クラフトワーク(11) ヨーロッパ特急 (EMI/Capitol, 1977) | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

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元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。

クラフトワーク - ヨーロッパ特急 (EMI/Capitol, 1977)
クラフトワーク Kraftwerk - ヨーロッパ特急 Trans-Europe Express (EMI/Capitol, 1977) 

International Version Released by EMI/Capitol Records IC 064 82306, March 1977
Produced by Ralf Hutter & Florian Schneider
All Lyrics by Ralf Hutter, Florian Schneider & Emil Schult, All Compositions by Ralf Hutter & Florian Schneider
(Side 1)
A1. ヨーロッパ・エンドレス Europe Endless (Europa Endlos) - 9:40
A2. 鏡のホール The Hall of Mirrors (Spiegelsaal) - 7:56
A3. ショウルーム・ダミー Showroom Dummies (Schaufensterpuppen) - 6:15
(Side 2)
B1. ヨーロッパ特急 Trans-Europe Express (Trans Europa Express) - 6:52
B2. メタル・オン・メタル Metal on Metal (Metall auf Metall) - 2:11
B3. ABZUG Abzug - 4:54
B3. フランツ・シューベルト Franz Schubert - 4:26
B4. エンドレス・エンドレス Endless Endless (Endlos Endlos) - 0:55
[ Kraftwerk ]
Ralf Hutter - voice, synthesizer, orchestron, synthanorma-sequenzer, electronics, producer
Florian Schneider - voice, vocoder, votrax, synthesizer, electronics, producer
Karl Bartos - electronic percussion
Wolfgang Flur - electronic percussion
(Original German Kling Klang "Trans-Europe Express" LP Front / Liner Cover & Seite 1 Label)
 クラフトワークが世界進出に踏み出したのは前々作『アウトバーン (Autobahn)』'74ですが、前作『放射能 (Radio-Activity)』'75ともどもまだ西ドイツの実験的電子音楽グループという認知にとどまっていて、その限りでのノヴェルティ・ヒットだったのは『放射能』が新し物好きのフランス以外では『アウトバーン』ほどのヒットにならなかったことでも現れていました。『放射能』と同年にクラウス・シュルツェの陰鬱な第5作『タイムウィンド (Timewind)』'75がもっともヒットした国もフランスでした。その購買者層はほぼ重なっていたでしょうし、フランスではちょっと遅れたものを新しがってありがたがるところがある風習があります。ジッドやサルトルからボリス・ヴィアン、ゴダール(ゴダールはスイス系フランス人ですが)まで具体例は煩瑣になるので止めますが、それがかえって良い方向に働くこともあるので、クラフトワークやシュルツェの場合はフランスでのヒットが過渡期的な時期を次へつないでくれたところもあるでしょう。

 クラウス・シュルツェがフランスでの『タイムウィンド』のヒットの後押しですっきりしたサウンドの次作『ムーンドーン (Moondawn)』'76に進むことができたように、フランスでのみ『アウトバーン』以上の大ヒット作となった『放射能』を経たクラフトワークの本作『ヨーロッパ特急 (Trans-Europe Express)』'77は、それまでのクラフトワークのポップな部分を抽出して磨き上げたような、『放射能』があまり受けなかった国々でもクラフトワークを『アウトバーン』だけの一発屋とは呼ばせない大出世作になりました。前作から2年を費やしたことだけはあり、本作はチリやアルゼンチン、韓国まで含む世界16国で同時発売され(ドイツのみドイツ語版、他国では英語詞のインターナショナル版)、クラフトワークの意欲的自信作にして、実験電子音楽ロックの枠にとどまらない新たな「テクノ・ポップ」というジャンルのポピュラー音楽として大成功を収める成果を収めます。

 すでに『アウトバーン』以前からブライアン・イーノがクラフトワークとノイ!に注目していたため、イーノの薦めでクラフトワークやノイ!を聴いたデイヴィッド・ボウイ(ボウイはクラフトワークのコンサート最前列3列を買い占めたりしたそうです)はアルバム『Station To Station』'76.1ではすでに前作『Young American』'75.3のソウル=ディスコ・スタイルをヨーロッパ風に発展させた作風を示し、ボウイはイーノをブレインに迎えてベルリン録音の『Low』'77.1、『Heroes』'77.10でテクノ・スタイルに手を染めます。この2作はボウイがプロデュースしたイギー・ポップの本格的なソロ・デビュー作『The Idiot』'77.3、『Lust For Life』'77.9と平行制作されました。ボウイがパンクロック/ニュー・ウェイヴの新世代の台頭に一歩先駆けたのもこれらのアルバムがあったからです。『ヨーロッパ特急』のアルバム・タイトル曲ではイギーを連れたボウイに表敬訪問を受けた旨の歌詞がありますが、これはもちろんクラフトワーク自身が自分たちのスタイルのオリジネイターであることを自負する大胆な表明でした。しかしタイトル曲がのちのアフリカ・バンバータのヒップホップ・ヒット「Planet Rock」'82にサンプル使用され黒人音楽シーンにも逆影響を与えるほどの普遍性が実証されるとは、この時点ではクラフトワーク本人たちですら予想がつかなかったでしょうが、すでに'70年代のうちにイタリア出身の音楽プロデューサー、ジョルジオ・モロダーによるユーロ・ディスコや、アメリカの大物ジャズマン、サン・ラによってテクノとディスコとの融合は始まっていました。クラフトワークの次作『人間解体 (The Man-Machine)』'78がさらに徹底したテクノ作品になったのも後の流行を予兆していたと思われます。

 本作はアルバム・コンセプトの徹底、統一感、完成度もこれまて以上に高く、オープニング曲A1「Europe Endless」から始まり、A2「The Hall of Mirrors」とA3「Showroom Dummies」で新境地を印象つけたあと、B面に移って本作随一の代表曲B1「Trans-Europe Express」(さり気なく全音階を使用しているのはポピュラー音楽の鬼門を解放したものです)、アナログLPでは続く「ABZUG」と曲間なしに展開され6分あまりにまとめられていたB2「Metal on Metal」(現在の決定版CDでは「Metal on Metal」と「ABZUG」は単独曲として切り離されています)、皮肉な民衆派クラシック作曲家の名前を皮肉に(決してオマージュではなく)借用した「Franz Schubert」、そしてA1に回帰する最終曲「Endless Endless」という巧妙な構成は、初期3作から『アウトバーン』『放射能』と歩んできたクラフトワークの、この時点での集大成でもあればもっともキャッチャーにして完成度の高い名盤とすることに成功しています。しかも次作『人間解体(The Man-Machine)』ではクラフトワークは本作すら凌駕する、完全なマシーン・ポップスを作り上げます。 そして『アウトバーン』『放射能』『ヨーロッパ特急』『人間解体』の4作によってクラフトワークの音楽は「ビートルズ以降最大のポピュラー音楽の革命」との名声を確立するのです。

 なお本作のタイトル曲に全音階が使用されているのはポピュラー音楽史上初めてかもしれませんが、日本では1979年のP-Modelのデビュー曲「美術館で会った人だろ」に全音階が使用されており、クラフトワークの「ヨーロッパ特急」からの感化が見られます。全音階というといかにも難しそうですが、タイトル曲「ヨーロッパ特急」とP-Modelの同曲を聴き較べてみてください。 


(旧記事を手直しし、再掲載しました。手違いで前回の『ヨーロッパ特急』と同じ記事を載せてしまいましたが、本作と次作『人間解体 (Man Machine)』はクラフトワーク最重要アルバムなので、ご容赦ください。)