「お好きなビートルズのアルバムは?」 | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。


 昨年もっとも返答に窮した質問の一つは、ブログを読んでくださっている方から「ビートルズのアルバムはどれがいいですか?」と訊かれたことでした。「どのアルバムがお好きですか?」とさらに質問をたたみかけられましたが、当然お訊きの方は筆者がビートルズの全アルバムを聴いている、という前提で質問を寄せられたわけです。しかし、ビートルズの全アルバムを聴いたリスナーが、一枚上げて「好きなアルバムはこれです」と即答できるものでしょうか。ビートルズの音楽はアレンジ、演奏と不可分で、楽曲が一人歩きしてもビートルズにはならず、またその楽曲はその時ならではのアレンジで演奏され、レコーディング作品そのものがビートルズというグループのサウンドの画期性にありました。ビートルズのオリジナル・アルバムは13作あります。
1.『プリーズ・プリーズ・ミー  (Please Please Me)』(1963年3月22日) UK♯1, US Edition  "Intrducing The Beatles"♯2, "Early Beatles"♯24
2.『ウィズ・ザ・ビートルズ (With The Beatles)』(1963年11月22日) UK♯1, US Edition "Meet The Beatles"♯1
3.『ハード・デイズ・ナイト (A Hard Day's Night)』(1964年7月5日) UK♯1, US♯1
4.『ビートルズ・フォー・セール (Beatles For Sale)』(1964年12月4日) UK♯1, US Edition "Beatles '65"♯1
5.『ヘルプ!(Help !)』(1965年8月6日) UK♯1
6.『ラバー・ソウル (Rubber Soul)』(1965年12月3日) UK♯1, US♯1
7.『リボルバー (Revolver)』(1966年8月5日) UK♯1, US♯1
8.『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド (Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band)』(1967年6月1日) UK♯1, US♯1
9.『マジカル・ミステリー・ツアー (Magical Mystery Tour)』(1967年12月8日) US Edition♯1
10.『ザ・ビートルズ (ホワイト・アルバム)  (The Beatles "The White Album")』(2LP, 1968年11月22日) UK♯1, US♯1
11.『イエロー・サブマリン (Yellow Submarine)』(1969年1月13日) UK♯3, US♯2
12.『アビイ・ロード (Abbey Road)』(1969年9月26日) UK♯1, US♯1
13.『レット・イット・ビー  (Let It Be)』(1970年5月8日) UK♯1, US♯1
 上記のうち『マジカル・ミステリー・ツアー』は同名のイギリス盤EPをA面に、イギリスでの最新アルバム未収録シングルをB面にまとめたアメリカ編集盤ですが、イギリス盤EPの廃盤に伴ってイギリス盤オリジナル・アルバムと同等のオリジナル・アルバムと見なされるようになったアルバムです。またビートルズ活動中の公式ベスト盤に『オールディーズ(バット・グッディーズ) (A Collection of Beatles Oldies But Goldies)』(1966年12月10日) UK♯7があり、これはアルバム・デビュー以来ビートルズのアルバムは年2作ペースでリリースされてきたため、新作アルバムが制作されなかった1966年のクリスマス・シーズン用にイギリスでのシングルA面(ビートルズのシングルは基本的にイギリスではアルバム収録されず、シングルのみのリリースでした)をまとめたものですが、同作は1970年代には2枚組LP2組(いわゆる「赤盤」「青盤」)のベスト盤『ザ・ビートルズ1962年〜1966年 (The Beatles 1962-1966)』(1973年4月19日) UK♯3, US♯3、『ザ・ビートルズ1967年〜1970年 (The Beatles 1967-1970)』(1973年4月19日) UK♯2, US♯1に役割を取って代わられました。またアルバム未収録シングルB面曲、EP曲、異なるテイクやヴァージョンが存在する曲は、アナログ時代のLPでは1981年には『Rarities』Vol.1, Vol.2にまとめられ、また1987年の全アルバムCD化では全アルバム13作とともにアルバム未収録シングル・EPのAB面、別テイクは『Past Masters』Vol.1, Vol.2にまとめられたので、全オリジナル・アルバム13作(2枚組大作『ザ・ビートルズ (ホワイト・アルバム)』はCDでも2枚分なので枚数は14枚)と重複なしにビートルズの全録音曲が整理されました。もっともベスト盤「赤盤」「青盤」の人気は依然として高く、「赤盤」「青盤」は公式ベスト盤として1993年にCD化されて、デビューから解散までの全時期のビートルズの代表曲ほぼ全曲が聴ける名編集盤としてロングセラーを続けています。1987年はリマスター技術の過渡期だったため待望されていた新規リマスターは2009年に実現し、『Past Masters』はVol.1, Vol.2ではなくCD2枚組に改められました。

 1960年代末のキース・ジャレットのインタビューで、ロック世代のジャズマン、まだ20代前半のキース(1945年生まれ)は、恒例の「無人島へ持っていくレコード」を3枚という質問に、ジェリー・ロール・モートンのロール・ピアノ・レコード(20世紀ポピュラー音楽の開祖だから)、ポール・ブレイの『Footloose』(唯一影響を受けたジャズ・アルバムだから)、そして3枚目は「ビートルズの最新作にするよ」と軽やかに答えています。音楽の方もそれほど軽やかならいいのにな、と思わせるキース・ジャレットですが、上手い答え方もあったものです。1960年代を牽引したのは映画においては一人のジャン(リュック・ゴダール)、音楽においては二人のジョン、すなわちジョン・コルトレーンとジョン・レノンでした。ゴダールにはローリング・ストーンズのアルバム『ベガーズ・バンケット (Beggers Banquet)』1968、ことに収録曲「悪魔を憐れむ歌 (Sympathy For the Devil)」(当時英訳が大評判になっていたミヒャエル・ブルガーコフの『悪魔とマルゲリータ』にヒントを得た曲として知られます)のレコーディング過程を、映画のための政治劇と平行して追ったセミ・ドキュメンタリー『ワン・プラス・ワン』がありますが(またアメリカのドキュメンタリー映画チーム、メイスルズ兄弟と合作した、ビートルズより早いジェファーソン・エアプレインのルーフ・トップ・コンサートを含む『アン・アメリカン・ムーヴィー』がありますが)、のちのヴィム・ヴェンダース(1945年生まれ)はゴダールはストーンズよりもビートルズかジミ・ヘンドリックスを撮るべきだった、と発言しています。『ワン・プラス・ワン』はバンド崩壊ぎりぎりの状態をブライアン・ジョーンズの追放によって回避したストーンズを捉えた優れたドキュメンタリーですが、ヴィム・ヴェンダースの発言もわからないではないだけに、こうした才能のめぐり合わせは考えば考えるほど難しいものです。

 少年時代の蒲原有明は学友のそのまた学友をたどって北村透谷『蓬莱曲』を持っている先輩学生から借りて筆写したそうですが、聴きたい・欲しいレコードは山のようにあってもおいそれとは手に入らないアナログ・レコード時代の中学生にとって音楽誌やレコード店は情報収集の場、ラジオ放送のエアチェックや友人・知人から回ってくるシングル盤やLPレコー
ドからコピーしたカセットテープは貴重なコレクションでした。旧共産圏にあってはレコードからの蠟盤コピーを回し聴きしてはコピーを取るのがビートルズへの憧れで、メンバー写真を見ても誰がジョン(1940-1980)、ポール(1942-)、ジョージ(1943-2001)、リンゴ(1940-)かわからず、想像をたくましくしていたと言います。1942年生まれの黒人SF小説家サミュエル・ディレーニーの『アインシュタイン交点』1967ではジョン、ポール、ジョージ、リンゴの四人が文化変革の神話的英雄として語り継がれる数万年後の未来が描かれます。辞典サイトや配信サイト、具体的にはウィキペディアやYouTubeなどはるか先、LPからCDへの媒体移行前にリスナーがくぐらなければならない難関は、明治時代や旧共産圏、神話化して実態のつかめない数万年の後を描いたSF小説と変わりない、みずから精一杯の努力をしないと癒せない渇望そのものでした。

 メジャー・デビューから数えてわずか六年間、日数にして約2200日、週にして約320週程度のビートルズの活動は、ジョージ・ハリソンの証言通り「数日が数か月にも感じる」ほどの、これ以上にないほどに濃縮されたものだったでしょう。ビートルズの1曲が尋常なロック・バンドならアルバム1枚分ものアイディアが圧縮されたものなのは、いくら強調しても足りないほどです。程度こそあれロック・バンドの真似事をやったことがある方でしたら、曲想やリズム・パターン、和声法や楽曲の狙いまで、ビートルズのレパートリーを例に出せばそれが理想的な音楽上のエスペラント語になるのは経験されたことでしょう。ライヴ活動を辞めてスタジオ制作に専念するようになり、ますます凝ったサウンドになった後期作品にかつては入れこんでいましたが、今聴くと第6作の『ラバー・ソウル』までの方が溌剌として活気に満ちた良さを感じないでもありません。大傑作『ラバー・ソウル』を作りあげたことでビートルズは自分たちがサーチャーズやデイヴ・クラーク・ファイヴ、マンフレッド・マン、ローリング・ストーンズやアニマルズ、ヤードバーズ、またホリーズなどとは桁の違う潜在能力をすでに大爆発させていた存在であることに気づいてしまいました。それゆえ次作『リボルバー』以降のビートルズは明確な自意識に目覚めてしまい、音楽以前の自意識がしばしば目立つバンドになったと思えます。そこがビートルズの全アルバム中『ラバー・ソウル』を分水嶺とするゆえんです。ビートルズについて書けばきりがありませんが、リハーサルではポールが実演して指示し、本テイクではリンゴが決定的革新性に満ち足りドラム・パターンに仕上げたこの曲を、ビートルズの生んだ数々の音楽的奇跡の実例として上げておきましょう。またこの曲がいかに模倣曲を生んだか、また大胆なアレンジで生まれ変わりロックのアレンジ手法を広げたかの例も添えておきます。
The Beatles - Ticket To Ride (Lennon/McCartney) (Official MV, from the album "Help !", Parlophone, 1965) :  

The Grass Roots - Out of Touch (P.F.Sloan, Steve Barri) (from the album "Let's Live For Today", Dunhill, 1967) :  

Vanilla Fudge - Ticket To Ride (from the album "Vanilla Fudge", Atco, 1967) :