放たれた草食動物の群れは、ほか二つ | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

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元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。

Piet Mondrian, "Grazende kalfjes (Grazing calves)", 1901-1903

放たれた草食動物の群れは
静けさのために、その一

夜は昼を分断し 昼は夜を捕食する
グリルは与えられた役割通りに じわじわと天火で焼く
そして草食動物たちの歩みは はるかに遅く
生えるがままの草木をかじる
グリルはじわじわと焼く ハーブをまぶした畜肉は
かぐわしい匂いを放ちながら 一枚のステーキとなって
待ちわびた食卓に運ばれる

夜行性の肉食獣たちは 牧羊犬の見張りを破って
柔らかく か弱い子牛から狙う
満腹するまで食い散らすと また静かに去って行く
数が減るのも 牧人たちには計算の上だから
とっておきの品種だけは 安全な牧舎に入れておく

神話の時代から鳴り響いている
角笛の音が 犬たちを呼びよせる
よく調教された犬たちは
羊や牛を 放牧地から追いこむ
まだ見習いの牧童が 杖を片手に
牧羊犬と歩いてくる まるで額縁のなかの風景のようだ と
観光客は双眼鏡をのぞく

一見自然ともっとも親しそうで
実は管理の行き届いた景色 を
踏みにじる者は誰もいない
すべてが上首尾に配置されている
損する者も得する者もなしに

人を猛烈に不快にするものが
この穏やかさに 隠されている
無関心のきわみのなかに
光を閉じこめた宝石
未知への可能性の一切を
鬱蒼と包みこむ この不毛さを
暴きたてる者もいない

雨が牧草を洗い流して 空が再び晴天になっても
ここで生き死にする者たちの運命は
額縁に入ったまま 変わらない
大気のなかで 見えない煤が
あらゆる肺を麻痺させている

誰もが生の草の苦みを忘れて

鼻腔いっぱいに詰めた
乾し草の甘みに
酩酊する


夜ごと痩せ細る男たちは
静けさのために、その二

ある日男たちは 夜ごと自分が
痩せ細っていくことに気づく 夜ごと
太る女たちのかたわらで それから
すべてがおかしくなる 藪にひそむ狐は
待っても獲物にありつけない まっすぐに
飛んでいた矢は 突然垂直に落下する
せせら笑う息吹が次々と 蠟燭を吹き消す べったりと
藻に産みつけられた卵は 煮えたぎる奔流で
茹であがる 未知の海中生物が
次々と浜辺に打ち上げられる
異変が異変と気づかれないまま
封印は解かれる 厄災を満載した漂流船が
港の沖に流れつく もちろん
物言わぬ乗組員たちは
すべて亡骸

塩の柱に灼きついた眼 の光景
なぜ生まれ いかに生き どこへ向かうのか
を 偶然は支配しない 泡立つ干潟が
ガスを排出し 毛穴のような孔を露出する
飛べなくなった海鳥たちは ことごとく毟られて
岩場で日照りにされている 濁流となって騒ぐ岸辺で
目撃者もなしに あるいは 目撃者の不在ゆえに
起こりうることは すべて
許される

大きなものが 小さなものを
踏みつぶすのが 原則なら
無窮に広大な時と場所は
永遠に個々の存在を
威圧して止まない
のも当然 だが

威圧のほとんどは痛みを知らない虚勢
彼らの虚勢は 自信ありげに
断言する 裁判官のように捌く
意地汚い 妄執と優越感への
固執によって 彼らの言葉は
耳を貸すに足らない
さざめく私語だ しかしそれは
過去から 木霊のように
響いてくる
呪縛でも
ある

男たちも女たちも痩せ細る
または 肥え太る 夜ごと
欠落する記憶 または体験
が 無実な者から 順々に
さいなむ そして ぼくは
何を言いたいのか すでに

明日の 自分自身に さえ
伝えるのがおぼつかない
今日のぼくは
朝まで
持たない*

*Jerry Berkers - Es wird morgen vorbie sein (Pilz, 1972) :  


やがて朝が来るのなら
静けさのために、その三

ぼくの足もとはいつもぐらぐらして

きみのところまでたどり着けない

信じたくないことはいつも最後に

取っておこうとした だから

躍起になって距離を縮めようと

はやる気を ぼくは抑えようとする

神の天秤に不公平はなくても

運命は 砂が引くように足もとをさらう

夢のなかで予兆がうずく

朝起きると ぼくは別人になって

世界は昨夜までと一変している

熱にうなされた子どものように

悪化も回復も いつも劇的

そして予測もつかないのなら

ぼくのなかでざわめく予兆も

ねじれて 的中することはない

夜のあいだにしぼんでいた花々は

夜明けとともにふたたび開く

夜露は秘密の甘いしたたり

その誘惑を耐えて楽しめ

しどろもどろにもつれる舌は

何の言い訳も 分別もつかない

大きなものも 小さなものも

狂った遠近法の地平に延びる

ぼくはひと晩で数年を年老い

またひと晩で幼児に還る

ぼくの身体は自転車のかごに収まる

魂は米粒ひとつ 砂粒ひとつにも収まる

ぼくの身体は溶解して シーツに染みこみ マットレスに垂れる

30ぼくの本能的溶解に 還る故郷はない

信頼すら要らない

生ある者にすべて終焉が

公平に見舞うとは限らない

見苦しいまでにくり返してきた

ぼくには それがわかる

そして この伝えようもないことを

わかった とは決して

言わせない

(古い書きつけをまとめました。)