美はおそろしいものの、ほか二つのにせソネット | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

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元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。

Vassily Kandinsky, "Improvisation 26", 1912

美はうつくしいものの
目についた日常的物事への醜悪ソネット

「美はおそろしいもののはじまりだ」と リルケは書いた
美とは絶妙の均衡 だからそれはくずれやく 綿毛のひと吹きで
崩壊し おそろしいもののがやってくる だとすれば美の
反対のもの 猥雑さとは融通が利くので 少しのことでは

くずれない それはみにくいがゆえに べったりと安定している
散らかった部屋 混乱した思考 取りみだしたふるまい
ある日曜日 いつもの そして毎週の日曜日の朝
台所には洗わない皿や碗 汚れた水がたまり 彼女は寝起きの

ままの ぼさぼさ髪で 鎮痛剤の抜けない魯鈍な表情のまま
埃まみれの電気オーヴンで 買い置きの からびて固くなった
パンを焼き まずい朝食を 支度する 温かいスープもなしに

テレビは十二干支の運勢を告げ 駅前交番の看板には 昨日の
この町の死傷者と 空き巣や詐欺に注意のポスターが 風になびく
いつもの光景が さしまねく この日曜は ほげーっとして平和だ


風の吹く丘、吹かない丘
目についた日常的物事への醜悪ソネット

平坦な線は地平まで延びた
静かに錘の降りたこの丘
町いちめんを見わたすベンチから
ぼく、浮浪者は眠りから覚めた

幾歳月が一瞬に
ぼくの思推をつらぬいた
逃げるかとどまるかの両端に
ぼくはいつも 引き裂かれている

風の吹く丘 吹かない丘
秋より前の記憶はぼくにはない
ぼくはなぜこのようで

なければならないのか ぼくは
責めたてられている いつも
過去は長く 昼間は短かすぎる


ある(ありふれた)監禁
目についた日常的物事への醜悪ソネット

この建物の一階は普通の建物の二倍ある
最上階の五階は地上30メートル以上にある
いま最上階の住人 ぼくは 空気の稀薄さをまざまざと
感じ 殺気だった沈黙をひしひしと
全身の毛穴から 感じる

まっすぐな廊下に20室 刑務官が40分おきに往復する
一人でいることは 集団より心地良い 見回りの時間以外は
寝ていることも 誰にも見られずに一人で日記を
つけることもできる 静かに 没頭して

これほどの 沈黙しきった塔にいたことは かつてない
ぼくは窓に寄った そのとき 鳥の影がさっと窓外を
鋭い鳴き声とともに かすめるのを 見た

地上30メートルもの高層を ぼくは 見まちがい 聞き違いではないかと
自分を疑ったが たしかにぼくはこの監禁で それを
体験した 鋭い声をあげてよぎる 鳥の影を見た という体験を


(未定稿の旧作から一部を取り出してきました。「翼ある蛇~ヘンリー・ダーガーに」連作と平行する間奏的断篇です。お粗末な代物ですが、公開いたします。)