円形の器物のある静物画、ほか二つ | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

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元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。

Piet Mondrian, "Stilleven met gemberpot II (Still life with ginger jar II)", 1912

円形の器物のある静物画
その一

その感触は柔らかくも
硬く 冷たいようにも
見える
丸いものは 他でもない
その丸さ そのもので
錯覚させる
丸く円をなす光 月光
房なす果実の丸さ
それを仰ぐ
丸い笑顔 そして
丸い胸房
その

手触りは のばした手の
指さきの丸みが
触れあうことのない
小さな爆発となって
かすかな電流を走らせる
指さきに
果実に
笑顔に
胸房に
ただ ほんのわずか
触れあわない
微分された
エスパスに
蓄電する
月光

意志もなく
何の過分も不可分もなく
黄金比率に画された
長方形のなか
その中心に

丸い器物だけが蒼ざめて
景色を支配して見える

月の光だけが一つひとつ
手にとるようにわかる*

その ただ中央を占めるだけの
丸い湯沸かし器に
目を留める
とき

*中原中也「月下の告白」(昭和9年)
 月の光に一つ一つ
 手にとるやうにみゆるをみれば


手のひらに見ゆるを見れば
その二

古びた木目にニスが剥げた
薬箱の 蓋の
うまく はまらない
ねじれた蝶番の
軋み と

いつも満たされない
その抽斗の
開け閉めするたびに
こぼれる
ため息

蠟燭は 灯すだけではなく
軋みに蠟を引くためにもある
またクレヨンは 絵を描く
ためだけでなく
木目を埋めるためにもある

髪毛を編んだ刺だらけのシャツ
シーツに敷きつめた卵殻は*
古典的で効果的な拷問
生爪を剥がす 歯茎を穿つより
どんな精神的防御もなし崩す

ぼくが望むのはひとつしかない
微塵も夜明けの訪れない眠り
微塵も朝を予定しない眠り
そしてぼくの心は汚いから

ぼく以外の世界は 尋常に
昼と夜をくり返す ことを望む
ぼくは ぼく自身の運命を
手のひらの上で転がしている

*中原中也「幼獣の歌」(昭和11年)
 卵殻もどきの貴公子の笑顔と
 遅鈍な子供の白血球とは、
 それな獣を怖がらす。


可も不可もない子守の唄
その三

港の風にさらされるのにも慣れて
すっかりダウン&アウトした
せいぜい 一夜ごとの宿しか借りられない
日雇い労働者の街から 今朝も
その日暮らしの生保受給者が
いつもありつけるとは限らない
沖仲仕の仕事に向かう
サニー・ボーイ・ウィリアムスン二世が
まだ店を開けない酒屋の
シャッター前で酔いつぶれている
夕暮れまではあっという間に
腹ぺこの時間が過ぎる
誘蛾灯のような焚火の周りに
この行き詰まりの街の住民は集まる
宿のある者 宿を逃して
路上で毛布にくるまる者を 平等に
焚火は照らし 暖める
酒 芋 握り飯 泥酔し
錯乱した男が焔に跳びこむ
安飯屋ではたやすく
刃傷沙汰の喧嘩が起こる
ナイフの一刺し 怒声 苦悶
床に広がる鮮血の溜まり
それが男たちの寿だ そして黄金では
性病を宿した女たちが 川沿いに
通りがかりの 男の袖を引く
春をひさぐ 狭い小路に並んだ
間には 外国籍の少女たちが
次々とこなす 寝そべる男に
愛撫もなしに
騎馬のように
あっという間にまたがって

それはついこの間までのこと
形を変えて今なお続く
貫錠すらない無防備なドアは
白い眠りはもとよりのこと
白い目覚めすら許さない
誰かの嘔吐がへばりつく床
誰かの吐血が染めた寝台は
夜毎に 宿人が通りすぎる
廊下の突き当たりの便所の前には
にやにや笑う男娼が待ちうける
交渉 食事一食分の工賃料で
手慣れた男娼の唇に 慣れた頃には
満足するようになっている

そしてまた汽笛が鳴る*
湾岸の果てしない荷積みと荷降ろし
海の底 腐乱した肉体を洗い流されて
転がる骨片 教えてください
この白骨のような生活から いかに生きる心地を
得られるのでしょうか そしてここからいかにして
抜けだすことができるでしょうか
今日も隣で誰かが死にました
苦しみながら運ばれていきました
苦痛が矢のように心臓を射抜く
そしてぼくには 何の言葉もない
明日も誰かが死ぬ それがわかる

そんなことだ ぼくが偶然知った
友だちから聞いたのは
彼の鬱病はひどかった 口もきけず
身体をこわばらせて
病棟の誰とも目を合わせなかった
ぼくは偽善者だから
傷つき 弱く 孤独で悲しい人から
苦痛を蜜のようにすする
偽善者だから
ぼくが訊けたのは ご飯はおいしい? よく眠れる?
おいしいです よく眠れます
楽な気持で 安心していられる?
はい とても
とても
落ちつける?
とっても
よかった それが何よりだよ
その時 病棟には
小さな音で オルゴールの音楽が鳴っていた
さやかに 子守唄のように
オルゴールの音が
鳴っていた

*中原中也「一つの境遇」(年代不詳)
 しののめの
 よるの海にて
 汽笛鳴る--
 心よ、起きよ
 目を覚ませ。

(古い書きつけをまとめました。)