レニー・トリスターノ(4) ニューヨーク・インプロヴィゼーションズ (Elektra,1983) | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

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元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。

レニー・トリスターノ - ニューヨーク・インプロヴィゼーションズ (Elektra, 1983)
レニー・トリスターノ Lennie Tristano - ニューヨーク・インプロヴィゼーションズ New York Improvisations (Elektra/Musician, 1983) 

Recorded at Lennie Tristano's Manhattan Studio, East 32nd Street, New York, 1955-1956
Originally Released by Warner / Elektra Records Musician 96-0264-1, 1983
Reissued by Jazz Records JR11CD as re-titled "Manhattan Studio", 1996
(Side 1)
A1. Manhattan Studio - 3:40
A2. My Melancholy Baby (Burnett-Norton) - 6:30
A3. Lover Man (Davis-Ramirez-Sherman) - 3:42
A4. I'll See You In My Dreams (Jones-Kahn) - 3:06
A5. There Will Never Be Another You (Gordon-Warren) - 3:45
(Side 2)
B1. Momentum - 6:37
B2. Mean To Me (Ahlert-Turk) - 4:54
B3. All The Things You Are (Hammerstein-Kern) - 6:31
B4. I'll Remember April (DePaul-Johnston-Raye) - 3:29
[ Lennie Tristano Trio ]
Lennie Tristano - piano
Peter Ind - bass
Tom Weyburn - drums
(Original Elektra/Musician "New York Improvisations" LP Liner Cover & Side 1 Label)
 レニー・トリスターノ(1919~1978)がなかなか全体像が見えず、その業績にもかかわらず何かきっかけがなければなかなか聴かれることのない過小評価(または一部のリスナーによる過大評価)ジャズ・ピアニストなのは、こういうアルバムがあるからでもあります。本作はトリスターノがワーナー傘下のアトランティック・レコーズとの契約時期(1955年-1962年)に制作されたピアノ・トリオ作品で、親しみやすいスタンダード曲が並び、トリスターノの録音中もっとも一般的なピアノ・トリオらしいスタイルの内容の作品なのに、トリスターノ自身は本作を完成しておきながら生前未発表とし、没後5年経って発表されました。選曲はトリスターノが生涯敬愛したビリー・ホリデイ、レスター・ヤング、チャーリー・パーカー、バド・パウエルゆかりのスタンダード曲が並び、オリジナル曲を2曲含みますが、A1「Manhattan Studio」は1953年のミュージカル『カン・カン』挿入歌「It's All Right with Me」のコード進行を使ったインプロヴィゼーションで、B1「Momentum」は1939年のチャーリー・バーネット楽団版の大ヒット以降無数のジャズマンがカヴァーした大スタンダード曲「Cherokee」のコード進行によるインプロヴィゼーションです。他の収録曲は有名なスタンダード曲が並び(A4「I'll See You In My Dreams」はこれらの有名曲の中では比較的あまり採り上げられない曲ですが)、トリスターノの録音にしては珍しくピアノ、ベース、ドラムスの標準的ピアノ・トリオ編成で原曲のテーマを崩さずにきっちりと前後に弾き、中盤にアドリブ・ソロがあるという、まるで普通のピアノ・トリオのような演奏フォーマットを採っており(オリジナル2曲もトリスターノ自身による変奏テーマが演奏されます)、トリスターノならではのテーマとアドリブ、インプロヴィゼーションが渾然となって進行する初期のクール・ジャズ・スタイルとは一変した、ビ・バップ~ハード・バップのピアノ・トリオの演奏フォーマットを踏襲したスタイルになっています。

 トリスターノはLPレコード開発前の1940年代にレコード・デビューしたピアニストでしたから、楽歴の前半生はSP(シングル)レコード時代だったので、LPレコード時代になって生前にみずから発表したフルアルバムは3枚、『鬼才トリスターノ(Lennie Tristano)』Atlantic,1956(rec.1954-1955)、『レニー・トリスターノの芸術~ニュー・トリスターノ(The New Tristano)』Atlantic, 1962(rec.1961)、『メエルストルムの渦(Descent into the Maelstrom)』East Wind, 1976(rec.1951-1966)だけで、このうち『メエルストルムの渦』は10年から25年にさかのぼる未発表曲集のコンピレーションでしたから、新録音として発表されたアルバムはアトランティックからの2枚しかありません。東芝傘下で1976年に設立されたEast Windレーベルは頼もしいジャズ史家・児山紀芳氏の監修で不遇ジャズマンの新作制作を進めており、児山氏はトリスターノに新作録音を依頼しましたがトリスターノが送ってきたのは未発表旧録音のコンピレーション『メエルストルムの渦』だったので、これも貴重な内容からリリースするとともに(同作は1976年度のスイングジャーナル・ジャズ・ディスク大賞「編集企画賞」を受賞しました)、次作は新作録音をと約束を取りつけましたが、トリスターノは翌年逝去してしまい新作録音は実現しませんでした。トリスターノのSPレコード時代や10インチLP時代の録音は後から12インチLPレコード、また現在はCDでアルバム化されましたが、生前には前述の3枚しか公式フル・アルバムを発表しなかったのです。

 トリスターノをモダン・ジャズ史上の巨匠とする評価は1950年までのSPレコード時代にすでに確立しており、1946年~1949年のソロ、トリオ、カルテット、クインテット、セクステット録音は白人ジャズマンでは唯一当時の黒人ビ・バップに対抗しうるオリジナリティと爆発的創造力を示しており、この時期のトリスターノの業績が直接・間接的にその後の白人ジャズ全体に与えた影響は、ビ・バップでチャーリー・パーカーが黒人・白人ジャズマン問わず圧倒的な影響力を誇った業績と拮抗するものでした。トリスターノは白人ジャズの改革者となり、ジャズ・ピアニストとしてものちのビル・エヴァンスやセシル・テイラーの登場を予見し、ある意味ではモンクやバド・パウエルと並んで、エヴァンスやテイラーよりもジャズ・ピアノのあり方を改革した画期的な業績をのこしながら、その真価はミュージシャンズ・ミュージシャンにとどまり、一般的なリスナーの認知度は比較にならないほど過小評価された孤高の存在でした。

 もしLP時代になってからの上記3作を発表しなくても、トリスターノはSP時代の録音だけですでに革新的な仕事は成し遂げていたアーティストでした。早逝していたらなおトリスターノの伝説化は肥大していたかもしれません。ですがトリスターノは反商業主義姿勢からみずから活動を縮小し、極端な寡作ジャズマンになり、晩年10年間(最後のライヴは1968年でした)は人前での演奏活動もせず、未発表録音の整理と個人指導の音楽教室運営に専心し、最晩年まで児山氏に代表される熱心なリスナーからカムバックを期待する声にも応えず、唯一最晩年に未発表録音のコンピレーションを残しただけで世を去りました。トリスターノのキャリアは、自分から陰棲した晩年でしたし、実際インタビューには応じてもそれをきっかけにライヴ活動や新録音を再開することはありませんでした。ところが、トリスターノの没後にはトリスターノ自身によって編集・完成されていた未発表アルバムが次々と発見されることになりました。録音年代順に並べると、
・Live at Birdland 1949 (rec.49, Jazz Records JR1-CD, 1979)
・Lennie Tristano Sextet : Wow (rec.50, Jazz Records JR9-CD, 1991)
・Live in Tronto 1952 (rec.52, Jazz Records JR5-CD, 1982)
・The Lennie Tristano Quartet (rec.55, Atlantic SD2-7006, 1981)
・New York Improvisations / Manhattan Studio (rec.1955-1956, Elektra/Musician 96-0264-1, 1983 / Jazz Records JR1-CD, 1996)
・Continuity (rec.58&64, Jazz Records JR6-CD, 1985)
・Note To Note (rec.65, Jazz Records JR10-CD, 1993)
・Concert in Copenhagen (rec.65, Jazz Records JR12-CD, 1997)
・Betty Scott Sings With Lennie Tristano (rec.65,71&74, Jazz Records JR13-CD, 2001)
・Charle Parker & Lennie Tristano Complete Recordings (rec.47-51, Difinitive Records DRCD 11289, 2006)
・Chicago April 1951 (rec.51, Uptown UPCD 27.78/27.79, 2014)
・Lennie Tristano Personal Recordings 1946-1970 (6CD, Mosaic Records MD6-272, 2021)

 年代に偏りがあり、特に'50年代以降には集中的に録音を残している時期と空白期があるのもトリスターノの活動が散発的になったからで、それでは商業ベースの音楽活動は成り立っていなかったでしょう。それでも生前のうちにこれだけの録音を適度な間隔を置いて発表していたら、寡作ながらも全体像が見えてきていたでしょうし、SPレコード時代・1950年以降のトリスターノの音楽の変遷も十分とまではいかないまでもたどることができたでしょうが、上記の「Jazz Records」はトリスターノの遺族と門下生が1979年から運営しているインディー・レーベルで、アルバムを廃盤にしない代わりに再プレスが15年周期という会社でもあり、直販ならともかく通販サイトでも入手に苦労します。大手通販サイトは初回入荷分が完売するとこんなマイナー・インディー・レーベル、しかもトリスターノ専門のレーベルには追加発注をかけないのです。トリスターノ音源はまだまだ埋もれていて、2006年にはチャーリー・パーカーの発掘盤専門レーベルのDefinitive Recordsから1947年~1951年に渡るパーカーとトリスターノの共演音源24曲をまとめた『Charlie Parker with Lennie Tristano Complete Recordings』(Definitive Records DRCD11289)がリリースされましたし、バンド録音でもっとも最新のものでは2014年に、
・Chicago April 1951 (Uptown Records UPCD27.78/27.79)
 が発売されて話題を呼びました。音質最上、リー・コニッツとウォーン・マーシュを含むトリスターノのレギュラー・クインテットの2CDで105分、選曲もこの時期までのトリスターノ・クインテットのベストと呼べるものである上に当然完全新発見で、遺族や門下生らJazz Records関係者の名前がSpecial Thanksに上げてありますから、Jazz Recordsはこの発掘ライヴに関しては'40~'50年代のジャズ未発表音源発掘レーベルとして実績があるUptown Recordsに譲ったのでしょう。アトランティックからの2枚の実験的アルバムよりトリスターノの音楽の精髄はこちらの方にあるというくらい素晴らしい発掘ライヴです。発掘音源に定評のあるUptown RecordsのCDは大手通販サイトも常備していますから、入手し易さや内容の良さらもお薦めできるどころかトリスターノ派クール・ジャズの決定盤として必聴のアルバムになっています。さらに昨年出たばかりの、既発表音源・未発表音源を網羅したCD6枚組にもおよぶソロ・ピアノ集、
・Lennie Tristano Personal Recordings 1946-1970 (6CD, Mosaic Records MD6-272, 2021)
 となると、トリスターノのリスナーには垂涎のアイテムなるも初心者にはあまりに荷が重く、限定発掘・復刻レーベルのモザイク・レコーズからのリリースがそれに輪をかけています。未発表分だけをすっきりした2~3枚組セットでメジャー・リリースしてほしかったところですが、トリスターノの未発表アルバム自体が今やメジャー・リリースは困難なのでしょう。

 生前にトリスターノが筐底に秘めていた音源のうち、1955年6月のカルテット・ライヴは『鬼才トリスターノ』収録ライヴの完全版で、マスター・テイクの選出まで済んでいたものでしたから没後にすんなりアトランティックから発売されました。また『鬼才トリスターノ』の翌年に制作された、1955年~1956年のピアノ・トリオ・アルバムである本作は、やはりワーナー傘下でアトランティックの系列レーベルのエレクトラが『New York Improvisations』として発売し、後にジャズ・レコーズから『Manhattan Studio』としてCD化されました。トリスターノは音楽教室(こちらが本職でした)のために自宅スタジオを持っていましたから『鬼才トリスターノ』のスタジオ録音分、『レニー・トリスターノの芸術~ニュー・トリスターノ』全編もトリスターノの自宅スタジオで制作されたものですが、この平易かつ優れたピアノ・トリオの本作が生前に発売されていたら、どれほど評価され、これまでになく広いリスナーを獲得していたかと思うと、本作を生前未発表のままにしていたトリスターノの真意には計り知れないものがあります。録音が連続していることから本作は実験的な『鬼才トリスターノ』の代償にアトランティック・レコーズから求められて制作されたアルバムだったとも思われ、これほど優れた、バド・パウエルやパウエル派ピアニストのトリオ・アルバムに抗してもピアノ・トリオ・ジャズの名盤と呼べる内容ながらも、トリスターノもアトランティックも本作をお蔵入りにさせていたのは他のジャズ・ピアニストなら考えられないことで、本作はバド・パウエルの『ジャズ・ジャイアント』や『バド・パウエル・イン・パリ』、セロニアス・モンクの『セロニアス・モンク・トリオ』や『ユニーク・セロニアス・モンク』、ビル・エヴァンスの『ポートレイト・イン・ジャズ』や『ワルツ・フォー・デビー』に匹敵するポピュラリティーを持ちながら、おそらくパウエル、モンク、エヴァンスのリスナーの10万分の1もいそうにないレニー・トリスターノの熱心なリスナーにしか聴かれていない幻の名作ピアノ・トリオ・アルバムです。おそらく通常発売されていたら、本作こそがトリスターノの代表作かつ入門編に最適なアルバムとしてジャズ名盤ガイドに必ず上げられる作品となったでしょうが、本作をお蔵入りにしたトリスターノの次作の生前発表アルバムはさらに5年あまり後、『鬼才トリスターノ』よりさらに過激な完全ソロ・ピアノ・アルバム『レニー・トリスターノの芸術~ニュー・トリスターノ』で、生前発表の新作録音は同作が最後になったことからも、トリスターノの狷介孤高な性格がうかがえます。

(旧記事を手直しし、再掲載しました)