サン・ラ - フェイト・イン・ア・プレザント・ムード (El Saturn, 1965) | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

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元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。

サン・ラ - フェイト・イン・ア・プレザント・ムード (El Saturn, 1965)
サン・ラ Sun Ra and his Myth Science Arkestra - フェイト・イン・ア・プレザント・ムード Fate In A Pleasant Mood (El Saturn, 1965) :  

Recorded at the RCA Studios or possibly at Hall Recording Company (both in Chicago), around 17 June and October 1960.
Released by El Saturn Records, Saturn Research LPSR99562B, 1965
(Reissued Impulse! AS-9270, 1973 "Fate In A Pleasant Mood" Front Cover)
All songs were written by Sun Ra unless otherwise noted.
(Side A)
A1. The Others in their World - 2:15
A2. Space Mates - 7:10
A3. Lights of a Satellite - 3:39
(Side B)
B1. Distant Stars (Ra, Boykins) - 2:54
B2. Kingdom of Thunder (Ra, Allen) - 3:50
B3. Fate in a Pleasant Mood - 2:44
B4. Ankhnaton - 3:25
total time; 25:57
(Line Up)
The original sleeve credits the following musicians;
[ Sun Ra and his Myth Science Arkestra ]
Sun Ra - piano
Phil Cohran - trumpet
George Hudson - trumpet
John Gilmore - tenor saxophone
Marshall Allen - alto saxophone
Ronnie Boykins - bass
Eddy Skinner - drums
(A1-A4, B2, B3&B4 recorded at RCA Studios, Chicago around 17 June, 1960 and B1 recorded at the Wonder Inn, Chicago, around October, 1960)
Sun Ra - percussion, bells, gong and piano
Phil Cohran - cornet (except B1,B2)
Lucious Randolph - trumpet (B1,B2 only)
George Hudson - trumpet (B1 only)
Nate Pryor - trombone & Bells (except B1,B2)
John Gilmore - tenor saxophone and clarinet, percussion
Marshall Allen - alto saxophone, flute, bells
Ronnie Boykins - bass
Jon Hardy - drums 

(Original Saturn Research "Fate In A Pleasant Mood" LP Liner Cover & Side A Label)

 録音順では前作に当たる傑作『Interstellar Low Ways』は31分6秒、前々作『Sound Sun Pleasure!!』は24分52秒と短いアルバムでしたが、それはこれらがずっと後年の発掘リリースだったからで、『Sound Sun Pleasure!!』と同時録音で録音からすぐ2か月後に発売された名盤『Jazz in Silhouette』1959.5は44分9秒あります。そんな具合にアルバムの収録時間がまちまちなのがサン・ラのマネジメントによる自主制作レーベルのエル・サターン(サターン・リサーチ)らしいところでしょう。ちなみにアルバムごとにアーケストラの名称が"Galactic Science Arkestra"や"Inner Myth Arkestra"、"Solar Galaxy Arkestra"などコロコロ変わるのもいつものことでした(同じアルバムなのにジャケットとレーベルで名義が異なることも珍しくありません)。やはり25分57秒と短い本作はアルバム発表年代順では『Jazz by Sun Ra』(Transition, 1956)、『Super-Sonic Jazz』(El Saturn, 1957)、『Jazz in Silhouette』(El Saturn, 1959)、『The Futuristic Sounds of Sun Ra』(Savoy, 1962)ときて、最新録音『When Sun Comes Out 』(El Saturn, 1963)に続いて一気に1965年に4枚同時発売されたサターン盤の1枚でした。他の3枚は『Angels and Demons at Play』(1956-60年録音)、『Art Forms of Dimensions Tomorrow』(1961-62年録音)と『Secrets of the Sun』(1962年録音)で、この年に新興フリージャズ・レーベルとして話題を呼んだESPから新作『The Heliocentric Worlds of Sun Ra, Volume One』(邦題「サン・ラの太陽中心世界」)が発売されており、それに合わせたのがそれらの未発表アルバム4作同時リリースだったわけです。またサン・ラのサターン盤はこれまでサン・ラ自身による宇宙的イラストが使われていましたが、この頃からジャケットにサン・ラやメンバーたちの写真が使われることも増えてきます。サン・ラのポートレイト写真をあしらった本作の白黒ジャケットもなかなかのものです。

 サン・ラが全国的、また国際的に知られるようになったのはアルバム『The Heliocentric Worlds of~』の大反響によるものと言ってよく、ESPからリリースされたアーティストでも最年長ながらもっとも論議され、評判になったのが長年シカゴ・ジャズ界の未確認バンドとして名前だけは囁かれていたサン・ラでした。サン・ラ・アーケストラはレギュラー・バンドだけあって多産な上に未発表音源もたっぷりあったので、ESPからの『The Heliocentric Worlds of Sun Ra, Volume Two』『Nothing Is』が順次発売されるのに合わせて年間数枚のアルバムをサターン盤で同時発売していきます。'70年代にはサターン盤が好評を呼ぶとメジャーのインパルスから旧作の再発盤が発売される、という具合に(本作も1973年にインパルスからの再発盤が出ましたが、'70年代の新作風にオカルト的でミステリアスなジャケットでも全然内容と合っていないのには苦笑させられます)、本作発売の1965年はついにサン・ラの本格的ブレイクが始まった年になります。シカゴからニューヨークに本拠地を移してから『The Futuristic Sounds~』『When Sun Comes Out』、そして『The Heliocentric Worlds of~』とフリー・ジャズ路線に針路を定めた分、1965年のサターン盤4枚も未発表音源からフリー・ジャズ色の強いものが優先されました。サターンからの未発表音源は1966~67年以降も続きますが、ビッグバンド的、ハード・バップ的な『Sound Sun Pleasure!!』『Holiday For Soul Dance』などは録音時期は同じか早いくらいなのに、1970年発売やさらに後年まで持ち越されることになります。サン・ラにたどり着くまでにモダン・ジャズのリスナーなら'40年代~'60年代までのサヴォイ、ブルー・ノート、ルースト、プレスティッジ、リヴァーサイド、ベツレヘムらニューヨークのインディー・レーベル作品、ディスカヴァリーやファンタジー、パシフィック、コンテンポラリーらロサンゼルスのインディー・レーベル作品、ヴィー・ジェイやアーゴ、インペリアルらローカル・インディー黒人音楽レーベルのジャズ作品、CBSコロムビアやRCAヴィクター、デッカ、キャピトル、ユナイテッド・アーティスツなどのメジャー・レーベルのジャズ作品、ヴァーヴ、アトランテック、インパルス!などのメジャー・レーベル傘下作品はひと通り聴いているでしょうが、アーケストラ専門の自主制作レーベル・サターンから次々とアルバムを制作順不動で発売していたサン・ラ・アーケストラのジャズは、モダン・ジャズにあっても音楽性のみならず存在自体がまったくオルタネイティヴなものでした。'60年代~'70年代までにサン・ラほど組織的規模で主流ジャズに対してオルタネイティヴな活動を貫いていた存在は他にアート・アンサンブル・オブ・シカゴを中心とした一派くらいしかありませんが、フリー・ジャズ以降に旗揚げされたシカゴ派のアート・アンサンブルらの活動もサン・ラを先例に倣ったものです。

 本作前後に制作されまとめられたサン・ラ作品はアルバム単位では収録時間をケチっていますが、1960年6月の大量セッション全般ではサン・ラの音楽にはっきりビッグバンド~ハードバップからフリー・ジャズ(サン・ラ自身はアーケストラの音楽はバンド自身のオリジナリティと主張し、フリー・ジャズとの類縁関係を否定していますが)への転換が見られます。この年はロサンゼルスのオーネット・コールマン・カルテットがニューヨーク進出で話題を呼び、フリー・ジャズというイディオムがジャズ界最新にして最大の音楽的話題になっていました。サン・ラ・アーケストラはオーネットよりやや早くニューヨークに初めての出張公演を行い、革新的なテナーマンだったジョン・ギルモアらのプレイとも合わせて、新しいジャズのスタイルを模索していたジョン・コルトレーンらに強いインパクトを与えていました。サン・ラのスタイルはセロニアス・モンクやチャールズ・ミンガスの領域と重なるものでしたが、ソロイストとアンサンブルの関係や音色・和声・リズムの独創性ではサン・ラの音楽はさらに自由度の高いものでした。特にジョン・コルトレーンがサン・ラに傾倒したことがシーン全体にサン・ラの評価を促した効果は大きいものでした。コルトレーンは当時モンク、ミンガス、マイルスをしのいでニューヨークの黒人ジャズ界を牽引した最大のカリスマであり、サン・ラやオーネットへの賛辞と影響を隠しませんでした。本作はニューヨーク進出後の『When Sun Comes Out』より早い時期の録音ですが、同作を予告する作風の楽曲で統一することで『When Sun Comes Out』の後から発表されても違和感のない内容になっています。1960年6月の大量セッションはニューヨーク公演の手応えの後ではっきりニューヨーク進出を目的に据えて録音されたと思われますが、あまりに大量に録音をストックしていたために発表の機を1965年以降まで逃していました。後から発表された『Interstellar Low Ways』や『We Travel The Space Ways』は、やはり発売の遅れた『Visit Planet Earth』や『The Nubians of Plutonia』と同様完成度の高い、選曲によってアルバム単位のコンセプトを明確に打ち出した作品でした。それらと比較すると、この『Fate In A Pleasant Mood』はほぼ同時発売された、やはり1960年セッション(ただし1956年セッションも含む)『Angels and Demons at Play』同様アーケストラらしいサウンドですが、アルバムとしての緊密さではやや緩い印象があります。その分『The Futuristic Sounds~』や『When Sun Comes Out』よりも聴きやすいフリー・ジャズになっています。実際に録音は『Futuristic~』の前年ですから当然ですが、フリーもビッグバンドもバップもR&Bも何もかも呑み込んだスケールの大きなアーケストラの音楽的ヴィジョンが、『Fate in A Pleasant Mood』では意図的に控え目な楽曲(それがアルバム・タイトルの由来かもしれませんが)の選曲により抑制されているようにも取れます。

 このアルバムは珍しくジャケットでのメンバーの記載がありますが正確ではなく、トランペットとトロンボーン、特にトランペット奏者に曲によって異動があることが判明しています。また全7曲中B1だけがクラブ録音で、他はシカゴのRCAのスタジオ(複数個所)で録音されたと推定されています。B2ではレギュラー・トランペットのフィル・コーランが抜けてルシアス・ランドルフに替わり、トロンボーンのネイト・パイラーも抜けます。そのメンバーでクラブ録音されたB1はトランペットの激しいトリル吹奏が印象的な曲で、この曲だけ2トランペットになりますがフィル・コーランではなくジョージ・ハドソンのワンポイント参加で、トリル吹奏はハドソンと推測されています。サン・ラはホーンではサックス・セクション(各種木管楽器の持ち替え含む)を重視し、金管楽器ではトロンボーンを好んだので、トランペットはこのアルバムではいつものサン・ラのアルバムより目立っています。ただしアルバム全体ではそれほど印象的なソロのある曲は少なく、アンサンブルが主体になっています。A1やB1の変態エキゾチック・バップ、フルートとピアノが美しいA2やラウンジ調のB2、ブルースのB4など十分にサン・ラらしく、聴きやすいフリー・ジャズになっていますがサン・ラとしては薄味に聴こえるのは、10人編成を好んだ'50年代のサン・ラがここでは金管2、木管2、ピアノ・トリオの7人編成のアーケストラで録音したテイクだけでアルバムの選曲をしていることで、特に木管はマーシャル・アレン(アルトサックス、フルート)、ジョン・ギルモア(テナーサックス)の2人だけの起用で、レギュラー・メンバーのパット・パトリック(マルチサックス、クラリネット、フルート)、チャールズ・デイヴィス(バリトンサックス)がおらず、準レギュラーのジェームス・スポールディング(アルトサックス、フルート)もバンドから離れました。アレンもギルモアも凄腕プレイヤーですが普段のアーケストラは最低4サックスが基本で、天才パット・パトリックの不在が残念です。剛腕ベーシスト、ロニー・ボイキンスの腕は冴え、アルバムの出来は軽々水準を越えるの佳作なのに、どこか決め手を欠いて聴こえるのは、主に突出したソロイスト演奏の不足によるように思えてきます。

(旧記事を手直しし、再掲載しました。)