サン・ラ - コンサート・フォー・ザ・コメット・ホーンテク (ESP, 1993) | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

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元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。

サン・ラ - コンサート・フォー・ザ・コメット・ホーンテク (ESP, 1993)
サン・ラ Sun Ra & His Arkestra - コンサート・フォー・ザ・コメット・ホーンテク Concert for the Comet Kohoutek (ESP, 1993) 

Released by ESP Records ESP 3033, 1993
All composed and arranged by Sun Ra.
(Tracklist)
1. Kohoutek Intro  - 1:10
2. Astro Black - 1:50
3. Discipline 27 (Part 1) - 9:32
4. Enlightenment - 2:02
5. Unknown Kohoutek (Love In Outer Space) - 7:16
6. Variations Of Kohoutek Themes (Kohoutek) - 5:12
7. Discipline 27 (Part 2) - 3:03
8. Journey Through The Outer Darkness - 9:25
9. Outer Space E.M. (Emergency) (aka. Outer Space Employment Agency or What Planet Is This?) - 7:48
10. Space Is The Place - 7:56
[ Sun Ra & His Arkestra ]
< possibly collective personnel >
Sun Ra - piano, space organ
Akh Tal Ebah - trumpet, flugelhorn, vocal
Kwame Hadi (Lamont McClamb) - trumpet
Marshall Allen, Danny Davis - alto saxophone, flute
John Gilmore - tenor saxophone, vocal
Danny Thompson - baritone saxophone, flute, vocal
Pat Patrick - baritone saxophone, electric bass, vocal
Eloe Omoe - bass clarinet, flute
Ronnie Boykins - bass
Lex Humphries, Clifford Jarvis - drums
Atakatun (Stanley Morgan), Odun (Russell Branch) - percussion
June Tyson, Ruth Wright, Cheryl Banks, Judith Holton - Space Ethnic Voices 

(Original ESP "Concert for the Comet Kohoutek" CD Liner Cover, Incert Sheet & CD Label)

 本作はサン・ラ'60年代の記念碑的アルバムになった『The Heliocentric Worlds of Sun Ra』三部作(1965~1966年)、『Nothing Is...』(1966年)を制作・リリースしたインディー・レーベルのESPレコーズ主催のコンサートからライヴ収録されてリリースを予定されながら、インパルス!との契約期間が過ぎるまで待っても財政上の理由のためレーベルの活動休止(1974年)、休業(1976年)により未発売になっていたものです。ESPは1993年にドイツのZYXレコーズの傘下で活動を再開し、新作録音こそありませんがバックカタログ、未発表アルバムや編集前のオリジナル・ライヴ・テープがごっそりあり、ライセンス販売の形で世界各国のレーベルと提携してどしどし自社保有の音源をCD化していきました。2000年代にはサン・ラの『Nothing Is...』ノーカット・未発表テイク増補版、『Vol.1』と『Vol.2』だけだった『The Heliocentric Worlds~』の『Vol.3』の発掘リリースがありますが、真っ先にESPがサン・ラの未発表音源から発掘リリースしたのはこの『Concert for the Comet Kohoutek』です。1993年、つまりサン・ラの没年(5月30日逝去)で、前年にはサン・ラは車椅子生活になり、'89年~'90年にはすでにステージ上で意識を失ったり集中治療室入りも珍しくなくなっていたので、追悼アルバムが世界各国のレーベルから一斉に発売されたのはタイミングを測ったとも言えそうです。

 それではまるで待っていたかのようですが、サン・ラは生前ぎりぎりまで新作をリリースしていましたから、スタジオ/ライヴ問わず未発表音源があってもサン・ラ生前には新作とバッティングしてしまう失礼がありました。二重に失礼になるのはどうしても充実した全盛期の未発表音源と較べれば近作はサン・ラ現在のドキュメント的意義が先立ってしまうことで、80歳近い老齢にして最晩年にありながら現役のサン・ラに10年~40年前もの未発表音源を、正式ライセンスと言えども発表を願い出るのは酷というものでしょう。すでにリサーチされ発表することもできた未発表音源がサン・ラ没後に最初の集中的リリース・ラッシュを迎えたのもそうした事情でした。サン・ラ没後に最年長で最長在籍年数のマーシャル・アレンがリーダーを引き継ぎサン・ラ・アーケストラが存続するのも決定事項でしたし、旧作の発表がライヴ活動の集客力の維持につながるならアーケストラにとっても歓迎すべきことです。一部のアルバムを除けばサン・ラのアルバムは入手が難しいものがほとんどだったので、CDの普及によって旧作が一斉発売されたのも慶賀すべきことでした。

 1973年のサン・ラ・アーケストラは上半期までにサターン・レーベルからの編集盤『Deep Purple』のリリースとインパルス!レーベルへの『Cymbals』『Crystal Spears』(この2作はインパルス!第一弾『Astro Black』に続く1972年夏録音の可能性もあります)、『Pathways to Unknown Worlds』『Friendly Love』を録音しました。『Deep Purple』はアーケストラ結成前夜の1953年にさかのぼる50年代音源と、新たにインパルス!用に録音されてお蔵入りにされた『Cymbals』から1曲のみ選曲されたものです。上記のアルバムのうちサン・ラ生前にインパルス!社から発売されたのは『Pathways to Unknown Worlds』(1975年リリース)にとどまり、『Cymbals』『Crystal Spears』『Friendly Love』は2000年にようやくバンド公認のもとサン・ラ専門復刻レーベルのEvidence社からリリースされるまで未発表になりました。年の前半をアルバム制作に割いた分未発売アルバムのストックが溜まったので'73年後半はライヴ活動中心になり、9月10日のアン・アーバー・ブルース&ジャズ・フェスティヴァルへの出演が『Outer Space Employment Agency』(1999年発売)、10月のパリのジャズ・クラブでのライヴがサン・ラ生前リリースの『Live in Paris at The Gibus』(Atlantic France, 1975)、12月22日のニューヨーク・タウン・ホールのコンサート出演が本来すぐに発売される予定だった本作『Concert for the Comet Kohoutek』(1993年発売)になります。アン・アーバー・ブルース&ジャズ・フェスティヴァルの主催者はジョン・レノンが熱心な支持者だったことでも知られる政治運動家のジョン・シンクレアで、シンクレアはデトロイトの反体制プロト・パンク・オルタナティブ・ロック・バンド、MC5の後援者でもありました。MC5はデビュー・アルバムでサン・ラの詩に曲をつけた変則カヴァーもしています。また本作は1993年の初発売からESPのカタログではジャズではなく「Asid Rock (Psychedelia)」に分類されており、このフェスティヴァル・コンサートの出演アーティストもESPのフリー・ジャズ系アーティストとアンダーグラウンド・ロック系アーティストが半々の出演でした。サン・ラ没後の発掘ライヴ盤とはいえ、最初からロック・アルバムとして発表されたのは本作が唯一になります。トラック8「Journey Through The Outer Darkness」はサン・ラのライヴ定番のフリー・ジャズ路線の代表曲「The Shadow World」と同じ曲ですが、ノイジーの極みのシンセサイザー・ソロとアーケストラの集団即興によって、1990年代以降にはジャズ文脈よりもロック文脈で、たとえば壮大なプロト・インダストリアル・ミュージックとして聴かれた方がよりリスナーに理解される演奏です。

 ESPのアーティストがこぞって出演したタウン・ホールのフェスティヴァル・コンサートは、フリー・ジャズ・ムーヴメントのほとんど最後の祭典になりました。同レーベルはサン・ラ以外のアーティストのライヴ・レコーディングも行っていたと思われますが、年末に行われたこのコンサートが明けて翌年にはレーベルが休止してしまったので、文字通り後の祭りです。しかしサン・ラに限って言えばこれは絶好調のアーケストラで、同時期マイルス・デイヴィスもそうしていたような(両者とも1966年頃にはすでにそうなっていましたが)1回のライヴ全体を1曲として演奏するアプローチがとられています。インプロヴィゼーション主体のジャズではこれは極めて高度な即応力とメンバー間の一体感が要求されることで、クインテットか多くてもセプテットのマイルスのバンドならともかく、送迎バスが満席になるほどの大編成のサン・ラ・アーケストラでは大変で、通常のビッグバンドのように楽譜に沿って進行しているのではないのです。本作のライヴは72年のツアー以来のアーケストラ・アンセム「Space Is The Place」を核としたセットリストで、本拠地ニューヨークでのコンサートですからレギュラー・メンバーはもちろん担当楽器がダブってもファミリー総動員で臨んでおり、曲のつなぎにはかなり危なっかしい局面もあります。そこは百戦錬磨のバンドですから切り抜けてみせますが、アーケストラの大編成を録音するにはマイク不足だったらしく、所々脱落しているパートもあるように聴こえます。サン・ラ自身のキーボードも所々聴こえなくなりますが、'73年クリスマス前夜のサン・ラ・アーケストラのライヴの疑似体験にはこのラジオ中継並みの音質(というよりミックス) でも不足はないでしょう。フェスティヴァル・コンサート出演のため1時間程度のセットリストにまとめられたライヴですが、ライヴ収録とアルバム化を意識した選曲と演奏によるため非常に凝縮感が高いステージで、最新スタジオ盤『Astro Black』『Discipline 27-II』『Space Is The Place』のタイトル曲と新曲がバランス良く織り交ぜられています。作品性の高さからも本作は遅れてリリースされたものながら、'70年代アーケストラ最高のライヴ盤の一つに数えられます。ちなみに1、5、6の新曲とアルバム・タイトルのコホーテクとはこの年の年末に127年周期で地球に接近した彗星で、このコンサート・フェスティヴァル自体が「コホーテク彗星記念祝典」として開催され、他の出演アーティストともども映像も撮影された記録がありますが、映像は散佚してしまったらしく観ることができません。1972年~1973年の充実したサン・ラ・アーケストラのライヴはいずれも優れたものですが、本作はヨーロッパ・ツアーから帰国後の、この年度の最後を飾る名作です。それを思うと、本作の「やりきった」感は次のステップに進む前のもっとも充実かつリラックスした演奏が聴ける点で、バンドにとってもこの時点の集大成的ライヴを意識したものと思われます。そして本作はそれに見合うだけの優れた内容を誇るアルバムです。なにより本作はもともとサン・ラ生前の公式リリース予定で制作された未発表アルバムなので発掘リリースとは一線を画しており、それだけの価値を備えた作品性の高い作品です。没後発表ながらサン・ラ生前の許諾があって収録・制作された、公式な未発表アルバムだけのことはあるのです。

(旧記事を手直しし、再掲載しました。)