カン(18) ダモ鈴木ラスト・ショウ'73 (Night Rider, 2015) | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

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元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。

カン - ダモ鈴木ラスト・ショウ'73 (Night Rider, 2015)

カン Can - ダモ鈴木ラスト・ショウ/エジンバラ'73 Damo Suzuki's Last Show / Edinburgh, August 25, 1973 (Night Rider, 2015) :  

Released by Night Rider 009 (Unofficial, CD-R), 2015
All Composed by Can.
(Tracklist)
1. Soup - 13:52
2. Stone Strike (aka Bell Air) - 30:30
3. Hakucho No Uta = Swan No Song (aka Sing Swan Song) - 10:03
4. Hot Day In Köln - 8:49
5. I'm Your Doll - 6:00
[ Can ]
Holger Czukay - bass
Michael Karoli - guitar
Jaki Liebezeit - drums, percussion
Irmin Schmidt - keyboards, synthesizers
Damo Suzuki - vocals, percussion
Michikao Nakaor - additional voice in 1975 (4, 5)
(Unofficial Night Rider "Damo Suzuki's Last Show" CD-R Liner Cover & CD-R Label)

 本作は現存するラジオ用放送音源の中で、カンのダモ鈴木(1950~2024)在籍時の最後のライヴ音源とされています。1973年8月にリリースされた新作『Future Days』(United Artists, 1973.8)に伴うイギリス・ツアーのエジンバラ公演でのライヴ収録で、従来は4, 5と1~3が別々のレーベルから発掘リリースされ、現在では同ステージからの音源とされているものの4, 5は1975年に「Michikao Nakaor」なる謎のヴォーカリストがスタジオでヴォーカル・パートの欠損を補ったとされますが、何しろ公式アルバムではないのでデータもあてになりません。4, 5は1975年のアルバム『Landed』(Virgin, 1975)の素材用に制作中に捨てられたのかもしれませんが(カンはフランク・ザッパや多くのクラウトロックのバンド同様、セッション断片やライヴ音源を頻繁にスタジオ・アルバムにコラージュしていました)、指摘されなければダモのヴォーカルに聴こえます。また4, 5はフェイド・インから始まりフェイド・アウトで終わる新曲なので、もっと長い即興演奏曲から楽曲らしいまとまりの一部を取りだして仮題をつけたものと思われます。

 ダモ鈴木の脱退時期は諸説あり、『Future Days』制作中の新作用セッション中に奇声を上げてスタジオを出たまま戻ってこなかったとか、エホヴァの証人のコミュニティ女性と結婚して布教生活に専念するために脱退したなど噂ばかりが伝説化していましたが、'90年代に音楽活動に復帰した本人へのインタビューによってどちらも事実とダモ鈴木本人の証言が得られました。ただしレコーディング中に失踪したのは『Future Days』制作中ではなく、カンのライヴ記録では1973年10月1日~14日のドイツ国内ツアーまではダモ鈴木在籍で行われ、また2枚組アウトテイク集『Unlimited Edition』(Virgin / Caroline, 1976)収録曲には『Future Days』完成以降に録音されたダモ鈴木参加曲があることも判明しました。また結婚とエホヴァの証人の布教生活専念のためではあったものの、ダモ本人は完成度の高い『Future Days』で音楽活動に満足したために脱退したとも証言しており、確かに『Future Days』はマルコム・ムーニー在籍時の『Monster Movie』(Music Factory / United Artists, 1969)と並ぶ傑作になりました。LPでA面3曲、B面1曲という構成も『Monster Movie』を踏襲しています。フェイク・ファンクの『Monster Movie』に対して『Future Days』はカン流のフェイク・サンバのアルバムとして高い完成度を誇り、Mojo Magazine1995年の"The 100 Greatest Albums Ever Made"では62位、Pitchfork Media2004年の"Top 100 Albums of the 1970s"では56位、Stylus Online2004年の"Top 200 Albums of All Time"では160位、GQ Magazine2005の"The 100 Coolest Albums in the World Right Now!"では70位、2008年の全米ベストセラー・アルバム・ガイドブック『1,000 Recordings to Hear Before You Die』に入選、Rolling Stone Magazine2015年の"50 Greatest Prog Rock Albums of All Time"では8位、Uncut Magazine2016年の"200 Greatest Albums of All Time"では121位と、ドイツの'70年代バンド、しかも日本人ヴォーカリストをフィーチャーしたバンドのアルバムとしては無類の高い評価を受けています。Pitchfork Mediaの"Top 100 Albums of the 1970s"ではダモ鈴木在籍時のフルアルバム三部作『Tago Mago』(United Artists, 1971)が29位、『Ege Bamyasi』(United Artists, 1972)が19位と、本作の56位と並んで'70年代のロック名盤100選に3作とも入選しているのは以前のアルバム紹介でも触れましたが、何しろダモ鈴木在籍時のカンはアモン・デュールIIとともにイギリスでカルト人気を博し、ホークウィンドがイギリス版クラウトロックとしてデビューすれば、ホークウィンドのローディ出身のジョニー・ロットンすらダモ鈴木のヴォーカル・パフォーマンスの強い影響下からセックス・ピストルズを組んだという国際的なアンダーグラウンド・シーンの最重要バンドでした。

 本作は『Ege Bamyasi』から2曲(1, 3)、『Future Days』からB面全面20分の大曲「Bell Air」をさらに拡張した30分ヴァージョンが聴け、『Ege Bamyasi』からの2曲はすでにほとんど原型をとどめていません。「Pinch」はさらに攻撃的なファンク色を強め、「Sing Swan Song」はムーニー~ダモ過渡期の名盤『Soundtracks』(United Artists, 1970)の名曲「Mother Sky」のリズム・アレンジと『Ege Bamyasi』ヴァージョンの折衷版になっています。未発表新曲「Hot Day In Köln」「I'm Your Doll」は創設ドイツ人メンバー4人で制作された次作『Soon Over Babaluma』(録音'74年11月、United Artists, 1974.11)ではなく、ダモ鈴木が脱退しなければさらなるダモ在籍の名盤に発展し得たのを感じさせる楽曲です。また「Stone Strike」ことライヴ版「Bell Air」は即興演奏セッションの編集から楽曲をまとめていた初期~中期カンらしい、スタジオ・テイクを再びセッション段階の即興演奏に戻したような混沌としたヴァージョンが楽しめます。「Hot Day In Köln」「I'm Your Doll」の2曲はホルガー・シューカイ、ヤキ・リーベツァイトがバック・トラックを担った日本人女性パンク・シンガー、Phewのコニー・プランクのプロデュースによるケルン録音作『Phew』(Pass Records, 1981)のセッション楽曲原型になっており、Phewのヴォーカル・ダビングによる未発表音源も流出しています。本作は聴きどころ満載で、音質はマスター・テープの劣化が激しくバタクラン劇場1973年3月のテレビ番組用ライヴ映像、オリンピア劇場5月のラジオ放送用ライヴ音源におよびませんが、音質を補ってあまりあるライヴ音源です。これもカン自身のスプーン・レコーズからの公式発掘ライヴ音源よりはるかに充実した内容を誇り、公式アルバム化されていないのが惜しまれます。ただしライヴでのカンはあまりに奔放なので、スタジオ盤『Ege Bamyasi』『Future Days』を聴いていてこそ真価の伝わるマニア向け音源なのは否めません。逆にスタジオ盤を聴き倒したリスナーにはこれほど面白い音源はなく、スタジオ盤だけではうかがい知れないカンの魅力を堪能できるパンキッシュアルバムです。

(旧記事を手直しし、再掲載しました。)