クラフトワーク(4) 1971年ラジオ・ブレーメン・ライヴ (Unofficial, 2017) | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

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元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。

クラフトワーク - 1971年ラジオ・ブレーメン・ライヴ (Unofficial LP, 2017)
クラフトワーク Kraftwerk - 1971年ラジオ・ブレーメン・ライヴ Live On Bremen Radio (Unofficial LP, 2017) 

All tracks written by Ralf Hütter and Florian Schneider-Esleben.
(Side A)
A1. Heavy Metal Kids (aka. Stratovarius I) - 7:55
A2. Stratovarius (aka. Stratovarius II) - 15:34
(Side B)
B1. Ruckzuck - 19:21
(Side C)
C1. Vom Himmel Hoch - 15:24
C2. Rueckstoss Gondliere (aka. Heavy Metal Kids) - 11:25
(Add. TV Broadcasted; Beat Club May 22, 1971)
1. Koln II  - 4:17 :  

2. Rueckstoss Gondliere - 11:26 :  

Florian Schneider-Erleben - flute, violin, percussion
Michael Rother - guitar, electronics
Klaus Dinger - drums
(Unofficial "Live On Bremen Radio" LP Liner Cover & Picture Label)

 クラフトワーク(国際進出前はクラフトヴェルクと呼ぶべきでしょうか)はエスニック調のサイケデリック・バンド、オルガニザツィオーン(第一回にご紹介しました)の中心メンバーで、オルガニザツィオーン以前からの友人だったフローリアン・シュナイダー=エスレーベン(2009年に引退、1947年生れ~2020年4月21日没)とラルフ・ヒュッター(1946年生れ~)が始めたグループで、デビュー・アルバムもラルフとフローリアンの二人を正式メンバーに、ゲスト・ドラマーのアンドレアス・ホーマンが全4曲中2曲、クラウス・ディンガーが1曲参加して製作されました。もともとライヴ・バンドとして活動していく意図はなく、1970年11月の人気TV番組「ロックパラスト(ロックの宮殿)」の公開ライヴ出演も同月発売のデビュー・アルバムのプロモーションのためだったのでしょう。しかしドイツ録音なのにドイツ本国では発売されずイギリスのRCAヴィクターからのみ発売され、何の反響もなかったオルガニザツィオーンの唯一のアルバムとは一転して、ドイツのフィリップス社から発売されたクラフトヴェルクのデビュー・アルバムは世界各国盤が発売され、ドイツ国内だけで6万枚の好セールスを上げました。クラフトヴェルクの属していたようなドイツのエクスペリメンタル・ロック('70年代にはヨーロッパのプログレッシヴ・ロックのドイツ系流派とされていましたが、のちに英米圏のプログレッシヴ・ロックとは異なるスタイルとして認められ、クラウトロックと呼ばれるようになります)のアルバムでは1万枚どころか5万枚を越えるセールスなど他になかったので、フィリップス社はセカンド・アルバム以降もクラフトヴェルクの契約を結びましたが、ラルフ・ヒュッターが学業の都合から1971年夏までクラフトヴェルクの活動から一時離れることになります(セカンド・アルバムはヒュッターが大学を卒業して復帰した1971年9月からすぐに着手されました)。そこで先に大学を卒業していたフローリアン・シュナイダーは次作制作までのつなぎに、ドラマーのクラウス・ディンガーと、さらにヒュッターの代役としてディンガーのバンド仲間ミヒャエル・ローター(ギター)を迎えたトリオで曲単位のTV出演や、ラジオ局の公開ライヴをこなしていきます。

 このラジオ・ブレーメンの1971年6月の公開ライヴ(収録12日・放送25日と25日生放送の2説あり)は70分にも及ぶフル・コンサートで、この前後にもスタジオ・ライヴのTV出演が曲単位でありますが(リンクに追加しました)、この時期のクラフトヴェルクのフル・コンサート規模のライヴが聴けるのは大変珍しく、またレコーディング技術先進国ドイツだけあって公式アルバム録音と遜色ない素晴らしい音質とサウンド・バランスでマスターが残され数次に渡って再放送されており、公式発売されていないのがもったいないくらいの最上級音源です。'71年にはデビュー・アルバムのプロデューサー、コニー・プランクによってシュナイダー、ローター、ディンガーのトリオでアルバム1枚分のスタジオ録音も行われたという記録もありますがこれは未完成のまま未発表に終わり、ローターとディンガーはプランクのプロデュースによって新グループ、ノイ!(Neu!)を結成し、早くも'71年内にはデビュー・アルバムを発表します。バンド創設者のシュナイダーとしては活動のブランクを生じさせないためのライヴはともかく、クラフトヴェルクとしてのアルバム製作・発表はあくまで盟友ヒュッターの復帰を待ちたかったのでしょう。またノイ!組になるローターとディンガーの二人はシュナイダー&ヒュッターのクラフトヴェルクが指向する方向性とは異なる資質のミュージシャンだった、というのがこのブレーメンのライヴからも伝わってきます。

 クラフトヴェルクのデビュー・アルバム収録楽曲はいずれも10分前後のA1「Ruckzuck」、A2「Stratovarius」、B1「Megaherz」、B2「Vom Himmel hoch」の4曲でした。また、ほぼフル・コンサートと言える'70年11月のロックパラストTV出演での演奏曲は「Stratovarius」「Ruckzuck」「Heavy Metal Kids」「Improvisation 1」の4曲です。今回の'71年6月のラジオ・ブレーメンのライヴは「Heavy Metal Kids」「Stratovarius」「Ruckzuck」「Vom Himmel Hoch」「Rueckstoss Gondliere」の5曲で、おそらくこの年にラジオの再放送が行われたのをソースとしたと推測される2006年の初発掘CD化以来、確認されるだけで12種類リリースされているUnofficialのCD・LPには同一曲目でクレジットされています。しかしどうも演奏を聴くとこの曲目表記は違うのではないか。「Heavy Metal Kids」のスタジオ・ヴァージョンは存在しないのでヒュッター在籍時の'70年11月のロックパラストTVライヴの曲目記載が正しいとすると、今回「Rueckstoss Gondliere」とされているのが「Heavy Metal Kids」です。冒頭の「Heavy Metal Kids」は実際は「Stratovarius」で、つまりギター・ブレイクを挟んで「Stratovarius」パート1、パート2(演奏はあくまで連続した1曲)が演奏されているようです。また、ヒュッターがディストーションとフランジャー、ディレイ・エフェクトによって電気オルガンからエレクトリック・ギターの音色を出していた'70年11月のロックパラストTVライヴと違い、ミヒャエル・ローターが全篇で非常にヘヴィーなギターを弾いているために、スタジオ・ヴァージョンではふわふわしていた「Vom Himmel Hoch」などもすっかりヘヴィーになっていて、全曲でギターとドラムスのダイナミックなサウンドが目立ちます。またノリに任せて即興性も高くなったために「Stratovarius」(23分強)、「Ruckzuck」(19分曲)はスタジオ版の2倍もの長さ(ともに悠にアナログLP片面占めるほどです)、「Vom Himmel hoch」も1.5倍あまりもの15分強の長さの演奏に拡張され、観客も'70年11月のTVスタジオ・ライヴと違ってノリノリで歓声を上げているのが曲間の拍手と喝采で伝わってきて、まるでロック・バンドのライヴみたいです。

 これはもとよりロック・バンドなどという意識はなかったフローリアン・シュナイダーにとっては不測の事態だったでしょう。同じエクスペリメンタル・ロックでもクラフトヴェルクは脱ロック志向の強いタンジェリン・ドリームよりもさらに抽象的なクラスターに近く、サイケデリック・ロックの類型から発展的にデフォルメーションして脱ロックを目指したカンやアモン・デュールII、グル・グルとも異なる音楽性をデビュー・アルバムで打ち出していました。ですがこの時期のクラフトヴェルクのライヴはローターのヘヴィーなギターにディンガーのドラムスもすっかりヘヴィーでダイナミックな演奏で応え、グル・グルのやっていたヘヴィー・ロックのパロディや、極端なサイケデリック・ロックの拡張を行っていたアモン・デュールIIに近い方向性の音楽になってしまっています。これでは一時脱退していたヒュッターはもとより、シュナイダーにとってもクラフトヴェルクの音楽ではなかったでしょう。また、クラフトヴェルクから独立してノイ!を始めたローターとディンガーにとってもこうなるはずではなかったのがノイ!の'71年のデビュー・アルバム、'73年のセカンド・アルバムを聴くとわかります。完全にオリジナリティを確立したとシュナイダー、ヒュッターが認めるのは、セカンド、サード・アルバムと段階を踏んで、'74年の4作目『Autobahn』A面までかかった(それでもB面はまだ実験路線だった)クラフトヴェルクでしたが、ノイ!はプロデューサーのコニー・プランクの力が大きいにせよ、'71年のデビュー・アルバムでいち早くスタイルを確立したデュオでした。それはクラフトヴェルクのデビュー作の代表曲「Ruckzuck」と同様、ロックの8ビートをキメもなくヤマもなくひたすら平坦化してギター音や電子音が現れては消えるという単純なものでしたが、このラジオ・ブレーメンのライヴのようなヘヴィー・ロックの対極にあるような音楽で、クラスターやクラフトヴェルクの音響実験をロックのビートで一気にポップ・ミュージック化するという発想です。そういう具合に、このラジオ・ブレーメンのライヴはヒュッターがエフェクト変調させた電気オルガンでやっていたサウンドのドローン効果をディストーション・ギターでやってみたら、クラフトヴェルクのライヴなのにヘヴィー・ロック、しかも徹底的にフリーキーな即興演奏になってしまったという偶発事故みたいなラジオ放送用コンサートになりました。誰が悪いかと言えば、ギターがメタルならドラムスもやってやるぞとハード・ロックみたいなドラムスを叩いてしまったクラウス・ディンガーの悪乗りに尽きるでしょう。しかしこういう音源も残っているのが発掘ライヴの面白さとも言えます。後にも先にもヘヴィー・ロックなクラフトワークの音源など他にはないのですから。

(旧記事を手直しし、再掲載しました。)