クロマニヨン - オーガズム (ケイヴ・ロック) (ESP, 1969) | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

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元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。

クロマニヨン - オーガズム (ケイヴ・ロック) (ESP, 1969)
クロマニヨン Cromagnon - クロマニヨン (オーガズム、ケイヴ・ロック) Cromagnon (Orgasm, or Cave Rock) (ESP, 1969)

Originally Released by ESP-Disk 2001, 1969
Reissued by ESP-Disk/ZYX Music 2001-2, CD as "Cave Rock", 1993
Reissued by ESP-Disk/Get Back Records ESP 2001, CD as "Orgasm", 1998
Produced by Austin Grasmere, Brian Elliot
All composed by Austin Grasmere, Brian Elliot
(Side A)
A1. Caledonia - 3:42
A2. Ritual Feast Of The Libido - 3:25
A3. Organic Sundown - 7:13
A4. Fantasy - 7:15
(Side B)
B1. Crow Of The Black Tree - 9:45
B2. Genitalia - 2:42
B3. Toth, Scribe I - 10:33
B4. First World Of Bronze - 2:32
[ Cromagnon ]
«Band»
Austin Grasmere - lead vocals, music
Brian Elliot - lead vocals, music
«Connecticut Tribe»
Peter Bennett - bass guitar
Jimmy Bennett - guitar, bagpipes
Vinnie Howley - guitar
Sal Salgado - percussion
Nelle Tresselt - honorary tribe member
Mark Payuk - vocals
Gary Leslie - vocals, multi-sound effects
(Original ESP "Cromagnon" LP Liner Cover & Side A/B Label)

 本作はESP-Diskのレーベル活動休止近い1969年後半にリリースされたために発表当時ほとんど注目されませんでしたが、1993年にESP-Disk作品の一斉初CD化が行われた際に『Cave Rock』と改題されて再発売されて以来もっとも注目されたESPのロック・アルバムとなり、ESPの活動再開から『Orgasm』と再改題されて再々CD化(その際に、オリジナル盤ではおそらく資金難のためにモノクロの線画だけだったジャケット・アートが着色されています)された1998年以降は'60年代ロック最後期の最重要里程標的実験ロック・アルバムとして古典的評価が定着したもので、英語版ウィキペディアにも各種文献を引例したクロマニヨンの項目、さらにアルバム『Orgasm』の独立解説項目まで設けられているほど再評価の進んだアルバムです。2006年には音楽サイトPitchfork Mediaによって本作のA1「Caledonia」が1960年代ロックの名曲200選の163位にランクされました。クロマニヨンは本作のみをESPに残したバンドでしたが、2002年にはパーカッショニストのサル・サルガドゥの消息が判明し、コネチカット州のラジオ局がインタビューに成功しました。サルガドゥの証言から要点を抄訳すると、

「アルバムのオリジナル・コンセプトは、10年単位の音楽の進歩をとらえる、というものだった。1959年にはエルヴィスが腰を振って人々、ことに女性ファンを熱狂的に踊らせた。そして10年後の1969年、ジミ・ヘンドリックスやザ・フーが強烈にマーシャル・アンプをフィードバックさせたギター・サウンドで誰も予期しなかった音楽に脚光を浴びさせた。そこでわれわれは1969年に、1979年には普通に実現されているに違いない音楽パフォーマンスを予測して実践することにした。グラス(葉っぱ)を吹きながら詩をがなり立て、マイクロフォンにホースで水を注ぎ、などなど……」

 そして21世紀の現在、このアルバムはアヴァンギャルド、サウンドコラージュ、オブスキュロ、サイケデリック・ロック、ノー・ウェイヴ、ノイズ、インダストリアルのジャンルをすべて網羅し、先取りした作品と各種音楽誌や音楽サイトで絶大な再評価を獲得しました。Allmusic.comの批評では本作をミニストリーやレヴォルティング・コックスらの先駆とし、さらにスロッビング・グリッスル、スキニー・パピー、ティーンエイジ・ジーザス&ザ・ジャークス、アインシュテュルツェンデ・ノイバウテン、コントロールド・ブリーディングらを引きあいに出しています。またジュリアン・コープの音楽サイト、ヘッド・ヘリテージの2011年のレビューでは本作をノイバウテンとブラック・メタルの中間に位置するサウンドと位置づけています。2009年のダステッド・レビュー誌のジェニファー・ケリーの批評では、本作は「意図的に限界まで迫った恐怖実験へのチャレンジであり、クロマニヨンがあえてそのためにノイズと台詞、エレクトロニクスとフィールド・レコーディングの奇妙な混交を行ったのは間違い」とされています。また多くの批評家は本作にフィル・スペクターの「ウォール・オブ・サウンド」録音の影響を指摘しています。その結果、本作はたいがいアルバム収録時間が短いESPでは異例の、AB面各4曲でトータル48分強の長時間収録を誇る、究極の拷問実験ロック・アルバムになりました。

 本来フリー・ジャズ・レーベルとして創設されたインディー・レーベル、ESP-Diskのロック~フォーク・アルバムには、アルバート・アイラーに代表されるフリー・ジャズの名盤の数々はもちろん、発売当初から高く評価され今なお人気の高いファッグスやパールズ・ビフォア・スワインの優れたアシッド・ロック・アルバム、あまりに自虐的なまでに壊滅的なために記憶されているゴッズの諸作、またエド・アスキューやMIJといったアシッド・フォーク・シンガーソングライターの優れた唯一作がありますが、良くも悪くも'60年代的なESPのアルバム群にあって、実験的な録音テクニックとノイズ、サウンドコラージュ、エレクトロニクス実験の要素を本体とするクロマニヨンの本作は、ESPにあってほとんど唯一(ジャズ部門のサン・ラを除けば)の未来指向のアルバムになりました。本作の無機的なノー・ウェイヴ~ノイズ~インダストリアル指向はほとんどのロックのスタイルが揃っていた'60年代末でも他に類例を見ないもので、イギリスの実験エレクトロニクス・バンド、デイヴィッド・ヴォーハウスのホワイト・ノイズ(『An Electric Storm』Island, 1969.6)でも本作と比較すればまだしも従来の音楽的発想によるものです。クロマニヨンの双頭リーダーの作曲家コンビ、オースティン・グラスメア(2009年逝去)とブライアン・エリオット('70年代に交通事故で事故死)は本作以前にも以降にもローカル・レーベルから2枚のシングル(1967年、1968年)を発表したガレージ・ロックバンド、ボス・ブルースしか活動実績がなく、ボス・ブルースは普通のガレージ・ロックなのでますますクロマニヨンの唯一のアルバムは突然変異的な作品と見るしかなく、メンバーの証言通り本作は'70年代末以降のノイズ~インダストリアル系バンドと比較してすら突出した内容を誇ります。ファッグスから始めて代表的なESPのロック・アルバムをご紹介してきましたが、本作はレーベル活動休止前('70年代半ばに数年、'90年代末からは本格的に活動を再開しますが)のESPが放った強烈な最後っ屁です。おそらく本作ほどの内容ならば、ESPが存在しなくても他のインディー・レーベルからのリリースがあり得たでしょうが、その場合でもやはり理解されるまでほぼ25年はかかったに違いなく、この禍々しいサウンドが目指したものは、まさに四半世紀早かったインダストリアル・ブラック・メタルそのものです。