エリック・ドルフィー - ラスト・デイト (Fontana, 1964) | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

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元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。

エリック・ドルフィー - ラスト・デイト (Fontana, 1964)
エリック・ドルフィー Eric Dolphy - ラスト・デイト Last Date (Fontana, 1964) :  

Released by Fontana Records Fontana 68 1008ZL / TL 5284, late 1964 or early 1965 (Netherlands, UK)
Reissued by Limelight Records LM 82013, 1965 (US)
All songs composed by Eric Dolphy except where noted.
(Side 1)
A1. Epistrophy (Thelonious Monk) - 11:15
A2. South Street Exit - 7:10
A3. The Madrig Speaks, The Panther Walks - 4:50
(Side 2)
B1. Hypochristmutreefuzz (Misja Mengelberg) - 5:25
B2. You Don't Know What Love Is (Don Raye/Gene De Pau) - 11:20
B3. Miss Ann - 5:25
[ Personnel ]
Eric Dolphy - alto saxophones (A3, B3), flute (A2, B2), bass clarinet (A1, B1)
Misja Mengelberg - piano
Jacques Schols - bass
Han Bennink - drums
(Original Fontana "Last Date" LP Liner Cover & Side 1 Label)

 本作をエリック・ドルフィー(1928-1964)の作品中、『At The Five Spot, Vol.1』と並んで、もっとも好きなアルバムに上げるリスナーは多いでしょう。ドルフィーのワンホーン+ピアノ・トリオというアルバムは思いの外少ないので、ドルフィー以外の管楽器奏者なしに引き締まったカルテット編成のバンドの演奏を聴ける本作は、ポップスやR&B、ロックのリスナーにもドルフィーというジャズマンの凄みがストレートに味わえる点で、コアなジャズ・リスナー以外にもドルフィーの魅力を味わうのに最適なアルバムとなっています。他に管楽器奏者がいないため、ここでのドルフィーは最良のバックバンドを従えた素晴らしいヴォーカリスト兼ソロイストのように聴ける上に、アルトサックス、フルート、バス・クラリネットのマルチ奏者としても均等かつ最上の選曲とあいまって多彩さと統一感の両方を満たすアルバム作りに成功しています。現地メンバーとの臨時編成とは思えないほどバンドとの一体感もあり、ドルフィー一世一代と言える名演と適度にルーズな演奏の両方が交互に配されているので、流露感に富み密度の高いアルバムとしての完成度も最上なら、緊張感とリラクゼーションの案配も絶妙です。ドルフィーの潜在能力のすべてが全6曲・40分ほどの収録内容にコンパクトにまとめられ、これまでのドルフィーのどのアルバムよりもキャッチーで聴きどころが明快なアルバムなので、ドルフィー以外のメンバーは全員現地メンバーのオランダ人ジャズマンという本来なら異色作なのに、ドルフィーの音楽への入門にも向いていれば、アルバム単位でジャズを聴いたことがないようなあまりジャズを知らないリスナーのジャズ入門にも向いている、という間口の広く、しかも最上の内容のアルバムになっています。日本盤も早くから発売されており、もともと日本では生前から人気の高かったドルフィーの遺作かつ代表作として発売以来60年近くロングセラーを続けてきた定評あるアルバムでもあります。

 また本作をポップスやロック中心に聴いているリスナーにも親しみやすくしているのがメンバーのオランダ人ジャズマンのトリオで、特にピアノのミッシャ・メンゲルベルク(1935-2017)とドラムスのハン・ベニンク(1942-)の乗りはシンコペーションする4ビートより鋭角的な8ビートに足をかけており、ドルフィーの無伴奏バス・クラリネットのイントロから入りドルフィーとユニゾンするピアノにシンコペーションなしに鋭くスネア・ドラムスの一撃からテーマが始まるA1のセロニアス・モンクの名曲「Epistrophy」から、ギターのようにリズムを刻むピアノ、ハイハットならぬスネア中心のドラムスはジャズというよりロックやR&Bのようで、ベーシストは流動的だったというメンゲルベルク&ベニンク・トリオにここで加わっているジャック・ショールズ(1935-2016)のベースがオーソドックスな4ビートを刻んでいなければジャズ・ロック寸前なので、逆にトリオ編成のバンドの場合ベースの役割がいかに大きいかがわかります。ドルフィーにこのトリオを組ませたのはラジオ局のディレクターで、メンゲルベルク・トリオのメンバーは一人当たり200フラン(約2万円)のギャラ・版権買い取りでアルバム印税はまったく支払われませんでしたが、本作でレコーディング・デビューしたメンゲルベルクとベニンクは'60年代後半からはヨーロッパのフリー・ジャズ・シーンの中心的ジャズマンになります。ドルフィー没後に発掘されたヨーロッパ各地の単身巡業ライヴを聴くと、どの国でも現地ジャズマンによるバンドはいかにもアメリカのハード・バップ系ジャズのレコードを熱心に聴きこんだとおぼしい熱演なのですが、ドルフィーがあまりに奔放なためにハード・バップのコピーをしてきたバンドはドルフィーの演奏に食らいつくだけでも必死です。『In Europe』などはその中でも好演で、平凡なバンドが実力以上の演奏を目指して玉砕覚悟なのが愛らしいほどですが、モンクやハービー・ニコルスを研究していたというメンゲルベルク&ベニンク・トリオはまだ未熟ながらハード・バップのコピーにとどまらないオリジナリティを目指しており、ドルフィーのために最高の花道を提供しています。のちに本作より9日後の6月11日にパリのクラブ出演時のライヴ『Naima』(Jazzway, 1987)が発掘され、確認されたドルフィーの最後の録音になりましたが、アルバム化前提の録音ではなく音質でも現地メンバーの演奏面でも本作とは比較になりません。本作こそがドルフィーのラスト・アルバムとみなせるゆえんです。本作のオープニングのベニンクのスネアの一打に匹敵するアルバムはジャンルを問わず滅多に思いつかず、ロックで言えばカンの『Monster Movie』(Music Factory, 1969)、午前四時の『Live Bootleg』(テレグラフ, 1982)がわずかに上げられるくらいです。

 ドルフィー最後の公式録音になった本作は、1964年4月の一月間をチャールズ・ミンガス・セクステットのメンバーとしてヨーロッパ・ツアーをこなした後、行く先々で現地ジャズマンと共演して単身巡業を続けたドルフィーが糖尿病の悪化で急逝(巡業先のベルリンで6月29日に逝去)する4週間前にオランダの放送局でラジオ番組・ライヴ盤用に残したものです。ライヴと言っても放送用・アルバム化を前提にしたもので、本番前日の6月1日に現地ジャズマンのミッシャ・メンゲルベルク・トリオとリハーサルが行われ、ライヴ収録も北オランダのヒルフェルスム放送局のスタジオでラジオ局・音楽関係者のみを観客として行われた入念なもので、実質的には公開ライヴ形式のスタジオ盤新作と言ってよい丁寧な制作がされました。その点ではリハーサルすら設けられなかったプレスティッジ・レコーズやアラン・ダグラス・プロダクションよりも恵まれた環境で録音された、作品性の高い内容です。ライヴ収録曲目はバス・クラリネット曲2曲(A1, B1)、フルート曲2曲(A2, B2)、アルトサックス曲2曲(A3, B3)の順で行われ、途中で10分間ほどのインタビューが収録されました。ドルフィー生前の6月中にB3を除く5曲がラジオ番組として放送された後、ドルフィーの急逝を受けて追悼番組として全6曲が放送され、曲順が決定されてB3の末尾にインタビューから一言「When you hear music, after it's over, it's gone in the air; you can never recapture it again」(「音楽は聴き終えてしまえば宙に消え、二度と捕まえることはできません」)がつけ加えられ、1964年末にフォンタナ・レコーズからオランダ盤が発売、またオランダ盤発売後にマーキュリー・レコーズ傘下のライムライト・レーベルからアメリカ盤が発売されました。ドルフィーのリーダー作がメジャー・レーベル(フォンタナ、マーキュリー)から発売されるのは初めてで、ドルフィー最後のスタジオ盤となったブルー・ノート・レコーズの『Out To Lunch !』(1964年8月発売)とともに一躍ドルフィーの再評価を高めるアルバムとなるとともに、当時本国プレス盤しか発売を許可しなかったブルー・ノート盤以上に広く親しまれる遺作となりました。

 本作についてはあまりに素晴らしいので一回でご紹介を済ませるのはもったいなく、次回で聴きどころを上げていきたいと思います。ドルフィーのバス・クラリネットによる決定的な名演A1「エピストロフィー (Epistrophy)」、ビリー・ホリデイ晩年のレパートリーからのフルートによる絶唱B2「あなたは恋を知らない (You Don't Know What Love Is)」を含み、いかにもドルフィー向けの曲想のA3(ドルフィー自作曲)、B1(メンゲルベルク作)が楽しめ、一聴するとブルースと気づかないほどさりげないドルフィーのオリジナル・ブルース曲A2、B3が本作の余裕を湛えます。実際の演奏順を組み換えてAB面にバス・クラリネット、フルート、アルトサックス演奏が交互に並ぶ配曲も巧みです。ドルフィーのメイン楽器であるアルトサックス演奏が比較的あっさりしているのはない物ねだりになりますが、それはアルトサックス演奏中心の名盤『At The Five Spot, Vol.1』で堪能できるので、ドルフィーのリーダー作15枚はデビュー作『Outward Bound』、ライヴの名盤『At The Five Spot, Vol.1』、遺作になった本作『Last Date』の3枚でたどれます。なかんずく本作はドルフィーが創造力の絶頂を維持したまま急逝したのを伝えるアルバムです。