ジョン・コルトレーン - オーレ・コルトレーン (Atlantic, 1961) | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

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元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。

ジョン・コルトレーン - オーレ・コルトレーン (Atlantic, 1961)
ジョン・コルトレーン John Coltrane - オーレ・コルトレーン Olé Coltrane (Atlantic, 1961) :  

Released by Atlantic Records SD 1373, November 1961
Engendered by Phil Ramone
Produced by Nesuhi Ertegun
(Side 1)
A1. Olé (John Coltrane) - 18:17
(Side 2)
B1. Dahomey Dance (John Coltrane) - 10:53
B2. Aisha (McCoy Tyner) - 7:40
(CD Bonus Track)
4. To Her Ladyship (Billy Frazier) - 8:54 *from the album "The Coltrane Legacy", 1970
[ Personnel ]
John Coltrane - soprano saxophone on "Olé" and "To Her Ladyship"; tenor saxophone on "Dahomey Dance" "Aisha" and second part of To Her Ladyship
Freddie Hubbard - trumpet
George Lane - flute on "Olé" and "To Her Ladyship"; alto saxophone on "Dahomey Dance" and "Aisha"
McCoy Tyner - piano
Reggie Workman - bass on "Olé," "Dahomey Dance" and "Aisha"
Art Davis - bass on "Olé," "Dahomey Dance" and "To Her Ladyship"
Elvin Jones - drums
(Original Atlantic "Olé Coltrane" LP Liner Cover & Side 1 Label)

 今回でエリック・ドルフィーの年代順参加アルバム紹介も15枚、うちニューヨーク進出後のアルバムも14作目になりますが、本作は上記データの通りドルフィーの名はありません。しかしフルートとアルトサックスで参加しているジョージ・レインがドルフィーなのは発売当初から演奏でバレバレで、日本盤のように独自のライナーノーツをつける国ではドルフィー参加が解説で強調されていました。アトランティック・レコーズは本作のセッションで未収録だった未発表曲「Original Untitled Ballad (To Her Ladyship)」をコルトレーン没後にまとめられたアトランティック時代の未発表曲集『The Coltrane Legacy』(Atlantic, 1970)ではドルフィー参加と明記しましたが、アルバム『Olé Coltrane』ではドルフィー没後の1964年以降もコルトレーン没後の1967年以降も「George Lane」の参加データで通し、ようやくきちんとエリック・ドルフィーの名前がクレジットされたのは1988年の初CD化以降になりました。こうした匿名参加になったのは本作の録音当時ドルフィーが本来はプレスティッジ・レコーズと専属契約を結んでいたためで、1959年秋にロサンゼルスからニューヨークに進出したドルフィーはすぐにプレスティッジとの2年契約を結びましたが、当時のニューヨークの音楽家組合は組合加入後半年間は素行調査期間として活動待機を義務づけられていました。プレスティッジへの初録音『Outward Bound』が1960年4月1日であること、契約期間は1961年9月の『In Europe』三部作で満了しているからも、ニューヨークの組合加入とプレスティッジとの契約は1959年10月1日付けと推定されます。本作の時点でドルフィーのプレスティッジへの録音は自己リーダー作『Outward Bound』『Out There』『Far Cry』の三部作にオリヴァー・ネルソン作品2枚、ケン・マッキンタイア作品1枚、ラテン・ジャズ・クインテット1枚、エディ・ロックジョウ・デイヴィスのビッグバンド作1枚の計8枚に対して、これまでご紹介したニューヨーク進出後の参加作14枚のうち11枚がプレスティッジ以外の会社へのレコーディング参加、ご紹介しなかったビッグバンド作品などを含めると20枚近くになるので、本作はプレスティッジへの契約違反を恐れてジョージ・レイン名義の匿名参加になったというのが定説です。自己のレギュラー・バンドでの定期的なライヴ仕事がないドルフィーはロサンゼルス時代からの先輩チャールズ・ミンガスのバンドでかろうじてライヴ仕事があるきりでしたが、本作の前後からはドルフィーのニューヨーク進出以来目をつけていたジョン・コルトレーンがドルフィーをライヴの準メンバーに迎えることになります。

 本作はジョン・コルトレーンのアトランティック・レコーズとの2年契約(1959年~1961年)の最後のアルバムになり、1961年5月23日セッションと6月7日セッションで制作されたインパルス!・レコーズへの移籍第一弾アルバム『Africa / Brass』(Impulse!, 1961.9)の間に制作されたアルバムです。この頃コルトレーンはようやくマッコイ・タイナー(ピアノ)、エルヴィン・ジョーンズ(ドラムス)とのレギュラー・メンバーでライヴ活動を始め、ベーシストはまだ準メンバーとしてレジー・ワークマンやアート・デイヴィスをその時々で呼ぶ、という具合でした。ベーシストがジミー・ギャリソンに固定されるのは1961年11月からのヨーロッパ・ツアー(ドルフィー、ワークマンとのクインテット編成)を終えた1962年初頭以降で、以降ギャリソンはマッコイやエルヴィンの脱退をはさんでも、コルトレーン逝去までレギュラー・ベーシストになります。マッコイ、エルヴィン、ギャリソンの揃ったカルテットでコルトレーンはインパルス!時代の全盛期を築くことになるので、アトランティック時代のコルトレーンはまだマイルス・デイヴィス・クインテットのメンバーだった1956年~1958年のプレスティッジ時代からインパルス!時代への橋渡しとして、また独立直後の作風確立期として目覚ましい作品を残しています。またコルトレーンのプレスティッジ時代とインパルス!時代の作品はジャズの専門スタジオとして定評ある録音エンジニアのヴァン・ゲルダーの個人スタジオでしたが、ワーナー傘下のアトランティック時代はトム・ダウド、フィル・ラモーンらのちの'70年代に大プロデューサーになるエンジニアが録音を勤め、安定してメリハリの効いたサウンドではムラのあるヴァン・ゲルダーの録音よりアトランティック時代に分があります。

 アトランティックの看板アーティスト、モダン・ジャズ・カルテットのミルト・ジャクソン(ヴィブラフォン)のアルバム『Bags & Trane』(1959年1月15日録音、Atlantic, 1961.12)に始まるコルトレーンのアルバムは、『Giant Steps』(1959年5月4日,  1959年5月5日, 1959年12月2日録音、Atlantic, 1960.1)、『Coltrane Jazz』(1959年3月26日, 1959年11月24日, 1959年12月2日, 1960年10月21日録音、Atlantic, 1961.2)、『The Avant-Garde』(1960年6月28日, 1960年7月8日録音、Atlantic, 1966)、『Coltrane Plays the Blues』(1960年10月24日録音、Atlantic, 1962.7)、『My Favorite Things』(1960年10月21日, 1960年10月24日, 1960年10月26日録音、Atlantic, 1961.3)、『Coltrane's Sound』(1960年10月24日, 1960年10月26日録音、Atlantic, 1964.6)と続き本作『Olé Coltrane』(1961年5月25日録音、Atlantic, 1961.11)にいたりますが(アルバム未収録曲は前述の通り1970年の『The Coltrane Legacy』にまとめられました)、細かく録音年月日、発表年月を記した通りアトランティック時代のコルトレーンのアルバムの成立事情は非常に入り組んでおり、最初から1枚のアルバムを予定して組まれたセッションは『Bags & Trane』『The Avant-Garde』『Olé Coltrane』の3作きりと言ってよく、『Giant Steps』『Coltrane Jazz』の2作は録音時期が重なっています。『Coltrane Plays the Blues』『My Favorite Things』『Coltrane's Sound』の3作は1960年10月21日, 1960年10月24日, 1960年10月26日の3回のセッションからコンセプトごとに分けられて成立したアルバムです。『Bags & Trane』『The Avant-Garde』『Olé Coltrane』の3枚の録音日程が明快なのは『Bags & Trane』がミルト・ジャクソンとの、『The Avant-Garde』がドン・チェリー(トランペット)との共作で、また本作もフレディ・ハバードとドルフィーを迎えた2ベース・セプテット作品だからでしょう。録音日程が入り組んでいる『Giant Steps』『Coltrane Jazz』『Coltrane Plays the Blues』『My Favorite Things』『Coltrane's Sound』はいずれもコルトレーン+ピアノ・トリオのワンホーン・カルテット作であり、それぞれコンセプトごとにまとめられたアルバムと目せます。うちマッコイとエルヴィンが揃ったのが1960年10月以降のセッションで、『Coltrane Plays the Blues』『My Favorite Things』『Coltrane's Sound』とカルテットにゲスト2名を加えた『Olé Coltrane』はインパルス!移籍以降の雛型になったアルバムです。

 本作を挟んだ2回のセッションで制作されたインパルス!移籍第一弾『Africa/Brass』は最大18人編成のビッグバンド作品で、黒人ジャズのリーダーと評価の高まりつつあったコルトレーンがユーゼフ・ラティーフ(テナーサックス)、オラトゥンジ(パーカッション)、カルヴィン・マッセイ(作・編曲家)、サン・ラ(ビッグバンド・リーダー)ら黒人意識の高い先輩ミュージシャンからの影響を受けて作り上げた力作でした。当時すでにコルトレーンの師のディジー・ガレスピーのアフロ・ラテン・ビッグバンド作品、ナイジェリアのジャズマンによるハイライフと呼ばれたスタイルのジャズはありましたが(ハイライフを代表するミュージシャンだったフェラ・クティは、のちにコルトレーンとジェームス・ブラウンの影響からアフロ・ビートを生み出します)、コルトレーンのアイディアはサン・ラ、ガレスピー、またマイルス・デイヴィス&ギル・エヴァンスの『Sketches of Spain』(1959年11月, 1960年3月録音、Columbia, 1960.7)に近く、スペイン~メキシコ系のラテン・ビートでアフロ・アメリカン流のアフリカ像を描き出す、というものでした。マイルスの『Sketches of Spain』、コルトレーンの『Africa/Brass』『Olé Coltrane』の好評でチャールズ・ミンガスが1957年7月・8月に完成するもレコーズ会社がお蔵入りにしていた『メキシコの想い出 (Tijuana Moods)』(RCA, 1962)がリリースされて大好評を博し、俺の方が早かったのにとミンガスが怒ったという逸話もあります。

 ソロ・スペースが短かかったりアンサンブルのせいで生硬だったりと、意欲作ながらビッグバンド作品の長所と短所が目立った『Africa/Brass』と較べると、ハバード、ドルフィー、マッコイのソロがたっぷりフィーチャーされた本作『Olé Coltrane』はずっとすっきりした出来です。2ベース編成はこの頃コルトレーンがリズムの強化にしきりに試していた編成で、コルトレーンの念頭にはやはり2ベース編成、ハバードとドルフィーがともに参加したオーネット・コールマンの『Free Jazz』(1960年12月録音、Atlantic, 1961.9)を、発売前から意識していたかもしれません。ドルフィーはA1とアウトテイク「To Her Ladyship」でフルート、B1, B2ではアルトサックスでフィーチャーされており、マッコイ作のB2「Aisha」はマッコイ夫人に捧げられたバラードで、おそらくビル・フレイザー作のバラード「To Her Ladyship」と二択でこちらが選ばれたのでしょう。テーマの前半部を担うドルフィーのフルートから始まる「To Her Ladyship」もクオリティの高い未発表曲で、アトランティックとの契約がまだ1、2作分残っていたら収録されても十分な演奏です。

 ただし、本作はハバード、ドルフィー、マッコイに十分にソロを取らせた分コルトレーンのソロは短く、またアルバムとしてのコンセプトが良く焦点が絞れているために、ドルフィーのソロはどこか窮屈で、ミンガスやネルソン、オーネットの作品への参加ではリーダーの指定をはみ出すほどの奔放さを見せていたのに対して、コルトレーンの設定したコンセプトの枠組みを壊さないよう主張を抑えている感があります。また2ベース編成もラテン・ビートでスパニッシュ・モードのアルバム・タイトル曲のA1では効いていますが、4ビートのB1では重心の軽さという裏目に出て、ベース1人ずつのバラード2曲の方が安定していますが、重心の低いギャリソンに落ちつくまでワークマン、デイヴィスともに仮メンバーだったのも納得がいきます。本作でのびのびとしているのはハバード、何よりマッコイで、リーダーのコルトレーンは指揮的な役割の方が強く、エルヴィンのドラムスもベースの軽さに引っぱられているような印象を受けます。昔のジャズ仲間と話していて、このアルバムの話になると「悪くないけど今いちじゃない?」「『アフリカ/ブラス』よりはいいけど」「コルトレーンやドルフィーにしてはテンション低いね」とだいたい意見が一致したものですし、「Rolling Stone Record Guide」のコルトレーンの項目にあるように「コルトレーンの★★★作品は他のジャズマンなら★★★★★に匹敵する」と言うのも伊達ではありませんが、本作は焦点の絞れた成功作ではあっても完成度と引き換えに控えめな印象を受けるアルバムです。しかし控えめなりに満足のいく作品であることも事実で、素晴らしいアウトテイク「To Her Ladyship」も込みならコルトレーンの艶やかな演奏、フルートとアルトサックスで貢献を果たしたドルフィーの好演で十分に愛聴に値します。その上ハバード、マッコイ、エルヴィンの好サポート、2ベースによる意欲的なリズムの試みとあれば、ない物ねだりは不当というものです。過渡期の作品には違いありませんが完成度は高く、アトランティック時代のコルトレーンの締めくくりにはふさわしいアルバムです。