サン・ラ - サウンド・サン・プレジャー!! (El Saturn, 1970) | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

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元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。

サン・ラ - サウンド・サン・プレジャー!! (El Saturn, 1970)サン・ラ Sun Ra and his Astro Infinity Arkestra - サウンド・サン・プレジャー!! Sound Sun Pleasure!! (El Saturn, 1970) 

Released by El Saturn Records, SR 512, 1970
(Side A)
A1. 'Round Midnight (Hanighen, Monk, Williams) - 3:55
A2. You Never Told Me That You Care (Hobart Dotson, Sun Ra) - 5:37
A3. Hour of Parting (Schiffer, Spoliansky) - 4:53
(Side B)
B1. Back in Your Own Backyard (Jolson, Rose, Dreyer) - 2:07
B2. Enlightenment (taken from Jazz in Silhouette) (Dotson, Ra) - 5:09
B3. I Could Have Danced All Night (Lerner, Loewe) - 3:11
(LP total time; 24:52)
[ Sun Ra and his Astro Infinity Arkestra ]
Sun Ra - piano, celeste(B1), gong
Hobart Dotson - trumpet, trumpet-mouthpiece(B2)
Bo Bailey - Trombone(B2)
Marshall Allen - alto sax, flute, alto sax-mouthpiece(B2)
James Spaulding - alto sax, flute, percussion
John Gilmore - tenor sax, clarinet, percussion, vo(B2)
Pat Patrick - baritone sax, flute, Percussion
Charles Davis - baritone sax, percussion
Ronnie Boykins - bass
Robert Barry - drums(except B2)
William Cochran - drums(B2)
Hattie Randolph - vocals(A1, B1) 

(Original El Saturn "Sound Sun Pleasure!!" LP Liner Cover & Side A Label)
 毎度サン・ラ(1914-1993)のアルバムのサン・ラ自身によるジャケットのセンスには困ったものがあります。いかにもいかがわしいジャケットのアルバムを手にしたはいいものの、初めてのリスナーには聴いてみても全体像がなかなかつかめません。アルバムの数が多すぎるのもあります。ですが聴いたアルバムについて普通は好き嫌いや良し悪しの判断がつくはずなのに、サン・ラの場合は埋蔵量が多すぎるほどあるアーティストという事実に威嚇されて判断不能、せいぜい保留におさまってしまいます。一見汚いジャケット・デザインですら汚く見えるのはリスナーの先入観で、渋くてかっこいいとも取れるのではないか。とすれば、なおさら自分の聴いたアルバムだけでは判断できないアーティストなのではないか。ですが160枚あまりの公式アルバムを残したアーティストを、どのくらい聴けばわかったと言えるでしょう。しかも作風はR&B歌手やロック・バンドとの共演盤まであれば、わかりやすいビッグバンド・ジャズやハード・バップから極端に実験的なアヴァンギャルド・ジャズまであります。筆者のサン・ラ入門は遅れて、実は初めて買ったサン・ラのアルバムがこの『Sound Sun Pleasure!!』で、『Atlantis』(El Saturn, 1969)と2枚まとめて買いました。ヒマな日に中古盤店に入り、サン・ラはESPレーベルの『The Heliocentric Worlds of Sun Ra, Volume One』1965か『Nothing Is』1966がよく代表作に上がりますがなかなか見つからないアルバムでした。そしたら『Sound Sun Pleasure!!』と『Atlantis』がどちらも1000円均一棚にあったので、どうせ何も知らないのだから2枚とも聴いてみようと思って両方買ったのです。どちらも初CD化のEvidence盤で、前者は1991年版、後者は1993年版、1993年5月30日のサン・ラ逝去(享年79歳)の直前でした。出たばかりなのに中古盤は安値でした。CDのインサートを読むと、『Atlantis』はA面(CD前半)テナーのワンホーン・カルテット、B面(CD後半)片面全1曲でビッグバンドという構成なので、とっつきやすそうな『Atlantis』から聴いて唖然とし、その話は『Atlantis』をご紹介する時に取っておくとして、続いて『Sound Sun Pleasure!!』に一縷の望みをかけ、聴きながらつくづく後悔しました。こんなの買うんじゃなかったあ、まず二度と聴くことなんてないぞ、サン・ラのアルバムなんかもう買わないだろうと思ったものでした。どこが良いのかまったく理解できなかったのです。ところが1956年録音(名盤『Jazz in Silhouette』と同日録音)の、本編たったの25分未満(なのでCDではアーケストラ初期音源・未発表新録音集『Deep Purple』1973から初期音源分7曲とカップリングしてありました)本作と『Atlantis』を我慢して聴いているうちに、ヘタクソなビッグバンド・ジャズ(しかも女性ヴォーカル曲2曲、サン・ラのオリジナル曲は2曲のみ)にしか聞こえない『Sound Sun Pleasure!!』と、ピッチの狂っているとしか思えない鉄琴のようなエレクトリック・ピアノとルーズなベース、ドラムスによれよれのテナーサックスのA面・ビッグバンドがじわじわ音量を上げながらノイズの嵐を吹き荒らすB面というださいフリージャズの見本のような『Atlantis』に音楽的な一貫性が見えてきました。

 サン・ラにはどうも一般的な西洋音階や平均律以外の音程が聞こえていて、同時にサン・ラの頭の中ではそれに基づいた和声も鳴っていたようです。ヘタクソだったりださく聞こえるのはサン・ラの音楽がミストーンだらけに聞こえるからですが、これは狙ってやっているのでもなければミストーンに聴こえるのも聴き手の音感が悪ずれしているのであって、サン・ラ・アーケストラにとってはこのピッチが生理的に自然な音程であり和声感覚なのでしょう。本当にそうかと、あまり中古でも見かけないサン・ラのアルバムを気が向いた時に1枚、また1枚と買ってみると、スタイルはビッグバンドからフリージャズ、ジャズ・ファンクまでさまざまですが、感覚的には見事にサン・ラならではの音響が鳴っているのに気づきます。ピッチとは基本的な音程そのものの振動数ですから当然演奏のタイム感にも表れます。その逆に、タイム感のズレがピッチに反映しているのかもしれません。専門家ではない聴き手としては、そのくらいまでしか推測できませんが、一聴ださいジャズ・スタンダード曲集の本作がじわじわとリスナーに浸食してくるのは、そうしたサン・ラのストレンジな音響感覚です。

 前述したように本作は『Jazz in Silhouette』と同日録音で、「Enlightenment」は同テイクですから『Jazz in Silhouette』のアウトテイク5曲にコンセプトの近い「Enlightenment」を再収録した一種のリサイクル・ミニアルバムとも言えます。ですが本作を聴く限り、サン・ラとトランペット奏者のドッツンの共作2曲(A2は実際はドッツン単独曲)を含めて『Jazz in Silhouette』とはコンセプトの異なる、スタンダード中心のオーソドックスなビッグバンド・アルバムの制作意図があったと思われます。そうでなければモンクの「'Round Midnight」と、1928年の古いスタンダード(ルース・エッティングの歌でオリジナル・ヒット、ビリー・ホリデイのレパートリーでもある)の「Back in Your Own Backyard」を各面冒頭に置き、各面2曲目はオリジナル、各面ラストはインストルメンタル・スタンダードという均等な構成にはならなかったでしょう。なにしろミュージカル『My Fair Lady』1956からのヒット曲B3(「一晩中踊れたら」)まで演っているのです。フルアルバムなら各面せめてあと1、2曲ずつは欲しいところですが、「Enlightenment」を流用しているくらいですから1959年3月6日セッションは『Jazz in Silhouette』収録曲の完成が第一で、時間的にも3時間(スタジオ録音の基本単位)で13曲の完成テイクを録音するのが精一杯だったのでしょう。そのうち8曲が『Jazz in Silhouette』で2か月後に発売され、残り5曲は「Enlightenment」を再収録して11年後の1970年に発表されました。それが本作です。時間切れで終わったのは、この1959年3月6日セッションもいつものようにアーケストラ所有の練習場エル・サターン・スタジオなのですが、メンバーによる自前録音でもなく客入れ前のジャズクラブで従業員に録音してもらったのでもなく、ちゃんと録音用の機材をレンタルして録音エンジニアに依頼していたというデータが残っているからです。

 それが明らかになったのは2000年代の調査によるもので、従来『Jazz in Silhouette』『Sound Sun Pleasure!!』セッションは録音年月日の記載がなく『Silhouette』発売の1959年5月が新聞記事で確認されていることから、1958年某日(1958年後期)と推定されていました。ところが録音費用の支払い記録が発見されたので、サン・ラの初期アルバムには珍しく録音日がきちんと判明したアルバムになったのです。1950年代録音のほとんどのアーケストラのアルバムが練習ついでにバンド自身で録音していたリハーサル音源なのに対して、録音即発売の予定と意欲があった『Jazz in Silhouette』は気合いの入ったアルバムだったと改めてわかります。その二卵性双生児の『Sound Sun Pleasure!!』が、あえて別のセッション(他にもサン・ラには翌1960年録音で『Sound Sun Pleasure!!』と同年発売のスタンダード・ジャズ集『Holiday For Soul Dance』1970があります)からの追加曲を足さなかったのも、このセッションの統一性のためだろうと思われます。本作は同日録音の『Jazz in Silhouette』の補遺と見なして良いアルバムですが、これもサン・ラの自信作だったことは収録時間25分弱のまま1974年にインパルス!・レコーズから再発売されていることにも表れています。またサン・ラ・アーケストラのスタンダード回帰指向は'70年代半ば以降から再び顕れるので、一見オーソドックスなスタンダード曲集の小品に見えて、本作は砂時計の漏斗に当たる位置を担った意外な重要作とも言えるのです。本作は平均律ピッチの音楽に慣れたリスナーには下手くそで気持の悪いビッグバンド・ジャズに聴こえるでしょう。そこがサン・ラの音楽の肝とわかってくるまでには忍耐を強いられるアルバムかもしれませんし、名曲「Enlightenment」にしびれるまでには長い道のりがかかるかもしれません。本作はおそらくサン・ラの意図に反し、親しみやすいスタンダード曲集としてよりもアーケストラの尋常ならざる音楽性が目立つ作品と言えそうです。

(旧記事を手直しし、再掲載しました。)