絶品!サン・ラ - アンタイトルド・レコーディングス (Transparency, 2008) | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

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元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。

サン・ラ - アンタイトルド・レコーディングス (Transparency, 2008)
サン・ラ Sun Ra - アンタイトルド・レコーディングス Untitled Recordings (Transparency, 2008)
Recorded during 1973-1985
Released by Transparency Records Transparency cd 0309, 2008
All Compositions except as indicated and Arranged by Sun Ra
(Tracklist)
1. Untitled Medley - 15:46 :  

» 1b. Opus In Springtime
» 1c. Untitled
Recorded Live at Prospect Park Bandshell, Brooklyn, June 1985.
[ Personnel ]
Sun Ra - piano, keyboards, vocal
John Gilmore - tenor saxophone Milford Graves, Andrew Cyrille, Famoudou Don Moye - drums, percussion
2. Rehearsal of 1978 - 45:54 :  

» 2b. Stompin' At The Savoy (Benny Goodman, Chick Webb, Edgar Sampson)
» 2c. Tone Poem #9
» 2d. But Not For Me (George & Ira Gershwin)
» 2e. If I Could Be With You (One Hour Tonight) (Henry Creamer, James Price Johnson)
Rehearsal at the House of Ra, Philadelphia, late 1978
[ Sun Ra and his Arkestra ]
Sun Ra - keyboards, vocal
Michael Ray - trumpet
Marshall Allen, Danny Davis - alto saxophone
John Gilmore - tenor saxophone
Eloe Omoe - bass clarinet
James Jacson - flute
Michael Anderson - percussion, recordings
3. Rehearsal of 1973 - 13:26 :  

Rehearsal at the House of Ra, Philadelphia, 1973
[ Sun Ra and his Arkestra ]
Sun Ra - keyboards, vocal
Akh Tal Ebah - trumpet
Marshall Allen, Danny Davis - altosaxophone
John Gilmore - tenor saxophone
Eloe Omoe - bass clarinet
Wilbur Ware - bass
Lex Humphries - drums (probably)

 1973年、1978年の未発表リハーサル音源と1985年のライヴを収めた本作は、地味なジャケットと残り物くさいタイトルに反して、実は相当の逸品です。サン・ラ・アーケストラ公式サイトのディスコグラフィーではもっとも早い1973年のリハーサル音源を基準にして、1973年録音(月日不詳)にImpulse! Recordsのために録音されながらお蔵入りになっていた未発表スタジオ・アルバム『Friendly Love』(Evidence, 2000)とやはり後年の発掘になったImpulse! Recordsが没にした未発表アルバム『Crystal Spears』(Evidence, 2000)の間に位置する、75作目のアルバムとされています。もっとも本作の目玉は、アーケストラのピックアップ・メンバーによる1973年リハーサル音源13分半の即興ジャム(トラック3)や1978年リハーサル音源46分のスタンダード曲(即興セクション含む)メドレーではなく、1985年ブルックリンの16分弱のインプロヴィゼーション・メドレーで、アーケストラ側からはサン・ラと看板テナー奏者のジョン・ギルモアに、セシル・テイラー・ユニットのドラマーのアンドリュー・シリル、アート・アンサンブル・オブ・シカゴのドラマーのドン・モイエ、'60年代からフリー・ジャズきっての精鋭ドラマーとして名を馳せたミルフォード・グレイヴスという驚愕の3ドラムス・クインテットのライヴで、Transparency社も本作に収められた三つのセッションを1985年ライヴ、1978年スタンダード曲リハーサル、1973年リハーサル・ジャムの順で収録しています。実際本作の価値は1985年の臨時編成スペシャル・クインテットのライヴ16分に尽きます。この16分だけでもミニアルバムとして独立してリリースしてほしいくらいです。

 リハーサル音源はアーケストラのピックアップ・メンバーによるものからも、サン・ラの自宅練習をついでに録音しておいたというリハーサル音源を出ないもので、1973年リハーサルの即興ジャムはハードバップ全盛期からのヴェテラン・ベーシスト、ウィルバー・ウェアが客演しており、冒頭3分は無伴奏ソロ・ベースから始まるフリー・ジャズ色の強いものです。1978年リハーサル音源は臨時ドラマーのマイケル・アンダーソンが録音していたもので、これもいかにもリハーサルらしく指示出しややり直しの過程が捉えられている物珍しさはありますが、作品的価値を云々するべきものではないでしょう。そこで1985年6月のブルックリンでの即席クインテットでのライヴですが、これは文句なしの名演です。サン・ラのソロ・ピアノから始まってジョン・ギルモアとのデュオとなり、サン・ラのピアノ・ソロにパーカッションを兼ねる3ドラマーが鋭く絡んでからはサン・ラのオリジナル曲「Springtime in Chicago」の変奏で再びギルモアが強烈なソロを取り、全員盛り上がって一旦終わりかと見せかけて(観客もここで拍手しています)、再び演奏は冒頭のサン・ラのソロ・ピアノに回帰し、ギルモアと3ドラマーが入ってサン・ラのシンセサイザー・プレイでコーダとなります。一瞬シンセサイザーかトランペットか迷うように聴こえる箇所がありますが、もしトランペットならメンバー全員マルチ・プレイヤーのアート・アンサンブルのモイエでしょう。この即興曲はサン・ラのリーダーシップとギルモアのフォローによって立派に楽曲性を備えており、3ドラマーの即応性も申し分なく、このレベルの演奏をもう1曲ライヴ録音すれば(またはやはりドン・モイエと共演した1983年末~1984年初頭の「Sun Ra All Stars」のライヴからカップリングすれば)AB面各1曲のアナログLPのライヴ名盤にもなっただろうと思われるものです。

 1985年はアーケストラにとってレコーディング・ブランクの年で、同年録音のアルバムはRecommended Recordsの求めに応じて提供したライヴ即興曲の編集盤『Cosmo Sun Connection』(El Saturn/Recommended, 1985)しかありませんが、アーケストラは1983年~1984年の長期ヨーロッパ・ツアーのために疲弊して、アメリカ国内ツアーをこなしながら次の方向性を模索していた時期でした。モイエを含むアート・アンサンブルのメンバーとは1983年秋~1984年初頭に「Sun Ra All Starts」として共演しており、またアンドリュー・シリルとはサン・ラ晩年最後のスタジオ録音になった1992年9月録音のジャズ・ヴァイオリン奏者ビリー・バング・カルテット『Tribute To Stuff Smith』(Soul Note, 1993)が初共演と言われてきましたが、ライヴではワンポイント・セッションながらすでに1985年に共演していたわけです。本作冒頭の「Untitled Medley」を聴くと、アーケストラの模索・停滞期にむしろこうした対外セッションから優れたアルバムが作り得たのではないかと思われます。ただしアーケストラのような規模の大きいバンドの維持には、本格的に外部ジャズマンとのアルバム制作に取り組む余裕はなかったのでしょう。ともあれ本作は1973年・1978年のリハーサル音源よりも、トラック1の1985年のスペシャル・クインテットが最高の聴きものとなっているアルバムです。この時のライヴがもう1曲、アナログLP片面分発掘されれば1985年度のサン・ラの名盤になっただろうと思うと、サン・ラの発掘盤でももっとも目立たないであろう本作すらもトラック1ゆえに落とせない、決定的な名演の聴けるアルバムです。

(旧記事を手直しし、再掲載しました。)