アメリカ人バンドの空耳GSカヴァー(飯野矢佳代さん写真・伝記リンクつき) | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

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元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。


ザ・スパイダース - なればいい (オリベゆり作詞・かまやつひろし作曲) (7" 45prm, Side-B, Philips SFL-1057, 1966.6.20 & the LP "ザ・スパイダース'67", Philips FS-5004, 1967.1.20) - 2:33 

ザ・カーナビーツ - すてきなサンディ (臼井啓吉作詞・アイ高野作曲) (from the LP "ザ・カーナビーツ・ファースト・アルバム", Philips FS-8013, 1968.2.16) - 2:40 :  

Wellwater Conspiracy - Sandy (7'' 45prm, Single A-Side, Super Electro Sound Recordings SE707, 1993 & the album "Declaration Of Conformity", Third Gear Records 3G-17, 1997) - 2:33 : 

Wellwater Conspiracy - Nati Bati Yi (7'' 45prm, Single A-Side, Super Electro Sound Recordings SE707, 1993 & the album "Declaration Of Conformity", Third Gear Records 3G-17, 1997) - 2:33 :  

 今回はグループサウンズの中でもパイオニア的存在だったザ・スパイダースの隠れ名曲「なればいい」と、ザ・タイガースやザ・ジャガーズ、ザ・テンプターズと並ぶ第二世代GS中でも1990年代以来もっとも再評価の進んだ名バンド、ザ・カーナビーツのやはり隠れ名曲「すてきなサンディ」をご紹介するとともに、この2曲を日本語のまま聞き取り歌詞でカヴァーしたアメリカ西海岸シアトルのグランジ・バンド、ウェルウォーター・コンスピレイシーのヴァージョンと聴き較べてみます。「なればいい」と「すてきなサンディ」は1980年代後半から次々とリリースされたアメリカ盤GSコンピレーションへの収録頻度が高く、それを受けて日本でも両曲への注目とGS再評価が高まる気運になった曲でした。どちらも'60年代後半にしてこれほどの洋楽センスのこなれ方は驚嘆に値します。「なればいい」は1966年6月に発表されたスパイダース6枚目のシングル「サマー・ガール」のB曲曲で、ビーチ・ボーイズを下敷きにしたA面に対し、最新のブリティッシュ・ロックを意識した意欲的な楽曲で、ザ・キンクスの「See My Friends」(Pye, 1965.7, UK♯10)や「Till the End of the Day」(Pye, 1965.11, UK♯8)などを意識したと思われる曲想とアレンジの曲です。キンクスはゾンビーズと並んで、スパイダースの音楽的リーダー、かまやつひろし氏がもっとも早くから影響を公言していたバンドで、かまやつ氏はキンクスによってギターのリフとリズム・パターンがロックの作曲の根幹にあると気づいてスパイダースのデビュー曲「フリフリ」(クラウン, 1965.5)を書いたと証言しています(実際は同曲はマーサ&ザ・ヴァンデラスの「Dancing in the Street」(Motown, 1964.7)のコード進行を下敷きに、キンクス的なリフ・ナンバーに改作した楽曲と見なせます)。

 のちサード・アルバム『ザ・スパイダース'67』(フィリップス, 1967.1)に収録される「なればいい」はギター・ソロは完全にデイヴ・デイヴィス的ですが、曲調は「See My Friend」のメランコリック感覚をさらに発展させたもので、「フリフリ」が日本のオリジナル・ロック最初の曲になったように、日本初のサイケデリック・ロック曲になりました。1966年6月といえばザ・バーズの突然変異的サイケデリック・ナンバー「Eight Miles High」(Columbia, 1966.3)、ヤードバーズの画期的なサイケデリック・ナンバー「Over Under Sideways Down」(Columbia/Epic, 1966.5)が世界的にも浸透し始めた時期でもあれば、ビートルズのアルバム『Revolver』(Parlophone/Capitol, 1966.8.5)発表に先立ち(つまりバーズとヤードバーズ、スパイダースは数か月だけビートルズを抜いたのです)、さらにサイケデリックという言葉がアルバム・タイトルに使われるようになったアメリカン・ロックの三枚、『The Psychedelic Sounds of The 13th Floor Elevators』、ザ・ブルース・マグースの『Psychedelic Lollipop』、ザ・ディープの『The Psychedelic Moods』(いずれも1966年10月)より早く、日本のスパイダースが発表したこの「なればいい」は驚異的に先駆的です。『Revolver』で発表されるビートルズの楽曲「Tomorrow Never Knows」はビートルズ来日公演前の1966年4月に録音されていましたが、歌詞の内容までビートルズの同曲を先取りした「なればいい」が同時期に録音され、ビートルズの同曲に先んじて発表されていたのは注目されていいことです。
The Beatles - Tomorrow Never Knows (Parlophone, 1966.8) :  

 作詞のオリベゆりはジャニーズ事務所初の女性タレント/モデルとしてミス・ユニバース世界大会特別賞を受賞したタレント飯野矢佳代(1950-1971)の筆名で、のちジャニーズ事務所出身タレント最初の死亡者になる飯野矢佳代は、加橋かつみ上京後の最初の恋人となり(タイガースのメンバーは飯野矢佳代を「魔性の女」と嫌い、加橋さんと彼女の交際に大反対だったそうです)、19歳で恋人ジョニー吉長(1949~2012、ドラマー、当時ジョニー・レイス)との男児を死産し、ジャニーズ事務所退所後に勤めていた山口洋子経営の銀座のクラブ・ホステスに復帰し、藤竜也・西郷輝彦さんらと奔放な恋愛遍歴で浮名を流し、翌1971年に子役劇団以来の幼なじみで恋人の一人だった俳優・池田秀一(のちの「シャア」役ガンダム声優)宅で池田氏の留守中に入浴中に風呂釜の空焚きで一酸化炭素中毒事故死するまで、日本のイーディ・セジウィック(1943-1971)のように21歳のスキャンダラスな生涯を送った女性でしたが、歌詞の面でもサイケデリックそのものの、この「なればいい」は、まだ16歳になったばかりの時の作詞です。飯野矢佳代の生涯を詳細に追った記事へのリンクとともに、ブロマイド写真1点、日本初のマタニティ・ヌードを披露した週刊誌記事1点(表示されればですが)を上げておきましょう。 


 ザ・カーナビーツは活動期間二年間でシングル10枚にスプリット・アルバム1作、フルアルバム1作があり、デビュー曲の特大ヒット「好きさ好きさ好きさ」(フィリップス、1967.6、公称150万枚~実売120万枚、ザ・ゾンビーズの日本語カヴァー)から解散後に発表されたオムニバス盤『ヤング・ポップス・ベスト・ヒット14』(フィリップス, 1969.11)参加のラスト・レコーディング「ふたりのシーズン」までGS時代を駆けぬけるように活躍したグループでしたが、2021年に自費出版刊行されたリーダー越川ヒロシ氏の回想録『ザ・カーナビーツ物語~カーナビー・ビート・サウンドにしびれて』はGS当事者による回想録としてカーナビーツのみならずGS時代全般を回顧し、青春の夢とその挫折を描いて『パルムの僧院』にも匹敵する青春文学としても読める必読の名著です。カーナビーツは個性とセンス、実力、バンドとしての華に恵まれながらも作曲力は十分に開花できませんでしたが、アルバム録り下ろし曲「すてきなサンディ」はリード・ヴォーカリストの臼井啓吉作詞、ドラムス&ヴォーカルのアイ高野作曲のオリジナル曲の処女作で、当時のブリティッシュ・サイケデリック・ポップの最上のバンドに悠に拮抗するアルバム中の隠れ名曲になりました。この曲ではリード・ヴォーカルは作曲者の高野氏で、ファンクラブの女の子たちをスタジオに呼んで合唱させた童謡やミッションスクールをイメージした鐘の音のコラージュなど、わずか2分40秒に完璧な、ドリーミーかつビートの効いたポップス世界を描き尽くしています。「なればいい」とともに日本語を解さない欧米リスナーにも'60年代ロックの名曲と発見され、日本ではGS='60年代の歌謡ロックと偏見を持って見られた時代にパンキッシュなガレージ・サイケデリック・ロックとして海外先行で評価が高まったのも納得のいく、かえって半端に自国の音楽に先入観を持っていた、日本本国のリスナーの盲点をついた評価です。カーナビーツについてはこちらの方のご記事に詳しいので、ご参照をお薦めします。 

 そしてこの「すてきなサンディ」「なればいい」は、アメリカ西海岸のグランジ・シーンのバンド(1994年3月発表のアルバム『スーパーアンノウン (Superunknown)』で全米チャート1位)、サウンドガーデンのメンバーによる匿名バンド、ウェルウォーター・コンスピレイシーが1993年の自主制作シングルでAB面にカヴァーし、のちインディー・レーベルからのファースト・フルアルバム『Declaration Of Conformity』(Third Gear Records, 1997)に収録して日本盤も発売されました。越川ヒロシ氏の回想録にはウェルウォーターによるカヴァーへの言及もありますし、アルバム収録の際に正式に著作権を取ったカヴァーなので、アイ高野氏(2006年逝去)やかまやつひろし氏(2017年逝去)はどのように聴いただろうと思います。サウンドガーデンは結成時から日系人メンバーも含み、ウェルウォーターの中心人物になったメンバーのベン・シェパードも沖縄生まれなので、ウェルウォーター版「~サンディ」「なればいい」は日本語歌詞のままメンバー自身の聞き取りによる日本語で歌われています。『Declaration Of Conformity』はシェパードによると「Summer of Love」をコンセプトとし、近年公式発売されるまで海賊盤の定番だったピンク・フロイド幻のデビュー・シングル候補曲(シド・バレット作曲)「Lucy Leave」と「~サンディ」「なればいい」の3曲のカヴァー以外はオリジナル曲ですが、海外のバンドが2曲もGSカヴァーを収めたアルバムなどウェルウォーターが初めてでしょう。しかも前述の通り日本語歌詞のままです。カーナビーツやスパイダースのオリジナルを聴いていればなおのこと、この先行シングルAB面を先に聴いても曲のツボを押さえたかっこいい仕上がりになっており、聴き較べるとアレンジは基本的にカーナビーツやスパイダースのオリジナル・ヴァージョンに忠実で、原曲への敬意と愛が感じられる情熱的な好カヴァーです。匿名バンドの自主制作ならではの低予算録音からか仕上がりはやや荒っぽく、再現度に注意して聴くと演奏はカーナビーツやスパイダースより拙い(特にギター)のですが、おそらく日本語を解さずにメンバー自身が努力して歌詞を起こし、聴こえた通りに一生懸命歌っていると思うと頭が下がります。オリジナル・ヴァージョンよりも演奏自体は上手くないながら「~サンディ」では疾走感、「なればいい」では眩暈感をそれこそバーズの「Eight Miles High」、ヤードバーズの「Over Under Sideways Down」をさらにガレージ・パンク的なサイケデリック・ポップにしたようなニュアンスで演奏しており、素っ気なく辛口に仕上げてあるあたりにインディー出身のロック・バンドならではの反骨精神を感じさせます。

 日系人メンバーや沖縄生まれのメンバーを含むサウンドガーデンから生まれた匿名バンド、ウェルウォーターのメンバーたちが日本語の響きに慣れていても日本語自体に堪能でないのは、歌詞が日本語の体をなしていないことでも明らかで、ツテを当たれば日本語教師に聴き取り歌詞を正確な日本語に直してもらうこともできたでしょう。しかしグランジ出身のウェルウォーターはあくまでパンクなDIY精神に沿って間違えていてもいいから自分たちで聴き取りした日本語歌詞にこだわったので、タイトルからして「すてきなサンディ」を「Sandy」にするのはともかく「なればいい」を「Nati Bati Yi」とは滅茶苦茶です。もっともこれは、ウェルウォーターのメンバーが両曲を知るきっかけになったと思われる1990年のイタリア製アメリカ盤GSコンピレーションLP『Monster A Go-Go』(「なればいい」を「Nati Bati Yi」のタイトルで収録)、『Big Lizard Stomp !』(「すてきなサンディ」を「I Love Everyday Sandy」のタイトルで収録)に倣ったものでしょう。

 またアメリカ人バンドのウェルウォーターは当然日常言語は英語なので、必ず子音に母音を伴う日本語の発音をこなせず母音を飛ばした子音だけの聴き取りが生じており、当然と言うか結果的に正確な日本語の単語を追えない出鱈目な英語訛りの日本語もどきの歌詞が頻出します。それでもウェルウォーター版「サンディ」の「〽️こころゆるゆるすこびぃーさ」とか「〽️たんじーのぉーぱなーのよにいー、うぃつももーつてきなぼくのサンディー」、「なればいい」の「〽️おちこがきびゅーになてーばいいー、けぶちがびんぐになてーばいいー」とか、ウェルウォーター版の聴き取りいんちき日本語は癖になる魅力があります。「〽️たんじーのぉーぱなーのよにいー、うぃつももーつてきなぼくのサンディー」や「〽️けぶちがびんぐになてーばいいー」は日本人が聴けば「パンジーの花のように、いつもすてきなぼくのサンディー」「ケムシがミンクになればいいー」と明瞭に聴こえますが、ウェルウォーターのメンバーは聴こえた通りに歌っているので、いわば正確な歌詞カードなしに英米ロックをカヴァーしている、日本を含む非英語圏のバンド(日本の場合はよく言われる「カタカナ英語」)と同じような味が出ています。日本語ができないウェルウォーターも曲だけ拝借して英語詞をつけて歌う手もあったでしょう。しかしこのバンドは日本語歌詞の響きを含めて「すてきなサンディ」や「なればいい」に惚れこんだので、ウェルウォーター版カヴァーは音楽は言葉の壁を越える素晴らしい見本となっています。そして言語を越えた無償の愛とはもともとそういうものではないでしょうか。
(初掲載後に大幅に加筆したため、再掲載しました。)