カン(11) アウト・オブ・リーチ (EMi-Harvest, 1978) | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

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元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。

カン - アウト・オブ・リーチ (EMI-Harvest, 1978)
カン Can - アウト・オブ・リーチ Out of Reach (EMI-Harvest, 1978) :  

Recorded at Inner Space Studio, October 1977
Released by EMI-Harvest 1C 066-32 715, Ger. / Lightning Records, UK / Peters International, Inc., US, July 1978
(Side 1)
A1. Serpentine (Liebezeit/Karoli/Schmidt/Gee/Kwaku Baah) - 4:03
A2. Pauper's Daughter and I (Gee) - 5:57
A3. November (Liebezeit/Karoli/Schmidt/Gee/Kwaku Baah) 7:37
(Side 2)
B1. Seven Days Awake (Liebezeit/Karoli/Schmidt/Gee/Kwaku Baah) - 5:12
B2. Give Me No "Roses" (Gee) - 5:21
B3. Like INOBE GOD (word by Kwaku Baah) (Liebezeit/Karoli/Schmidt/Gee/Kwaku Baah) - 5:51
B4. One More Day (Liebezeit/Karoli/Schmidt/Gee/Kwaku Baah) - 1:37
[ Can ]
Rebop Kwaku Baah - Vocal, Polymoog Synth, Percussion
Michael Karoli - Guitars, Violin
Irmin Schmidt - Keyboards
Rosko Gee - Bass, Electric Piano, Vocal
Jaki Liebezeit - Drums
(Original Harvest "Out of Reach" LP Liner Cover & Side 1 Label)

 カン自身を始め、多くの評者がカンのワースト1に上げるこのアルバムは、ヴァージン・レコーズ三部作の契約満了から再び拠点をイギリスからドイツに戻し、創設メンバーのホルガー・シューカイが一時脱退時に制作されるとともに、ヴォーカル曲3曲中、ロスコー・ジー単独曲のA2, B2、リーバップが歌うB3と、ついにドイツ人創設メンバーのヴォーカル曲がなくなりました。その3曲はロスコーとリーバップが在籍していたワールド・ミュージック指向の後期トラフィックの作風をそのまま継いだもので、ロスコーのベースがよく歌い、リーバップのパーカッションもにぎやかで、『Landed』(Virgin, 1975)以降の本格的な国際進出後のカンではヤキ・リーベツァイトのドラムスが明らかに抑制されていましたが、前作『Saw Delight』(Virgin, 1977)でようやくドラムスの躍動感が戻りつつありました。それはホルガー・シューカイがベースからエレクトロニクス処理(サウンド・エフェクトとエディット、リミックスとプロデュース)に専念するためにプレイヤーを辞任して、ロスコーとリーバップが加入したからでもありました。

 ですが今回はついにホルガー・シューカイがまったく関与しないアルバムになりました。ヴァージン・レコーズとの国際配給も契約更新されず、英米仏などではもっと小さなインディーズからの発売になりました。そんな状態ではろくにプロモートもされず、当然セールスも低迷してしまいます。カン解散後にマネジメントと元メンバーが経営したスプーン・レコーズでも、このアルバムの正式な版権を所有しながらも失敗作として長年オフィシャル・バイオグラフィ/ディスコグラフィから削除し(インディー・レーベルからの発売権が残っていたためにバンド不許可のまま合法的CD化はされていましたが)、ようやくバンド自身が他の作品同様スプーン・レコーズからリマスター版の正式再発をしたのは2014年になってからでした。本作はそれほど創設メンバーたちからも失敗作とされ、長らく嫌われていたアルバムでした。

 しかし本作の制作自体は、ヴァージン・レコーズとの世界配給契約を失ったのは痛手とはいえ、ミュージシャンシップの高いメンバーたちにとっては、実験指向の強いホルガーの離脱がうるさいやつがいなくなってサッパリ、というものだったのではないかと思えます。楽曲も変態プログレ・フュージョンのインストA1から、むしろ小難しさは振り捨てて快調に飛ばしています。カンならではの屈折感、異常な音像は確かに霧消しましたが、演奏者の生身の肉体性だけに勝負をかけたアルバムになっています。そこで結果はどうだったかといえば、相撲に勝って勝負に負けたというか、またはその逆というか、このアルバム単体で見るなら成功したとも言えます。だがカンの作品系列の中では浮いたアルバムになってしまった、という意味ではやはり本作は失敗作でした。

 アルバム制作にはタイミングというものもあって、もしヴァージン移籍第1作でこのアルバムをものしていたら、カンはこのアルバムの通りにアフロ・ファンク・フュージョンのロック・バンドとして再出発できたでしょう。音楽的にはカンはもともとファンク・バンドでしたし、ロスコーとリーバップがいればもちろん、いなければロスコーのようなファンキーなベースはホルガーには弾けなかったと思われますが、従来の2トラック・レコーディングによる編集作業で虚構のライヴ感を作り出してきたのが初期~中期のカンでした。カンがこのアルバムの作風に行きつくならば、直前の『Saw Delight』はともかく、フェイク・ロックの『Landed』、フェイク・レゲエの『Flow Motion』は回り道だったとも思えます。

 ですがカンが『Soon Over Babaluma』(United Artists, 1974)からひと足飛びに『Saw Delight』、または『Out of Reach』とは行かなかったのも仕方ないことですし、ロック色の強い『Landed』から発展させていくとエスノ・ファンクの『Saw Delight』はヴァージンに見切りをつけられてしまった見当はずれのアルバムであり、さらに『Out of Reach』に進んだのはロスコーとリーバップを主役にしたカンには必然でしたが、その変化はリスナーが求めていたカンの音楽からもどんどん外れて行ってしまったことになりました。バンドもそれに気づいて、ホルガー抜きで本作の結果になったなら、解散宣言にあたる次作『Can (Inner Space)』(Harvest, 1979)にはエレクトロニクス処理だけでも再びホルガーに委託して解散へと向かいます。ホルガーとカンの関係はむしろ良好で、ホルガーの本格的なソロ作第1作でヒット曲「Persian Love」をフィーチャーした『Movies』(Electrola, 1979)はカンのメンバーが全面参加しています。そして『Movies』の商業的・批評的大成功は『Out of Reach』と対照的なものでした。

 バンドにとってもリスナーにとっても『Out of Reach』の失敗(商業的・批評的にも不評に終わりました)の原因があるとしたら、一貫して録音・テープ編集監修を兼務し、実質的にバンド内プロデューサーとしての働きをしてきたベーシストのホルガー・シューカイの離脱にあった、との評価が現在では定説です。まずかったのは他のカンのメンバーもアルバムの失敗をホルガーの不在に転嫁してしまったことで、長らくバンド非公認アルバムにしてしまったことが本作の不評に輪をかけました。

 ですがそれほど不評にまみれた作品ながら、たまに取り出して聴き返してみると聴きどころがないどころか、後期カンの作品でもそれほど見劣りのするアルバムとも思えないのは、ロスコーとヤキ、リーバップのベースとドラムス、パーカッションのアンサンブルが前面に押し出されたことでひさしぶりに粗野だった頃のカンのサウンドが思い出されることで、その点では『Landed』以降のアルバムではいちばんカンらしい、完成品のようで未完成のようなラフな魅力があります。もしアルバムが未発表に終わり、その後順次発掘発売されているカンの未発表録音アルバムとして発表されたなら、これほど完成度の高いアルバムがお蔵入りだったのか、とロスコー&リーバップ時代のカンが再評価されるきっかけになったかもしれません。

 たまたまその時求められていたものとはズレた内容の作品だったために不当な評価を受けてしまい、それが定着してしまったというのはどんな分野の作品にもあり、映画ほど予算のかかる分野の場合は制作会社が倒産してしまったりもします。カンもこの作品の不評から次作をもって解散を決めたのですから、制作会社の倒産とまではいかないまでもデビュー10年を区切りにメンバーがソロ活動に移りたい時期に差しかかっていたのでしょう。しかし実質的にプロデューサー不在のセッション・アルバムのために『Out of Reach』は過小評価にすぎて、後期カンの中ではあまりに見過ごされすぎています。確かに本作は焦点の甘さが弱点ですが、トロピカルな3曲のヴォーカル曲、アフロ・ファンクなフュージョン・インスト曲などこのアルバムならではの良さがあり、カンの諸作の水準の高さにあっては物足りないとは言え凡百のロックのアルバムを軽くしのぎます。次作にして解散アルバム『Can (Inner Space)』の吹っ切れた痛快さも、本作あってこその成果なのは見過ごせません。

(旧記事を手直しし、再掲載しました。)