サン・ラ - オブ・ミスティック・ワールズ (Philly Jazz, 1980) | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

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元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。

サン・ラ - オブ・ミスティック・ワールズ (Philly Jazz, 1980)サン・ラ Sun Ra - オブ・ミスティック・ワールズ Of Mythic Worlds (Philly Jazz, 1980) Reissued 2018 Enterplanetary Koncepts Edition:  

Recorded live at Jazz Showcase, Chicago on October 1978 (or Oct. 1979 or 1977)
Probably Recorded live at Philadelphia, January 1978 (Reissued Enterplanetary Koncepts Bonus tracks)
Released by Philly Jazz Records PJ 1007, 1980
Reissued by Enterplanetary Koncepts (5 x File, FLAC), March 20, 2018
all compositions by Sun Ra expect as noted.
(Side A)
A1. Mayan Temples - 9:52 :  

A2. Over the Rainbow (Harburg-Arlen) - 6:59 

A3. Inside the Blues - 6:57 :  

(Enterplanetary Koncepts Bonus tracks)
4. When There Is No Sun / Space is the Place - 4:18
5. Door of the Cosmos/Hail, Hail, the Gang's All Here / We Travel the Spaceways - 5:39
(Side B)
B1. Intrinsic Energies - 10:59 :  

B2. Of Mythic Worlds - 12:51 :  

[ Sun Ra and his Arkestra ]
Sun Ra - organ, synthesizer, piano
Marshall Allen - alto saxophone, flute, oboe 
John Gilmore - tenor saxophone, percussion
Eloe Omoe - bass clarinet, flute
James Jacson - basoon, flute, percussion
Danny Ray Thompson - baritone saxophone, flute
Richard Williams - bass
Luqman Ali (Edward Skinner) - drums
Atakatune (Stanley Morgan) - percussion
Michael Ray - trumpet (Probably, Enterplanetary Koncepts Bonus tracks only) 

(Reissued 5 x File FLAC Enterplanetary Koncepts Front Cover, Original Philly Jazz "Of Mythic Worlds" LP Liner Cover & Side A Label)
 前作のスタジオ盤『Lanquidity』(1978年7月17日録音)との間に発掘ライヴ盤『Springtime In Chicago』(Leo, 1978年9月25日シカゴ録音)と、10枚組CD-Rボックス『Live at The Horseshoe Tavern, Toronto 1978』(Transparency, 2008)収録の1978年9月27日トロント録音がありますが、アルバム化前提の収録とは言えないため、サン・ラ生前リリースの公式リリースでは1978年10月録音とされるライヴ盤の本作が『Lanquidity』の次作に当たります。このアルバムも『Lanquidity』をリリースしたPhilly Jazzレーベル作品で、同社はサターン・レーベルがシカゴとフィラデルフィアからフィラデルフィアに一本化された後、レコード制作(手作りジャケットやレーベル印刷)や流通販売を手伝っていたアーケストラのファン有志が立ち上げたレーベルです。ファンが集まって共同出資しアーティスト専門レーベルを立ち上げるなどインディー・レーベルの世界でも多くはない事態で、ファン・クラブが会員限定でアーティストから譲り受けた未発表音源をプライヴェート・プレスするのはファンクラブ入会特典としてよくある話ですが、儲けを度外視して一般発売までしようとなるとほとんど普及活動で、それをホイホイ受けるというのも実にサン・ラ・アーケストラらしい出来事です。商業ベース第一の音楽アーティストではまず考えられません。ローリング・ストーンズやピンク・フロイド、レッド・ツェッペリンの公式インディー盤(しかもファン主宰)などあり得るでしょうか。

 そんな自主制作レーベルに思い切ってコンテンポラリーな、良く言えば意欲的、悪く言えば売れ線狙いな力作『Lanquidity』を提供したとはサン・ラも大したもので、総勢18人のフル編成、ギタリスト2人にドラムス&パーカッションが3人、管楽器に至っては9人に及ぶにもかかわらずアレンジは簡素で、これは上等な大規模スタジオか無人のライヴ会場を準備させた上に参加メンバー全員にギャラが回るようにした配慮に違いなく、バンド・リーダーとしての経営感覚も気苦労が絶えないものです。18人のメンバー(さらに周辺スタッフを含めれば40~50名)を完全にレギュラー登用したら中堅企業並みにバンド全体の月収・年収がいくら必要か算段しなければならないかを思うと、1974年にアーケストラ・デビューの1956年以来のマネジメント事務所とほぼ手が切れて(完全に切れたのは1977年、法的には1984年になるようですが)、それと同時にメンバーもレギュラー制ではなく登録制に移行したのがアーケストラ経営の裏事情と推察されます。マネジメントの運営するシカゴのサターン・レーベル、バンド自身の運営するフィラデルフィアのサターン・レーベルのアルバムがともに突然粗末なジャケットになったり、改題追加プレスでマニアに二重買いを迫るようになったのも1974年以降のアーケストラ事情でした。フィリー・ジャズ社はそんなバンドを見るに見かねた有志によるものでしたから、制作環境は1974年以降のサターン作品よりずっと予算をかけられ、イラスト紙を貼っただけ・レーベルは手書きの近年のサターン作品と違って、『Lanquidity』は店頭販売に耐えうる印刷ジャケット(何と銀箔製!)と印刷レーベルでリリースされたのです。

 フィリー・ジャズ第2弾は『Lanquidity』の後だけに予想のつかないものでした。しかしおそらくレーベル側のリクエストでしょうが、最新のオリジナル新曲で固めたライヴ・アルバムが企画されたのは、やはりスタジオ録音用のスペシャル編成だった『Lanquidity』より現在の素のアーケストラをとらえたアルバムを聴きたいし残したい、しかも新曲が聴きたいというファン心理からでしょう。音源は新規制作ではなくアーケストラ側から提供されたものらしく、録音は『Lanquidity』のようにメジャー録音級ではなくバンド自前の録音のサターン作品に戻っています。もともとのアルバムに録音年月日の記載がないのでフィリー・ジャズ社の記録から1978年10月のライヴ・テープを入手したというのが従来の定説でしたが、発売は1980年なので1979年10月のライヴとも、逆に1977年10月のライヴとも言われます。1977年10月14日に本作とメンバーが近い10人編成のスタジオ・アルバム『Some Blues but not the Kind That's Blue』(Saturn, 1977)が録音されているからです。また本作のA1「Mayan Temples」は1978年1月のフィラデルフィア録音のサターン盤ライヴ『The Sound Mirror』(1978年発売)のA面全編を使った15分の大曲「The Sound Mirror」の同名改題曲であり、B面にフィラデルフィア録音に先立つ同年同月録音のイタリアでのカルテット編成のライヴ2曲(新曲ではなく既発表曲)を収録し、しかも2018年になってアーケストラ自身の公式サイトのEnterplanetary Konceptsからダウンロードでのみ再発販売された配信版では、本作はフィリー・ジャズ盤のA面3曲(しかも別編集でやや短縮されて再発売)+イタリアでの録音と思われるカルテット編成のボーナス・トラック2曲に再編集されていることから、1978年1月フィラデルフィア(下旬)+イタリア録音(上旬)という可能性も出てくることになりました。アーケストラ公式サイトでも本作は1978年1月録音にくり上げていますが、それは配信版のリリースによってより早いライヴ収録の可能性が出てきたことによります。当初1978年10月収録とされていたことからも、おそらくアーケストラ側にも正確な録音データは残っていないと思われます。

 しかしライヴでのアーケストラは『Some Blues~』の編成がほぼレギュラーだった期間が続いていたとも考えられ、9人編成の本作は『Some Blues~』からトランペットのアカー・タル・エバアとアルトサックスのダニー・デイヴィスが外れ、バリトンサックスのダニー・レイ・トンプソンが戻ってきた編成です。トンプソンはアーケストラ創設以来のバリトン奏者パット・パトリックとのダブル・バリトン編成をしばらく経た後、1974年以来のパトリックのレギュラー離脱とともに入れ替わりにバリトンのレギュラーに迎えられたメンバーです。本作のメンバーは1977年~1979年ではもっともなじみ深い顔ぶれが揃っており、9人編成の規模も'50年代の初期アーケストラ以来のレギュラー編成を継続した無理のなくメンバー間の連携もとりやすく、アーケストラらしいアンサンブルも聴かせやすいものでした。

 本作のコンサート完全版は発掘されていませんが(最初からこの5曲だけのテープ提供だったのかもしれません)、実際は一夜で2~3時間は演奏する中からの選曲としてオリジナル盤のフィリー・ジャズ盤に収録されたこの5曲の選曲・配列は絶妙なものです。アーケストラ公式サイトのEnterplanetary Koncepts配信版とは別にフィリー・ジャズ盤のリンクを引いたのもそのためです。'50年代アーケストラのエキゾチック・ジャズ路線を踏襲した新曲「Mayan Temples」を始めとして、スタンダード曲A2「Over the Rainbow」以外はオリジナル新曲集としてもアーケストラの作風中派手な面は抑えた地味めの選曲ですし、A2、A3はピアノトリオ演奏でサン・ラの独壇場ですが、アーケストラのライヴの中だからこその張りがあります。観客はピアノ・トリオではなくサン・ラ・アーケストラを観に来ているので、ピアノ・トリオでありながら背後にバンド・メンバーの見守る顔が見えるような親しみのある演奏で、スタンダードのA2「虹のかなたに」の生けるジャズ・ピアノ史のような何でもありのチャーミングな解釈、即興ブルースのA3とも観客が手拍子を打っています。A面は'50年代の代表曲「Ancient Ethiopia」を筆頭としたエスニック・エキゾチック路線の新曲(実際は『The Sound Mirror』初出)でタイトルもずばりそのもの「Mayan Temples」で始まりますが、この寂れたフルート合奏と葬送曲風リズムに素っ頓狂に鳴り響くドアーズのような(後先が逆ですが)サン・ラのファルファッサ・オルガンは、1974年以来久しぶりに聴けるもので、さすがファン・レーベルのフィリー・ジャズ社です。B面2曲も2018年のEnterplanetary Konceptsの再発配信版ではカットされた新曲ですが、アーケストラお得意のリズム・リフをモチーフにしたノー・テーマ合奏のインプロヴィゼーション大会のフリー・ジャズで、ギルモアやアレンがサックスで吠えまくればサン・ラがオルガンで攻め、シンセサイザーが暴走するアーケストラ節ですが、A面同様これまでになくポップに聴こえるのはリズムが安定して即興の応酬の密度が高いからで、冗長さを感じず飽きずに聴けます。テープ編集の痕跡もなくこれだけ緊密なインプロヴィゼーション曲のライヴ実演をアルバム化できたのは当時のアーケストラの好調を実証しており、いまいちな録音、ミックスを補って余りあるライヴ作品です。録音自体もオーディオ的にはいまいちと言うだけで、生々しい音色や音圧をしっかりとらえた臨場感と迫力あるもので、アーケストラ作品中これといったセールス・ポイントもないコンパクトなライヴ・アルバムですが、何かサン・ラでも聴こうかな、という時に構えずに聴ける米の飯みたいな好作と言うとファン気質丸出しに過ぎますでしょうか。オリジナル盤の自主制作盤サイケデリック・ロックのB級盤のようなジャケットまで愛らしく見えてくるのです。

(旧記事を手直しし、再掲載しました。)