サン・ラ - ディスティネーション・アンノウン (Enja, 1992) | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

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元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。

サン・ラ - ディスティネーション・アンノウン (Enja, 1992)

サン・ラ Sun Ra and his Omniverse Arkestra - ディスティネーション・アンノウン Destination Unknown (Enja, 1992) :  

Recorded live at The Moonwalker Club, Aarburg, Switzerland, March 29, 1992.
NOTES : The last recording of the Sun Ra Arkestra... directed by Sun Ra. The band still goes on.
Released by Enja Records (Germany) Enja CD 7071-2, 1992
Japanese Released by Solid Records Solid Records / Enja Records CDSOL -46438, April 22, 2020
Supervised by Mike Hennessey
Recorded by Moonwalker Music Club
Engineered by Pädi Schwitter
Edited by Werner Aldinger
Mastered by Daniel Meyer
Photography by Angelika Jacob
Typographed by H. P. P.
Produced by Horst Weber
Liner Notes by Sun Ra
All Compositions except as indicated and Arranged by Sun Ra
(Tracklist)
1. Carefree (Egyptian Fantasy) - 10:19
2. Untitled (Echoes of the Future) - 6:26
3. Prelude to a Kiss (Duke Ellington, Johnny Mercer) - 6:48
4. Hocus Pocus (Will Hudson) - 2:52
5. Theme of the Stargazers - 6:11
6. Interstellar Lo-Ways - 4:41
7. Calling Planet Earth (Destination Unknown) - 6:41
8. Satellites are Scanning (s.b. "Spinning") - 3:34
9. 'S Wonderful (George & Ira Gershwin) - 4:53
10. Space is the Place /We Travel the Spaceways - 4:45
[ Sun Ra and his Omniverse Arkestra ]
Sun Ra - piano, synthesizer
Ahmed Abdullah - trumpet, vocals
Michael Ray - trumpet, vocals
Tyrone Hill - trombone, vocals
Marshall Allen - alto saxophone, flute, vocals
James Jacson - bassoon, flute, African drum, vocals
Bruce Edwards - electric guitar
Jothan Callins - electric bass
Earl "Buster" Smith - drums, announcement 
Stanley Morgan - conga
Elson Nascimento - percussion
(Original Enja "Destination Unknown" CD Liner Cover & CD Label)

 今回でサン・ラのアルバム紹介も145回、そして録音順アルバム紹介も終わりです。本作がサン・ラ率いるアーケストラのラスト・レコーディングになり、サン・ラは1992年10月までライヴ活動を続けますが、メンバーにアーケストラの運営・活動を任せて12月のリハビリセンターでの診断を受けて引退を決め、1993年1月にメンバーに別れを告げて郷里のアラバマ州バーミングハムに帰り、療養生活を送ります。1993年3月にはペースメーカー手術を受け、以降昏迷状態で病床に就いたサン・ラは5月22日に79歳の誕生日を迎えますが、意識は回復せず5月30日に息を引き取りました。本作までに作品数としては200作以上、アルバム枚数にして300枚以上を送り出してきたサン・ラですが、生前のうちに公式録音され逝去前に発売が間に合い、ライナーノーツもサン・ラ自身の寄稿による本作は晩年数作の不調を感じさせない、非常に充実したライヴ・アルバムになりました。'70年代から意欲的なリリースを続けてきたドイツのインディー・レーベル、Enja Records制作のサン・ラ作品は本作が最初で最後になりましたが(エンヤは良質な音源の発掘リリースも手がけているので、今後発掘音源のリリースはあるかもしれませんが)、スタッフ・クレジットからも本作はあらかじめ出演クラブとエンヤがともにライヴ収録を計画し、本格的なプロのスタッフによって録音・制作され、1枚物のCDとして高い作品性を備えるように専属編集者・マスタリング担当者が仕上げたライヴ盤であり、イギリスのLeo Recordsからのライヴ盤のようにライヴ全編を収録するよりもCD収録時間内で優れたライヴ作品にするために意を凝らされたアルバムです。この頃のアーケストラは、実際のライヴ自体も1時間半~せいぜい2時間の演奏だったと思われますが、実際のライヴでは即興演奏にパーカッション・アンサンブルが絡んで10~20分イントロダクションにしていたアーケストラ恒例のオープニングを割愛し、各曲のイントロやアウトロも編集され、曲順も極力実際のライヴに沿いながら一部入れ替えがされていると思われます。

 本作のセットリストは後年の発掘ライヴ『Live in ULM 1992』(Leo, 2014)の短縮版と言うべきか、'50年代~'80年代のサン・ラの代表的オリジナル曲にスタンダード曲を交えた構成はほとんど同じですが、ピアノがオフ気味だった観客のアマチュア録音の『Live in ULM 1992』とは音質ばかりか演奏もぐっと締まったライヴです。この1992年3月中旬~下旬にかけてのヨーロッパ・ツアー(デンマーク、ドイツ、スイス)はサン・ラ生前最後のヨーロッパ・ツアーになり、看板テナーサックス奏者でヴォーカルも執るジョン・ギルモア(1931-1995)は体調不良により不参加、歌姫ジューン・タイソン(1936-1992)も不参加ですが、その分'70年代~'80年代にかけてはヴォーカル・ヴァージョンとしてライヴ演奏されることの多かった「Theme of the Stargazers」「Interstellar Lo-Ways」「Calling Planet Earth」「We Travel the Spaceways」などが分厚いホーン・アンサンブルのテーマ吹奏で聴け、「We Travel the Spaceways」の導入部となる「Space is the Place」はさすがに元々ヴォーカル曲だけあってホーン陣総員で大合唱していますが、タイソンの不在を感じさせない充実した演奏です。また上記のオリジナル曲が本作では8ビートを通った4ビート解釈で演奏されているのも主流コンテンポラリー・ジャズへのアーケストラの回答を感じさせ、エレクトリック・ギター、エレクトリック・ベース、ドラムスもシャープなビート感覚を打ち出しています。'80年代後半のレギュラー・ベーシスト、ジョン・オーレは'50年代からのベテランで、セロニアス・モンク、エルモ・ホープ、バド・パウエル、フレディ・レッドなどサン・ラと親近性の高いピアニストとのレギュラー・ドラマーを歴任してきたビ・バップ・ベーシストでしたが、1991年11月のニューヨークのサン・ラ・セクステットのヴィレッジ・ヴァンガード公演ではサン・ラの代役ピアニスト、クリス・アンダーソンに調子を狂わされたか、ブルース・エドワーズのギター、バスター・スミスのドラムスともにバンド全体が芳しくない演奏でした。そのセクステット公演自体がサン・ラはシンセサイザーのみに徹し、アンダーソンのピアノをフィーチャーし、リーダーをテナーサックスのジョン・ギルモアに任せるもギルモアが辞退した苦肉の策の公演でしたが、本作のサン・ラは再びピアノの席に戻り、流麗なソロこそありませんがバンドをしっかりとリードしています。ベーシストをアコースティック・ベーシストのオーレからエレクトリック・ベースに替えた効果も引き締まったリズム・セクションのアンサンブルに表れています。本作のサン・ラは、すでに左半身付随で車椅子の演奏ながら、安定したスウィング感でアーケストラをコントロールしています。

 1992年4月、帰国したサン・ラはアラバマ州の公演で3日連続のテーマ別コンサートを行います。初日はデューク・エリントンとフレッチャー・ヘンダーソンの古典曲を演奏し、2日目は花や木など自然を讃え、3日目は土星とアラバマ、外宇宙をテーマにしたコンサートでした。7月4日のアメリカ独立記念日記念コンサートに車椅子で出演したサン・ラは久しぶりの大編成アーケストラで出演をこなしましたが、このライヴがジューン・タイソンの最後のステージになり、タイソンは1992年11月に乳癌で他界します。それに先立ち、1992年9月20日~22日に'80年代後半のアーケストラの準レギュラー・メンバーだったフリー・ジャズ・ヴァイオリン奏者ビリー・バング(1947-)のカルテット(ベースにジョン・オーレ、ドラムスにアンドリュー・シリル)作品『Tribute To Stuff Smith』(Soul Note, 1994)がサン・ラの最終録音となりました。その1か月後の10月21日、マンハッタンのクラブでサン・ラはアーケストラと1時間のセットを2回こなし、それが最後のライヴ演奏になりました。アーケストラは引き続きライヴ・スケジュールをこなしていましたが、12月に引退を決めたサン・ラは翌1993年1月にアーケストラのメンバーに今後の心得を一日がかりで説き、郷里アラバマ州バーミングハムの妹の家を終の住処とします。同月には『Sun Ra Sextet At the Village Vanguard』(Rounder, 1993)がリリースされ、以降Leo Recordsからのライヴ盤『Pleiades』(Leo, 1993)、『Friendly Galaxy』(Leo, 1993)が陸続とリリースされ、またEvidence Recordsからアーケストラの'50年代~'70年代作品の一斉初CD化が続き、まさに最初期からのアルバムの再評価が進む中、サン・ラは最晩年の数か月をほとんど意識昏迷状態のまま過ごし、79歳の誕生日から1週間後に亡くなりました。本作以降の帰国後の公演もバンド、会場、観客によって録音されているでしょうが、いよいよ悪化したサン・ラの体調とパフォーマンスの出来を考慮して、あえて未発表になっているのかもしれません。いずれにせよ本作はサン・ラ生前最後に公式ライヴ盤として収録・制作された、遺作を覚悟したアルバムです。遺言状に批評は無用、ただ耳をかたむけて一人のミュージシャンの生涯に思いを馳せるべきでしょう。これまで145回に渡って続けてきたサン・ラのアルバム紹介も、本作で一応一巡しました。サン・ラはジャズがアメリカの国粋音楽として文化政策的に政治利用される以前の、最後で最大のアーティストでもありました。没後に発掘された未発表スタジオ録音・ライヴ録音はまだあり、1セッション=1アルバムではなくほとんどがコンピレーションのかたちでアルバム化されているため、完全には網羅できず補足してご紹介するには年度が飛び飛びになりますが、YouTubeで試聴できるものを選んで追加紹介したいと思います。昨年2020年に日本盤CDも廉価盤CDで発売されて入手しやすい本作は、最上の音質と充実した演奏、全10曲アーケストラの代表的ステージ・レパートリーと言える内容から、最初に入手するサン・ラ・アーケストラのアルバムとしても満足のいく作品です。ぜひご試聴なさってください。

(旧記事を手直しし、再掲載しました。)