サン・ラ異色のギター・アルバム! ストレンジ・ストリングス (El Saturn, 1967) | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

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元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。

サン・ラ - ストレンジ・ストリングス (El Saturn, 1967)
サン・ラ Sun Ra and his Astro Infinity Arkestra - ストレンジ・ストリングス Strange Strings (El Saturn, 1967) 

Originally Released by El Saturn Records KH-5472, 1967
All songs by Sun Ra
(Side One)
A1. Worlds Approaching - 10:18
A2. Strings Strange (Vocal by Art Jenkins) - 12:48
(Side Two)
B1. Strange Strings (With Lightning Drums) - 20:24
(CD extra track)
4. Door Squeak - 10:29
[ Sun Ra and his Astro Infinity Arkestra ]
Sun Ra - electric piano, lightning drum, timpani, squeaky door, strings (moon guitars)
Marshall Allen - oboe, alto saxophone, strings (moon guitars)
John Gilmore - tenor saxophone, strings (moon guitars)
Danny Davis - flute, alto saxophone, strings (moon guitars)
Pat Patrick - flute, baritone saxophone, strings (moon guitars)
Robert Cummings - bass clarinet, strings (moon guitars)
Ali Hassan - trombone, strings (moon guitars)
Ronnie Boykins - bass viol
Clifford Jarvis - timpani, percussion
James Jacson - log drums, strings (moon guitars)
Carl Nimrod - strings (moon guitars)
Art Jenkins - space voice, strings (moon guitars) 

(Original El Saturn "Strange Strings" LP Liner Cover & Side One Label)

 2014年まで未発表だった1965年のカリンバ・アルバム『Other Strange Worlds』に継いで、ついにサン・ラが作ってしまったアーケストラによるギター・アルバム。と言っても通常のスパニッシュ・タイプのアコースティック・ギターから発展した現代ギターではなく、ギター類に分類される古楽器や民族楽器、改造創作弦楽器です。本作『Strange Strings』の構想を得たサン・ラはメンバーを連れて骨董屋や土産物屋をまわり、管楽器メンバーにウクレレ、琴、マンドリン、胡弓、ドブロ、コラ(アフリカの21弦リュート)などさまざまな民族弦楽器(サン・ラは「Moon Guitars」と呼びました)をレコーディング用に共同購入しました。サン・ラを始めメンバーの誰も購入した弦楽器の正式な演奏法は知りません。サン・ラはそれでこそ良しとしました。さらにサン・ラは手作りの各種パーカッションをメンバーと制作し、中でも「X」と刻印した鋼鉄板の手製の銅鑼は大がかりで、また直接マイクを取りつけたパーカッションも手作りしました。レコーディングの段取りはシンプルで、A1「Worlds Approaching」こそ管楽器によるテーマ吹奏とベースラインがありますが、A2(Vocal by Art Jenkins)とB面全面(With Lightning Drums)に分かれたアルバム・タイトル曲「Strange Strings」ではベースラインしかありません。サン・ラの指示はメンバーに担当弦楽器とパーカッションを振り分けるだけでした。マーシャル・アレン(フルート、オーボエ、アルトサックス)によると本作はリハーサルも説明もなしに各メンバーに弦楽器を渡され、はい本番、というレコーディングだったそうです。

 メンバーは与えられた弦楽器の演奏法どころかチューニングすらわからないので、ホーンの入る「Worlds Approaching」はまだしも、「Strange Strings」では唯一ベースのスペシャリストのロニー・ボイキンス(本作ではバス・ヴィオルと楽器表記)のピッチが頼りでした。このアルバムではサン・ラはほとんど鍵盤楽器を弾かず打楽器か弦楽器を演奏し、A1でもひとしきりホーンのソロの終わった6分台後半からエレクトリック・ピアノのソロがある程度で、ホーンによるエンド・テーマでもやっぱりエレクトリック・ピアノは弾きません。また、比較的スウィンギーな「Worlds Approaching」に較べてドラムスとベースが断続的なため「Strange Strings」は2ヴァージョンともテンポ・ルバートに聴こえますが、実際はかなり早いテンポ指定がキープされているのが集団合奏に戻るとわかります。「Vocal by Art Jenkins」ヴァージョンのヴォイス・パフォーマンス(B面の最後にもまた出てきますが)は金属製メガフォンで声質を変調させたものです。アーケストラらしいホーン陣とボイキンスの剛腕ベースをフィーチャーした「Worlds Approaching」でも異様な音色とミックス・バランスが耳鳴りのようなノイジーな空間を作り出していますが、ホーンを排した「Strange Strings」はノイズそのものと言ってよい完全即興になっています。

 自主制作レーベルのサターンからのサン・ラ・アーケストラのアルバムは録音時期と発売順が錯綜していることで知られ、特にESP-Diskからの話題作『The Heliocentric Worlds of Sun Ra(サン・ラの太陽中心世界)』の発売をきっかけに未発表録音ストックが次々にLP化され、そのうちどれが新録音でどれが旧録音かわからない、という事態になりました。1965年から1967年のリリース作品を推定発売順に並べると(●はサターン盤アルバム、○はサターン以外)、

●Secrets Of The Sun (1962録音) 1965発売
○The Heliocentric Worlds Of Sun Ra (ESP-Disk, 1965.4録音) 1965発売
●Art Forms Of Dimensions Tomorrow (1961-1962録音) 1965発売
●Fate In A Pleasant Mood (1960録音) 1965発売
●The Magic City (1965.Spring, 1965.9録音) 1966発売
●When Angels Speak Of Love (1963録音) 1966発売
●Sun Ra And His Solar Arkestra Visits Planet Earth (1956-1958録音) 1966発売
●Other Planes Of There (1964.early録音) 1966発売
○The Heliocentric Worlds Of Sun Ra, Volume 2 (ESP-Disk, 1965.11録音) 1966発売
○Nothing Is (ESP-Disk, 1966.5録音) 1966発売
○Batman and Robin - The Sensational Guitars of Dan and Dale (Tifton, Uncredited, but featuring Sun Ra & members of the Arkestra and the Blues Project, 1966録音) 1966発売
●Interstellar Low Ways (1959-1960録音) 1967発売
●Strange Strings (1966録音) 1967発売
●We Travel The Space Ways (1956-1961) 1967発売
●Cosmic Tones For Mental Therapy (1963録音) 1967発売
●Angels And Demons At Play (1956-1960録音) 1967発売

 と、1965年に4枚、1966年に7枚、1967年に5枚をリリースしています。サターン盤のほとんどが年度単位でしか録音年月日がわからないのは、気が向いた時にメンバー自身がエンジニアを勤めて録音した自主制作なので録音データが残っていないからです。リストのうち、企画盤のバットマンのテーマソング・アルバムを除くと、新作と言えるアルバムはESPからの3枚、サターン盤では『The Magic City』と『Strange Strings』で、かろうじて『Secrets Of The Sun』『Art Forms Of Dimensions Tomorrow』『When Angels Speak Of Love』(4年遅れ)、『Other Planes Of There』(3年遅れ)が比較的新しいものですが、アーケストラのアルバム・デビュー年1956年までさかのぼる未発表アルバムが新旧区別なく乱発したのは、サターンの本拠地はシカゴでシカゴ時代からのマネージャー、アルトン・エイブラハムがシカゴ在住のままバンドのマネジメントとサターン・レコーズの経営を手がけており、レコードの取次契約のないサターン盤はわずかな直販店と通信販売を除けばバンドの手売りに頼っていました。手売りですから正確な発売年月日もわからず、レコード番号や規格からの推定です。アルバムを制作するごとにマスター・テープはシカゴに送られていましたが、それまでにレコード化されたのはシカゴ時代に『Super-Sonic Jazz』1957と『Jazz in Silhouette』1959、ニューヨーク進出後は『Secrets Of The Sun』1965がやっとのことでした。アーケストラのニューヨークでのライヴ活動が軌道に乗ったのが1964年6月以降で、年内には1965年のESPからのアルバム発売が決定しましたから、10年分貯まっていた未発表アルバムを新作のリリースに便乗して出してしまおうという実にインディー(実質的に個人自主制作レーベル)ならではのどさくさ紛れがあったのです。それでも1965年~1967年の3年間に発売された15枚のアルバム(バットマン除く)は質量ともに驚異的な作品群でした。同時期にビートルズが発表したアルバムが『Help!』『Rubber Soul』『Revolver』『Oldies』『Sgt.Pepper's Lonely Club Band』『Magical Mystery Tour』の6枚と思うとしまった較べるんじゃなかったと思いますが、サン・ラは1964年には50歳になっていたので、ジャズの世界でもこれほどの晩成型の才能は異形です。

 このアルバムはノイズそのものの完全即興がいかにして優れたジャズ作品として成り立つか、という以前に演奏法もわからない楽器で12人編成(!)のバンドの合奏ができるか、という無理難題を課題としたアルバムでした。先に引いたマーシャル・アレンの証言からもおそらくA1「Worlds Approaching」から先に録音されたと思われ、この曲は管楽器テーマとベース・オスティナート(リフ)がありますから8小節分のパート譜が配られたと思われます。3・3・2にアクセントを分割しシンコペーションを効かせた快速(全然快くないかもしれませんが)4ビート曲で、アルコ(弓弾き)奏法でピチカート演奏をやってのけるボイキンスの力量は素晴らしいものです。久しぶりにバンドに戻ってきた(遅れてシカゴから上京してきた?)ダニー・デイヴィスのアルトサックスも冴えており、この曲だけなら1962年~1964年録音の名盤連発時代のアルバムに入っていてもおかしくはないでしょう。本作が大量に弦楽器を購入(すぐに売却したかもしれませんが)を用意するほど力が入っていたのは、『The Magic City』に続いてようやく新作を制作即発売できる環境がサターン・レコーズで整ってきたためで、力作『The Magic City』と同じく未発表の旧作とは違うスペシャルなアルバムにしたい意欲があったからこそでしょう。まずA1「Worlds Approaching」でいつもの管楽器アンサンブルと初めての弦楽器アンサンブルを手慣らししたのち、弦楽器と打楽器に特化した12分48秒のA2「Strings Strange (Vocal by Art Jenkins)」と20分24秒のB1「Strange Strings (With Lightning Drums)」の2ヴァージョンが録音されたと思われます。

 いくらコミューン的バンドとはいえリーダーが突然メンバーに畑違いの楽器をやれ、という無茶振りは普通は実現しません。AEC(アート・アンサンブル・オブ・シカゴ)のように小編成の合議制バンドで全員がマルチプレイヤーという特殊なチームならばともかく、最小でも7人、多くて10人のアーケストラが今回は12人の最大編成で、それだけ人手を必要としたのもギター系弦楽器と打楽器だけのアンサンブルで担当楽器のプロはベースのボイキンス、ドラムスのクリフォード・ジャーヴィスしかいなかったからです。12人で合奏しているのに音数がスカスカなのはベーシストのボイキンス以外には臨時弦楽器奏者にソリッドな演奏ができるメンバーがいなかったからで、全員がパーカッションかけもちで少し演奏してはつっかえ、また演奏してはつっかえとメンバー各自がバラバラに演奏しているのですが、そこはアーケストラ団員だけあって脳内メトロノームは正確にビートを追っています。だからあちこちで分厚いアンサンブルやリズム・ブレイクからのソロイストのピックアップがあってもサウンドが崩れずに、いわば音色のパレットのような効果と素人演奏ゆえの不安定さに由来するモアレのような効果の両方が生まれています。『太陽中心世界』では意図的に精密な現代音楽に接近していましたが、本作では体感ビートがジャズそのものなので現代音楽の即興実験作品にはならないのです。B面の12分台と17分台には使用楽器中では音域・音色とも一番アコースティック・ギターに近いドブロのソロが聴けますが、マイルス・デイヴィスが『In A Silent Way』1969でジョン・マクラフリン(ギター)に「初めてギターを弾くように弾いてくれ」と指示したという有名なエピソードを先取りするようなプレイであり、アルバム『Strange Strings』全編がそういう作品です。ちなみにCDボーナス・トラックはアルバム本編の翌年録音の未発表曲になるようですが、ニューヨークのフルクサス運動からヒントを得たような現実音の操作による異化効果を狙った音楽で、タイトル通りドアの開閉音(サン・ラが担当)をレコーディングしたイヴェント的パフォーマンスです。アルバム本編とはコンセプトがつながるようでまったく別物と見るべきですが、これもオマケなら一興でしょう。

(旧記事を手直しし、再掲載しました。)