イエス - 日本公演・渋谷公会堂1998年 | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

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元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。

イエス - 日本公演・渋谷公会堂1998年
Yes - Live at Sibuya Kokaido, Japan, October 9, 1998 :  

Setlist:
1. Siberian Khatru 00:00~
2. Rhythm Of Love 10:12~
3. Yours Is No Disgrace 17:28~
4. Open Your Eyes 31:04~
5. And You And I 37:26~
6. Heart Of the Sunrise 49:42~
7. Arada 1:01:45~
8. Mood For a Day 1:03:20~
9. Sketches Of the Sun 1:06:41~
10. Clap 1:09:52~
11. Aka Tombo 1:14:40~
12. Wonderous Stories 1:16:10~
13. Khoroshev Soloing 1:20:19~
14. Long Distance Runaround 1:21:49~
15. The Fish 1:25:35~
16. Owner Of a Lonely Heart 1:34:38~
17. Close to the Edge 1:40:28~
18. I've Seen All Good People 2:02:14~
19. Roundabout 2:11:15~
Total Time: 2:20:58
[ Yes ]
Jon Anderson - lead vocals, acoustic guitar
Steve Howe - lead guitars, uncompanied solo accoustic guitar (7 to 10), vocals
Chris Squire - bass guitar, vocals
Alan White - drums
Billy Sherwood - guitars, backing vocals
Igor Khoroshev - keyboards 

 この公演は電話で当日券の有無を問い合わせ、仕事を抜け出して当日券を買って最後列の席で観たので、思い出深いライヴ音源です。当時のイエス最新作『オープン・ユア・アイズ (Open Your Eyes)』(Beyond, 1997.11)に伴う世界ツアーの日本公演(1998年10月8日・9日/東京・渋谷公会堂、10月11日/川口・川口LILIA、10月13日/名古屋・名古屋市公会堂、10月14日/大阪・大阪厚生年金会館)2日目で、イエスのアルバムはアトランティック/アトコ時代のファースト・アルバムから14作目の『ビッグ・ジェネレイター (Big Generator)』(Atco, 1987.9)までは愛聴していましたが、その後10年のメンバーの離合集散時代のアルバムは聴いておらず、ライヴを観るのは初めてだった上に最新作からはタイトル曲「Open Your Eyes」を職場のラジオで聴いただけだったので楽しめるかな大丈夫かなと期待半分・不安半分でしたが、これほど満足度の高いライヴはないくらい楽しむことができました。メンバーを接写したプロジェクト・モニターなどない、照明の変化程度のシンプルなステージでしたが、渋谷公会堂最後列は前列の観客に視界が遮られることもなく、ステージ全体が落ち着いて見渡せる席だったので、全盛期メンバー4人と新人メンバー2人の演奏の様子もじっくり眺めることができました。

 この日本公演は音楽誌のライヴ評では必ずしも好評とは言えず、特に新曲は1曲だけで往年の代表曲中心のセットリストに賛否両論がありましたが、初めてイエスのライヴを観た筆者には感極まるほど堪能できたステージでした。約2時間半・19曲中、イエス全盛期のアルバム『イエス・サード・アルバム (The Yes Album)』(Atlantic, 1971.3)、『こわれもの (Fragile)』(Atlantic, 1971.11)、『危機 (Close to the Edge)』(Atlantic, 1972.9)からの曲が11曲を占めます。『サード・アルバム』からは3、10、18、『こわれもの』からは6、8、14、15、19、全3曲のアルバム『危機』からは1、5、17とアルバム全曲で、『危機』の次作の絶頂期のLP3枚組ライヴ名盤『イエスソングス (Yessongs)』(Atlantic, 1973.4)とほぼ同じ構成(『サード・アルバム』『こわれもの』『危機』からほぼ全曲)に、アルバム『究極 (Going for the One)』(Atlantic, 1977.7)からの‘70年代のヒット曲12「Wonderous Stories」や、トレヴァー・ラビン在籍時の‘80年代のヒット曲16「 Owner Of a Lonely Heart」、2「Rhythm Of Love」(この2曲ではビリー・シャーウッドがリード・ギター)と、最新作からは4「Open Your Eyes」のみで、イエス恒例のソロ・コーナーからはキーボード・ソロの13「Khoroshev Soloing」にイエス名物・英語圏以外の公演ではジョン・アンダーソンがその国のご当地曲を歌う11「Aka Tombo (赤とんぼ)」があり、さらに看板ギタリスト、スティーヴ・ハウのソロ・アコースティック・ギターが7~10と4曲連続メドレーで披露されます。実質的に絶頂期のライヴ名盤『イエスソングス』のリニューアル再現版(『サード・アルバム』からの「Starship Trooper」と「Perpetual Change」は割愛されましたが)と言っていいセットリストで、『サード・アルバム』からの「Yours Is No Disgrace」「Clap」「I've Seen All Good People」に、『こわれもの』からの「Roundabout」「Long Distance Runaround」「The Fish」「Mood For a Day」「Heart Of the Sunrise」、さらに最高傑作『危機』から全3曲「Siberian Khatru」「And You And I 」「Close to the Edge」となると、『サード・アルバム』『こわれもの』『危機』『イエスソングス』を高校生の頃から愛聴してきた身としては、ドラマーがビル・ブルッフォードではなく後任のアラン・ホワイトとか、キーボード奏者がトニー・ケイでもリック・ウェイクマンでもないのも、かえって面白く観られました。

 現在全盛期イエスのメンバーは70代後半以上になっているので、全盛期を担ったギタリストのスティーヴ・ハウが残ってイエスの衣鉢を継いでいる以外はすでに故人(クリス・スクワイア、アラン・ホワイト)だったり、マイペースのソロ活動やコラボレーション活動(ジョン・アンダーソン、ビル・ブルッフォード、リック・ウェイクマン、トレヴァー・ラビン)をしている動向ですが、全盛期メンバー4人+新人2人のこの1998年ライヴでは演奏からもはっきりバンド内の力関係が見えてきます。この公演の時点でビリー・シャーウッド(ギター、現在ではスクワイアの後任としてベーシストに転向)は正式メンバー、キーボードのイゴール・コロシェフはサポート・メンバー扱いで日本公演以後正式メンバーに昇格しますが(しかし素行不良で短期間で解雇されてしまいます)、シャーウッドは『オープン・ユア・アイズ』ではプロデューサーも勤めた期待の新人だったので古参メンバーから旧レパートリーの新アレンジを任されたようで、目立たないながら巧みに演奏の進行を支えています。コンサートは『イエスソングス』と同様、『危機』の必殺ナンバー「Siberian Khatru」から始まりますが、スティーヴ・ハウの無伴奏ギターによるイントロが明らかにテンポが遅く、これは始まりからヤバいなと思いきやスクワイアのベースとホワイトのドラムス、シャーウッドのサイド・ギターが力技でテンポを修正します。コロシェフのキーボードはピッチもミックスも不安定で、キーボードについては十分なサウンドチェックが行われなかったのが推測されます。曲によってはまったくキーボードが聴こえなくなってしまい、コロシェフがステージ袖のスタッフに駆けよってようやくミックスの修正がされますが、その間をシャーウッドのサイド・ギターが埋めているので何とか形になっています。

 イエスの演奏の特徴は「ヴォーカルのバックであろうが楽器は全員放し飼い状態」にあるので、早い話演奏全体がギター・ソロ、ベース・ソロ、ドラム・ソロ状態であり、スクワイアのベースが全体のテンポをまとめていれば、ベースばかりかスクワイアはアンダーソンとユニゾンで歌いっぱなしでもあります。三声のコーラスになる部分ではハウがヴォーカルに加わるので、この網の目のようなアンサンブルが初代ギタリストのピーター・バンクスの後任にスティーヴ・ハウが加入した『サード・アルバム』でイエスの確立した手法でした。メンバー全員マルチ・プレイヤーという恐るべきバンド、ジェントル・ジャイアントは「イエスなんか大して上手くない。俺たちの方が上手い」と言い放っていましたが、ジェントルの場合は屈折しすぎて爽快感に乏しかったので、凝っているのにポップなイエスは広いファンを獲得したのです。絶頂期の『イエスソングス』から25年あまり経ってメンバーも所々ヨレてきましたが、そこはハウが弾き損じたり、スクワイアやホワイトが走りすぎたりする所をシャーウッドがぴたりと修正します。絶頂期イエスには唯一正規の音楽教育を受け、メンバー中唯一楽譜の読み書きも出来れば、アレンジ力にも即興演奏にも長けた凄腕キーボード奏者、リック・ウェイクマンもいましたが、コロシェフはウェイクマンのパートをコピーしようとして力及ばずなので、シャーウッドを加えたツイン・ギターで再アレンジされたこの時のイエスは『イエスソングス』とは違った魅力があります。面白いのは看板ギタリストのハウさんで、エレクトリック・ギターだとあまりの手数の多さに走ったりもたったりとあぶないのに、アコースティック・ギターのソロ・コーナーではリズム感がばっちりなことで、4曲もソロ・アコースティック・ギターのコーナーを与えられています。イエスのリーダーは「天使の歌声」ジョン・アンダーソンさんですが、声質・音程のみならずリズム感においても唯一絶対に崩れないのはさすがという気がします。アンダーソンさんとユニゾンで歌いっぱなしのスクワイアさんも歌っている時は着実なベースを弾いており、「And You And I」のエンディング近くで一瞬ハーモニカが入るのはスクワイアが吹いていたのか、とライヴならではの発見がありました。

 そんな具合でアンコールの代表曲「Roundabout」まで、実質的に1998年版『イエスソングス』と言えるこの日本公演は「昔の曲ばっかりじゃないか」と批判するコンサート評もありましたが、数年後に観たキング・クリムゾンの新曲中心の来日公演よりずっと満足度の高いものでした。クリムゾンの方は新メンバーのベーシストとドラマーの演奏も不安定ならリーダーのロバート・フリップのギターもミスが多く、テンポが崩れてしまいそうになるとヴォーカルとギターのエイドリアン・ブリューのコード・カッティング一発でリズムが立ち直る(つまりフリップよりもブリューが演奏を仕切っている)、というライヴならではの発見もありましたが、新曲に魅力がないので全体的にはあまり楽しめないコンサートでした。何よりキング・クリムゾンがバンド自身も楽しそうでなかった(それが求道的なクリムゾンの特色でもありますが)のに対し、イエスのライヴはバンドも演奏を楽しんでいるのが伝わってくるステージで、絶頂期の楽曲をメンバーたちも愛して自信を持って披露している、ファンとの一体感を大切にする姿勢が演奏にみなぎっていました。それからすでに25年あまり経ってスクワイアもホワイトも故人となり、アンダーソンも健康上の問題からマイペースで活動できるソロ・アーティストになり、当時のメンバーはハウとシャーウッドしか残っていませんが、それを思うと徹夜覚悟で職場を抜け出して観に行ったことに後悔はないどころか、これほど観に行って良かったコンサートはありません。当然ライヴから戻ってからの仕事は徹夜になりましたが、イエスのCDをガンガン聴いて勢いで乗り切りました。その時のライヴがこれです。ロックンロールが与えてくれる活力は、本来そういうものだと思います。