トラフィック・サウンド - ヴァージン (MaG, 1970) | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

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元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。

トラフィック・サウンド - ヴァージン (MaG, 1970)
トラフィック・サウンド Traffic Sound - ヴァージン Virgin (MaG, 1970) :  

Originally Released by MaG Records Peru, MaG-LPN 2382, 1969 or 1970
Todas las canciones escritas y arregladas por Traffic Sound, Letras de Manuel Sanguinetti 
(All Music and Arrenged by Traffic Sound, Lyrics by Manuel Sanguinetti)
(Lado A; Tomorrow) - 16:20
A1. Virgin - 2:58
A2. Tell The World I'm Alive - 4:17
A3. Yellow Sea Days - 9:09
 (A3a. March 7th - 3:27)
 (A3b. March 8th - 2:10)
 (A3c. March 9th - 3:28)
(Lado B; Today) - 16:25
B1. Jews Caboose - 4:34
B2. A Place In Time Call "You And Me" - 0:35
B3. Simple - 3:26
B4. Meshkalina - 5:34
B5. Last Song - 2:17
[ Traffic Sound ]
Manuel Sanguinetti - 1゚Voz, Voces, Percusion (lead vocal, vocals, percussion)
Willy Barclay - 1゚Guitarra, Guitarra Acustica, Coros(1゚Voz en Simple) (lead guitar, acoustic guitar, backing vocals, lead vocal on "Simple")
Freddy Rizo Patron - Guitarra Ritmica, Guitarra Acustica, Bajo (rhythm guitar, acoustic guitar, bass)
Willy Thorne - Bajo, Organo , Piano, Guitarra, Coros (bass, organ, piano, guitar, backing vocals)
Luis Nevares - Bateria, Vibrafono, Percusion, Coros (drums, vibraphone, percussion, backing vocals)
Jean-Pierre Magnet - Saxo, Clarinete, Flauta, Tumbadora, Coros (saxophone, clarinet, flute, tambourine, backing vocals)
(Original MaG "Virgin" LP Liner Cover, Gatefold Inner Cover & Lado A Label)

 この『ヴァージン (Virgin)』こそがロック史上の画期的傑作アルバムに上げてもいい、両手を上げてお薦めできる、これを聴いているかいないかでリスナーのロックやポップスへの音楽観すら一変させるインパクトを持つ、南米大陸のロック、ペルーのロック(インカ・ロック)を代表する名盤です。1960年代末~1970年代初頭にペルーで活動していたバンド、トラフィック・サウンドのセカンド・アルバムに当たる本作がイギリスで初CD化され世界的に認知されたのはようやく2005年のことでしたが、これほど鮮やかで素晴らしいアルバムがマニア以外にはほとんど知られず残っていたとはにわかには信じ難いほどです。従来このバンドやこのアルバムが印刷媒体で紹介されているのを見たことがなく、調べてみると実際国際的な紹介も1992年の本国でのCD再発、1997年のアメリカでのベスト盤発売と2002年の単独盤発売、2005年のイギリス盤発売、2007年のイタリア盤発売とようやく近年進んできたばかりで、まだ再評価の途上にあるのですが、本作はこれを聴いているかいないかで世界のロックの見取り図が一変するとも言える逸品です。さすがにコアな研究サイトには取り上げられていますが、ウィキペディアでも現時点では英語版とスペイン語版(南米大陸はポルトガル語が公用語の最大の大国、ブラジルを除くとすべてスペイン語圏です)でしか載っていません。1960年代末デビューのペルーのバンドとしか情報がなければ、未知のリスナーにはジャケットともども大した期待は持ちようがないでしょう。全曲メンバーのオリジナル曲ということは裏目に出ればろくな曲が入っていない可能性もあります。ペルーはスペイン語圏で、500年前までは紀元前までさかのぼって2000年以上もの間世界最高の文化を誇ったインカ帝国の中心地でしたが、インカ帝国な文明は言語や数学こそあったと推定されてはいるもののカースト制度を維持するために徹底した無文字文化を貫いていたため、スペイン帝国に侵略された後はインカ文明の記録も謎に包まれてしまいました。そういう特異な歴史を持つ国に英米のポピュラー音楽が流入した結果生まれたロック・バンドがどういう音楽をやっていたのか、これは聴くまでは想像もつきません。

 アルバム・タイトル曲A1は12弦アコースティック・ギターによる6/8拍子の爽やかなアルペジオの導入部から一斉にバンドのアンサンブルが始まると、パーカッションを前面に緩やかな4/4拍子で快適なコード・ワークのギターが鳴り響き、いきなり痺れます。これでもう勝負あったという感じがする鮮やかなイントロです。張りのある素晴らしい声質のヴォーカルは英語詞で、リズム・ブレイク部にはトレモロのかかったピアノのアルペジオが位相バランスを違えたあの世から響いてきます。ミックス全体がストレンジでパーカッションや管楽器が不思議なサウンドで絡んできます。これはラテン系の英米バンドやヨーロッパ大陸のバンドからは出てこない色彩感豊かな独創的ラテン・ロックで、英米ロックから学んだ手法も当然応用されたサイケデリック・ロックですが、ペルーのバンドならではの感性が自然にプログレッシヴなサイケデリック・ロックに結実したものでしょう。スケールはそれほど大きくありませんが、珠玉のような佳作、いっそワールド・ロックの名作と喧伝しても誇大評価にはなりません。全8曲すべて佳曲で見事な構成でアルバムが組み立てられています。サンタナのようなラテン系アメリカン・ロックとは決定的に違うのは、南米人らしいソフト・ロック志向とラテン・リズムを違和感なく同居させた音楽性にあります。つまりハード・ロック指向はトラフィック・サウンドには稀薄で、それがバンドを小粒にもしていますが、英米ロックやユーロ・ロックと袂を分かつ魅力にもなっています。先に第1作『バイラー・ア・ゴーゴー (A Bailar Go Go)』がいかに大したことのないアルバムか暴露してしまいましたが、英米ロックのカヴァー・シングル集だった同作はまだこのバンドの本領発揮の作品ではなかったということです。本作は無条件に諸手を上げて推薦したいアルバムです。ただし柄の大きなバンドではありませんから、華はあってもけっして派手な音楽ではありません。

 1967年に結成、翌1968年にシングル・デビューしたペルーのロック・バンド、トラフィック・サウンドは1972年の解散までに4枚のアルバムを残しました。シングル6枚・12曲のうちアルバム未収録曲が6曲あります。アルバムはいずれも1990年代半ばまではペルー国内盤のみで、
1. A Bailar Go Go (MaG, 1969)
2. Virgin (MaG, 1970)
3. Traffic Sound (a.k.a. III) (a.k.a. Tibet's Suzettes) (MaG, 1971)
4. Lux (Sono Radio, 1972)
 があり、1990年代末からようやくアメリカ、イギリス、イタリアのサイケデリック・ロック復刻レーベルから国際的に紹介されることになりました。日本にもユーロ・ロックのマニアによって南欧のスペイン、ポルトガルのロックとともにラテン・アメリカ諸国のロックからは大国であるブラジル、アルゼンチン、メキシコのバンドが多少は入ってきていましたが、ペルーのロック、しかも'60年代末~'70年代初頭という時代となるとアルバムの実物を聴く目安も機会もあまりありません。一応1980年代末までには'60年代末~'70年代初頭のガレージ・パンク~サイケデリック・ロック~プログレッシヴ・ロックには熱心なリスナーによる調査と情報交換が進んでおり、たとえば日本のGS~ニューロックの流れは日本人が思っていたほど偏向した歪曲輸入ではなく、英米の衛星国圏ではむしろ典型的な受容パターンだったことが判明しました。トラフィック・サウンドの最初のアルバム『バイラー・ア・ゴーゴー』は最初の3枚のシングルの全6曲からなり、全曲英米ロックのカヴァーで、地球の裏側でも日本のGSがやっていたようなアルバムで、しかも日本人GSより見劣りする水準のものでした。それは同作の紹介で解説した通りです。

 ところが翌1970年(1969年発売と1970年発売の2説ありますが、慎重を期して後の発売年を採ります)のアルバム『ヴァージン (Virgin)』は全曲メンバー全員合作によるオリジナル曲で、これが同じバンドかと見違えるような独創的な名盤になっています。サンタナのデビュー・アルバムは1969年8月発売ですが、サンタナに先立つアメリカ西海外ロックでは、メキシコ音楽からの影響でロサンゼルスのバンドのザ・ドアーズやスピリットなどがラテン・リズムのロック曲を作っていました。ニューヨークではキューバ経由でアフロ・リズムの導入が1940年代末のビ・バップのジャズマンによって行われ、'60年代にはフォー・シーズンズ、ヤング・ラスカルズ、レフト・バンクらイタリア系移民の白人バンドがソウル・ミュージックとラテン・リズムを融合させたモダンなスタイルのロックを成功させています。トラフィック・サウンドの『ヴァージン』はサンタナとの影響関係は制作時期的に稀薄と思われますが、ラスカルズのカヴァーは『バイラー・ア・ゴーゴー』にあり、同作でアイアン・バタフライもカヴァーしているからには同系統のバンドだったドアーズやスピリットからの感化はすでにあったと思われます。

 実際『ヴァージン』のB1「Jews Caboose」はドアーズの変型オリジナル・ブルース「ソウル・キッチン(Soul Kitchen)」を連想させるリフから作られています。このアルバムは大別すればアコースティック・ギターとピアノにフルートが舞うドリーミーなサイケ系ソフト・ロックと、エレクトリック・ギターとオルガンが奏でるリフにサックスやクラリネットがダーティに絡むダンサブルなヘヴィ(このバンドとしては)・サイケ曲に分かれていますが、A1「Virgin」はその中間的作風でアルバムを代表し、A2「Tell The World I'm Alive」、B3「Simple」、アルバム最後のインスト曲B5「Last Song」はドリーミーなソフト・サイケ・ロックになります。A3の「Yellow Sea Days」は9分09秒の大作ですが三部構成になっており、フローティングなソフト・サイケのA3a「March 7th」からヘヴィ・サイケのA3b「March 8th」に展開し、再び曲調が「March 7th」に戻ってサイケデリックなコーラスが飛び交うA3c「March 9th」になります。この「Yellow Sea Days」はフランスのゴングを先取りしたようなスペース・サイケ=プログレッシヴ・ロックと呼べる先駆的な楽曲で、後年のゴングに較べればプリミティヴですが見事に成功しています。

 このアルバムはA面が「Tomorrow」、B面が「Today」とされているのも意欲的なコンセプトを感じさせ、B1「Jews Caboose」とB4「Meshkalina」は強力なラテン・ロックです。35秒しかないヴォーカル・コラージュB2「A Place In Time Call "You And Me"」はハードなB1とソフトなB3「Simple」の橋渡しのためのギミックでしょう。B5「Last Song」はアルバムのトータル感のために最終曲に配されたアコースティック・インストで悪くはありませんが、A面B面合わせて32分の短い収録時間ではアコースティック・ギター1本のインスト曲だけではもったいないような気がします。B1「Jews Caboose」とB4「Meshkalina」はサンタナの「Jingo」や「Evil Ways」を思わせるこのバンドとしてはハードな曲で、ラテン音楽というと熱いタイプの音楽を連想しがちですが、国民性がおおらかなのかアジアの大衆音楽同様に庶民的な音楽はむしろソフトなものが好まれます。欧米型のポップスやロックは南米やアジアの大衆音楽基準では刺激が強すぎると感じられるのです。トラフィック・サウンドの音楽はソフト・ロックのリラクゼーション曲ととラテン・リズムのダイナミックでダンサブルな曲が半々ですが、日本に限らずサイケデリック・ロック愛好家はガレージ系のサウンドを好むリスナーが多く、また英米以外のユーロ・ロック~グローバル・ロック愛好家はそのままプログレッシヴ・ロック愛好家であることが多いので、トラフィック・サウンドはサイケデリック・ロック愛好家にはガレージ度が低く、プログレッシヴ・ロック愛好家にはサイケデリック色が強すぎるという不利な面もあります。再評価の遅れはそれが原因でしょう。

 英語版ウィキペディアでは先のリスト通りの4枚のアルバムを、それぞれファースト・アルバムからフォース・アルバム(かつラスト・アルバム)としていますが、スペイン語版ウィキペディアでは『バイラー・ア・ゴーゴー』は後年のコンピレーションCD、
・Traffic Sound 68-69 (Background, 1993)
・Greatest Hits (Discos Hispanos, 1998)
・Yellow Sea Years: Peruvian Psych-Rock-Soul 1968-71 (Vampi Soul, 2005)
 と同様に編集盤扱いされています。確かに『バイラー・ア・ゴーゴー』は1968年発売の3枚のシングルAB面全6曲をまとめただけの、収録時間22分そこそこのミニアルバムで、全曲が英米ロックのカヴァーでした。スペイン語版ウィキペディアでは『ヴァージン』をファースト・アルバムとして、初期シングル集『A Bailar Go Go』はバンドの前史とし、『Traffic Sound』をセカンド、『Lux』をサード&ラスト・アルバムとしています。実際『ヴァージン』からはトラフィック・サウンドのレコード発売はアルバム優先になります。初期シングル6枚のうち「Sky Pilot b/w Fire (MaG, 1968)、「You Got Me Floating b/w Sueno (MaG, 1968)、「I’ m so Glad b/w Destruction」(MaG, 1968)はそのまま『バイラー・ア・ゴーゴー』全曲になっています。以降のシングル3枚「La Camita c/w You Got to Be Sure」 (MaG, 1971-Sono Radio, 1971)、「El Clan Braniff c/w Braniff style - Usa version」(Sono Radio, 1971)、「Suavecito c/w Solos」 (Sono Radio, 1972)はAB面ともすべてアルバム未収録曲で、アルバム『ヴァージン』『Traffic Sound』『Lux』からは1曲もシングル・カットはされていません。

 シングル・スリーヴ、いわゆるペラジャケが標準だった当時、『ヴァージン』はシングル・スリーヴ盤とWジャケット盤(見開きジャケット、ゲイトフォールド・スリーヴ)の両方の仕様で発売されました。裏ジャケットに歌詞が掲載されているのも世界的にまだポピュラー音楽のLPでは珍しいことでした。物価指数からすると当時のLPレコードの価格は今日の20倍(約4万円相当)になりますが、原価率のうちジャケットの占める割合が大きかったアナログLP時代に、『ヴァージン』の豪華版ジャケットはインパクトの強い、思い切ったものだったでしょう。日本に置き換えると、前代未聞の豪華ジャケットで発売されたフォーク・クルセダーズの『紀元貮阡年』1968や、質素なシングル・ジャケットながらリーダー早川義夫の長文セルフ・ライナーノーツを掲載して異彩を放った『ジャックスの世界』1968を思い起こさせます。フォークルとジャックスはGS全盛期に現れた2大異端グループで、次世代のロックを予期したバンドでした。ペルー全体のシーンはまだまだ未知数の部分が大きいのですが、『ヴァージン』は画期的な新世代ロック宣言の意気込みが課せられていたアルバムだったのがうかがわれます。ちなみにMaGレコードはペルーの当時の中堅メジャー・レーベルだったそうですが、レーベル・メイトでトラフィック・サウンドのライヴァル・バンドだったラゴーニア(Laghonia)のデビュー・アルバム『グルー (Glue)』1969のプレス枚数は300枚、売り上げは260枚だったといいます。ペルーの国内バンド需要を物語るエピソードでしょう。
 
 シングル・カットはされていませんが、『ヴァージン』収録曲でペルー・ロック史の記念碑的名曲と名高いのはB4「Meshkalina」とされているようです。これはインカ帝国から後のペルーが継承した文化を考察した歌詞で、アルバム中でももっとも攻撃的なサウンドで歌われています。アルバムの半数を占めるソフト・ロック的な方向性とは逆方向を向いた曲で、次作『Traffic Sound』や最終作『Lux』ではいっそう「Meshkalina」系の方向性が追求されることになります。これも英語詞ですがインカ~ペルー史を知らないと十分な理解のできない歌詞と思われ筆者の手に剰るので、原詞だけ引いておきます。作曲はメンバー全員、作詞はリード・ヴォーカリストのマニュエル・サングィネッティによります。
 
[ Meshkalina ]  
Letras de Manuel Sanguinetti
 
Yahuar Huaca wondered why he was high once
Raped the witch and killed the wild Ayarmaca
 Let me down meshkalina
 Let me down meshkalina
Full of bull he was, oh God let me tell you
Spread the weed one day, all over his empire
 Let me down meshkalina
 Let me down meshkalina
F*** stayed for fifteen days in his lab once
He said, "Man it's here, let's try my new substance"
 Give me some meshkalina
 Give me some meshkalina
We went driving hard and wild across the country
We were having fun, even though we were dying
 Let me die meshkalina
 Let me die meshkalina
Now I know it's time for you to start learning
About the games we play everyday, every morning
 
 次作『Traffic Sound』、ラスト・アルバム『Lux』までトラフィック・サウンドは意欲的な音楽を作り続けました。このバンドはマニュエル・サングィネッティのヴォーカルが良く、ウィリー・ソーンのキーボードと各種木管楽器(サックス、クラリネット、フルート)のジャン=ピエール・マグネットの色彩感豊かなアレンジと、メンバー全員がギターとパーカッションを兼ねる演奏に一体感があるのが何より素晴らしく、キャリアは短く小粒ながら、絶頂期の数年間ならば英米のクイーンやエアロスミス、ユーロ圏のアンジュ(フランス)、カン(ドイツ)、特にオザンナ(イタリア)を思わせ匹敵するバンドです。以降のトラフィック・サウンドのアルバム同様、それらも続けてご紹介していきたいと思います。

(旧記事を手直しし、再掲載しました。)