4:36
4. Media Dreams - 13:39
5. Twigs At Twilight - 7:23
6. An Unbeknowneth Love - 4:41
(Disc 2)
1. Friendly Galaxy - 8:07
2. An Unbeknowneth Love - 5:47
3. Of Other Tomorrows Never Known - 8:09
4. Images - 13:41
5. The Truth About Planet Earth - 6:57
6. Space Is The Place - 3:45
7. The Shadow World - 2:47

 サン・ラがドラムマシーンと同期したシークエンサー内蔵型シンセサイザーでベース・ラインとリズム・オスティナートの反復パターンを自動演奏させ、シークエンス・パターンを切り替えながらトランペットとテナーサックスとオルガン、シンセサイザー、またはピアノ、そしてドラムスの生演奏がインプロヴァイズしていくこのスタイルはずばりシルヴァー・アップルズ、タンジェリン・ドリームやエルドン、スーサイドやクロームらアシッド・ロック系の実験的電子音楽グループのサウンドを思わせるもので、サン・ラはイタリア産のジョルジオ・モロダー・プロデュース作品やアメリカでも大ヒットしたクラフトワークのディスコ・ヒットに関心を抱いており、かねがねディスコのビートをアーケストラのサウンドに取り入れようとしていた(そしてジャズにこだわる大半のメンバーは抵抗しましたが、本作を始めとする成果にメンバーも押し切られた)という証言があります。しかし実演してみなければこれほど過激なものになるとは予期していなかったでしょう。ドラムマシーンの継続的ビートと生演奏の同期は困難なものですし、ルクマン・アリのドラムスはサン・ラのバンド以外では採用されないような技量ですが、マシーン・ビートにリズム・キープを任せた分ドラムスはスタジオ盤からは見違えたように奔放にドラムセットを叩きまくることができるようになりました。シークエンサー使用曲ではサン・ラはベース・パートはパターンの切り替えだけでいいので、存分にシンセサイザーとオルガン、ピアノを弾きまくっています。アーケストラの厚みのあるサウンドと異なり、キーボード、シークエンサー、ドラムスだけのスカスカな空間にトランペットとテナーサックスが切り込むと、アンサンブル・パートが最小限のため実際は普段と同程度の長さの演奏でもインプロヴィゼーション・パートは格段に豊富に聴こえます。もちろんメインストリーム的な実力は、B2の長い長い完全無伴奏テナーサックス・ソロでピークをなすようにかかってきやがれの勢いなのですが、シークエンサーとドラムマシーンの使用が余興ではなく本作で最初にしてほぼ完全な完成を見せているのには驚かされます。サン・ラのアルバム・タイトルはいつも宇宙や神秘ばかりですが、今回は『Media Dreams』と、'80年代以降のメディア改革を予見するようなタイトルも冴えています。サターン盤オリジナルLPのジャケットの粗末さとこの冴えたタイトルの対照はまるで巧まざるギャグのようです。

 サン・ラは'50年代から既存・新開発のエレクトリック・キーボードは片っ端から試し、1969年からの数年間はピアノやオルガンよりも単音しか出せず音程・音色の設定も手動の、操作性の悪さで悪名高いムーグ・シンセサイザーを主楽器にしていたので、音程・音色プリセット済みの上にチューナーもありリズムボックスやシークエンサーまで内蔵している簡易型ポリフォニック・シンセサイザーの操作・演奏は即座にマスターしたでしょう。本作は「サン・ラ・カルテット」ではなく堂々とアーケストラ名義に戻り、スタジオ盤2作をはるかに凌ぐ(というよりも、メインストリーム・ジャズ的スタジオ盤から一挙に作風を転換させた)快演ですが、本作から2週間後にライヴ収録された『Disco 3000』では素っ頓狂な挑発的タイトルも伊達ではない、さらに凄いことになるのです。ディスコ3000!21世紀どころか31世紀のディスコ・ミュージックを指向したジャズなどサン・ラ以外の誰が思いつき、しかも真っ向勝負を挑んでしまうでしょうか。次回はその怪作のご紹介ですが、本作を先に聴いていればサン・ラの狙いもより理解しやすいと思います。

(旧記事を手直しし、再掲載しました。)