ザ・スターリン - Trash (ポリティカル, 1981) | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

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元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。

ザ・スターリン - Trash (ポリティカル, 1981)
ザ・スターリン - Trash (ポリティカル, 1981) :  

Released by Political Records MIG-2505L, December 24, 1981
Produced by The Stalin
全作詞: 遠藤みちろう・全作曲: THE STALIN
(Side A; STUDIO)
A1. 解剖室 - 2:01
A2. 冷蔵庫 - 1:34
A3. TRASH - 1:11
A4. 天上ペニス - 1:42
A5. 革命的日常 - 3:15
A6. 主義者(イスト) - 1:18
A7. インテリゲンチャー  - 1:18
A8. バキューム - 2:10
A9. BIRD - 1:03
A10. 溺愛 - 4:59
(Side B; LIVE)
B1. メシ喰わせろ! - 3:38
B2. ハエ - 1:43
B3. ハードコア - 1:35
B4. 猟奇ハンター - 1:48
B5. 電動コケシ - 2:46
B6. アーチスト - 3:59
B7. 豚に真珠 - 1:32
B8. GASS - 1:03
B9. サル - 0:35
B10. 撲殺 - 3:33
[ ザ・スターリン The Stalin ]
ミチロウ - ボーカル
タム - ギター
晋太郎 - ベース
乾 純 - ドラムス
(Original Political "Trash" LP Liner Cover, Lylic Sheet & Side A/B Label)
 本作はリーダーの遠藤ミチロウ(1950年11月15日生~2019年4月25日逝去)の意志から初回プレス1000枚・追加プレス2000枚がスターリン自身の自主制作レーベル、ポリティカルレコードから1981年12月に発売されたのみで以降はLPでもCDでも再発売されず、オリジナルの中古盤LPは10万円~50万円のプレミアがつき、長らく海賊盤業者の目玉商品になっていましたが、膵臓癌で闘病中だった晩年の遠藤氏が逝去1週間前にようやく再発売をマネージャーに許可し、2000年7月1日に親交の深かったインディー・レーベルの「いぬん堂」から「スターリン結成40周年盤」としてアナログ盤・CDで初の公式再発売が実現した伝説的アルバムです。ザ・スターリンは後に定冠詞抜きのスターリン名義で再結成され1992年まで断続的に活動しましたが、バンドとしてのザ・スターリンはこの自主制作盤『Trash』と、徳間音楽工業・徳間ジャパン/クライマックスレコードからメジャー・デビューしての『STOP JAP』1982.7(オリコン3位)、『虫』1983.2のアルバム3作、また『Trash』に先立つソノシート「電動コケシ/肉」1980.9、EP『スターリニズム』1981.4に尽きていて、これらを発表当時聴いていたリスナーにはその後は遠藤氏のソロ・プロジェクトとしてスターリンの名義が再利用されているにすぎない印象がありました。傑作『虫』までのザ・スターリンはメンバー間の強い共感から生まれた、引き締まった魅力のある、小気味良いロックンロール・バンドでした。ソノシートは200円で発売され、当時少なかった日本のロックを取り上げていた雑誌には遠藤氏の熱い一文とともに紹介されていました。

 今聴くと『Trash』冒頭のファスト・チューン「解剖室」にはレッド・ツェッペリンの「Communication Breakdown」が透けて見えます。ですがすぐに気づく人はまずいないくらいスターリンには強烈な日本語ロックとしてのインパクトがあって、マイナス点にはなっていないでしょう。ソノシートも明らかに当時もっとも進んだ日本のパンク・バンドだったフリクションの作風に倣ったものでしたが、ヴォーカルとバンド・サウンドの関係性の相違によってフリクションとはまったく異なるストレートな訴求力を持ったものになっていました。それがザ・スターリンのオリジナリティで、『虫』まで一貫して追求されたこのバンド独自のコンセプトになりました。
ザ・スターリン - 電動コケシ/肉 (ポリティカル/Flexidisc MIG2501, 1980) :  

ザ・スターリン - スターリニズム/2nd EP (ポリティカル/EP MIG2504, 1980) :  

A2. サル - 0:45
A3. コルホーズの玉ネギ畑 - 2:26
B1. 猟奇ハンター - 2:13
B2. アーチスト - 3:10

 ザ・スターリンの2作目になったEP『スターリニズム』も7インチ・33.1/3回転の5曲入りミニアルバムで500円または600円(お店によって違いました)という廉価盤でしたが、後に「電動コケシ/肉」とのカップリングで12インチ・ミニアルバム化された時にリミックスされて大幅に修正されたように、楽曲はともかくピッチが遅くミックスとマスタリングに失敗した作品で、あまり音楽的才能はないのだろうかと先行き不安になるようなものでした。しかしザ・スターリンの音楽ジャーナリズムの話題は大きくなり、ステージで全裸になる、蓄肉の臓物をぶちまける、女性客にフェラチオさせる、などもっぱらスキャンダラスなステージングで音楽誌の枠を越えてスポーツ新聞、週刊誌などにも興味本位の記事がたびたび載るようになりました。同時期やはり凄惨なステージで話題を呼んでいたバンドに暗黒大陸じゃがたらがおり、遠藤氏はじゃがたらのステージ演出からの影響を認めていますが、ストレートなパンク・バンドだったザ・スターリンはファンクやアフロビート、フリー・ジャズ的な音楽性をハイブリッドしたじゃがたらよりもバンドのイメージと音楽の結びつきが明快でした。

 そして満を持して発表されたのがソノシート、EPに続いて自主レーベル・ポリティカルから発売された初のフル・アルバム『Trash』で、当初1000枚限定とアナウンスされていましたが、事前の評判からさらに追加プレス2000枚が限定発売されています。今回調べて、記録の上では1981年12月24日だったのかと意外な気がしました。記憶では『Trash』が出回り始めたのは1982年1月中旬以降で、今はない下北沢の輸入・中古レコード店(当時はインディー・レーベルのレコードはそうした店でしか取り扱っていませんでした)で購入したのもその頃でした。雑誌で発表広告を見て買いに行ったらまだ出ていないと言われて(こういうのは予定日より遅れますから、と説明されました)、予約取り置きしてもらって買いましたから、クリスマス・イヴの発売日に遅れたらインディー盤なら年を越すのが普通の出荷・入荷状況でしょう。当時の流通網ではインディー盤は手売り納品でしたし、通販やジャーナリズム用の献呈品だけでもプレス分のうち相当枚数になったと思われます。

 ソノシートはなかなかでしたがボリューム面では物足りなく、EPはサウンド・プロダクション面で貧弱でしたから、いよいよアルバム発売ならこれまでの不満点は改善されているだろうと期待していました。話題が盛り上がっていたところだしおそらくバンド側も意欲が高まっていたでしょう。白黒印刷のジャケットでも宮西計三氏のイラストレーションの素晴らしさでいかにもアンダーグラウンド・シーンのバンドらしくコストを抑えた安さは感じさせず、新作で2000円という廉価盤なのも反商業的なバンドらしくて嬉しく、A面がスタジオ録音10曲、B面がライヴ録音10曲というのも聴く前から期待が高まりました。当時まだザ・スターリンのライヴには出向いたことがありませんでしたが、音楽誌の記事には「30分もあれば20曲は演ってしまう」と書かれていたので、レコードでもそういう勢いなら面白いと予約して入荷を待っていました。

 アルバムは期待以上の出来でした。スタジオ録音10曲でA面、ライヴ録音10曲でB面に分けたのも2枚組アルバムに匹敵するような満腹感がありました。さすがに30分で20曲ではなくAB面で45分弱はありましたが(正確には43分半)、A面とB面で起承転結があり曲の流れが良く、メドレーのように一気に聴けます。当時は気づきませんでしたが、ザ・スターリンはパンク・ロックでも遠藤ミチロウ氏がドアーズとジャックスをルーツと公言していたようにサイケデリック~アシッド色の強い面があり、サイケデリックも千差万別ですがスターリンの場合はダウナーな方向性のアシッド色で、A10の「溺愛」やB1「メシ喰わせろ!」(この曲は京都のパンク・バンド、INUの曲「メシ喰うな!」へのアンサー・ソングです)ではそのサイコ・パンク色が成功しています。EP『スターリニズム』でうまくいかなかったのはそのあたりでした。「革命的日常」「撲殺」のように単語だけを連呼するような曲は後の『虫』につながっていきます。ですがメジャーの徳間音工と契約しての『STOP JAP』でフィーチャリング・チューンになったのはA6を改題した風刺的な「ロマンチスト」で、『STOP JAP』は残念ながら『Trash』よりも古びやすい面が目立つアルバムになりました。それでも12万5千枚、アルバム・チャート3位は当時の日本のポピュラー音楽状況では驚異的な成功で、積極的にスキャンダラスな反体制パンク・バンドのイメージで売り出した地道な活動が結果的には爆発的な反響を呼んだことになりました。

 契約したレコード会社でも担当者以外のほとんどのスタッフから白眼視される、一旦完成させたアルバムがレコード倫理委員会によって規制がかかり全曲を改訂再録音しなければならなくなるなど『STOP JAP』は大変な障壁を乗り越えて完成され、セールス実績では十分に報われたアルバムでしたが、音楽誌の評価はそれまでのザ・スターリンのレコードと比較した場合でも、比較とは別にパンク・ロックのアルバムとしても、『STOP JAP』はユニークな楽曲(歌詞)に反して平凡なサウンドを指摘するものが目立ちました。ゲリラ的に作られた『Trash』の迫力に較べるとEP『スターリニズム』に後退して作られたアルバムのように感じられました。『Trash』から半年強でリリースされた『STOP JAP』のサウンドが物足りなく感じたのは期待が高まりすぎたのかもしれません。

 バンド自身もその点は早く気づき、次作『虫』では思い切りアッパーな面も、底なしにダウナーな面でも『Trash』『STOP JAP』よりも格段に大胆でダイナミックなサウンドに成功します。アルバム・チャートは最高位2位まで上がり、今回は音楽誌でも正当に高い評価が並びました。年間の日本のロックのベスト・アルバムに上げる音楽ジャーナリストも多く順風満帆に見えたスターリンでしたが、レコーディング中からメンバーの交替が相次いで、発売後のライヴでは固定メンバーは遠藤ミチロウひとりになっていました。それでもこの時期までのスターリンが遠藤氏のソロ・プロジェクトと違う印象を受けるのは、ソノシート「電動コケシ/肉」から『虫』までは当初からのザ・スターリンのコンセプトが一貫していたからでしょう。最高傑作と呼べる『虫』が実質的にザ・スターリン最後の作品になり、再びインディー・レーベルに戻って『Fish Inn』1984.11、そして徳間ジャパンから解散ライヴを収めた『For Never』1985.5の2作が発表されましたが、『Fish Inn』は再録音曲を含み臨時メンバーで制作されたアルバム、『For Never』は解散記念アルバムで、『Fish Inn』からは遠藤ミチロウのソロ活動開始と平行して制作されています。オリジナルのザ・スターリンでは『Trash』と『虫』が突出していますが、それはアーティストの創造力が時代的状況とかみ合って最高の成果を生んだ例に上げられます。一度もそれが起こらないアーティストの方が遥かに多いと思えば、ザ・スターリンが長く記憶されている存在なのも正当な評価ですし、ようやく40年近く経って遠藤氏の逝去から1年あまりして『Trash』が公式再発売され、新たなリスナーに届いているのも感慨を催させられます。

(旧記事を手直しし、再掲載しました。)