はちみつぱい - センチメンタル通り (ベルウッド, 1973) | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

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元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。

はちみつぱい - センチメンタル通り (ベルウッド, 1973)
はちみつぱい - センチメンタル通り (ベルウッド, 1973) :  

Released by キング・レコード/ベルウッド・レコード OFL-16, November 5, 1973
(Side 1)
A1. 塀の上で (words & music : 鈴木慶一) - 6:28
A2. 土手の向こうに (words & music : 鈴木慶一) - 4:26
A3. 僕の倖せ (words : 松本圭司, music & arranged : 渡辺勝) - 6:19
A4. 薬屋さん (words & music : 鈴木慶一) - 3:40
(Side 2)
B1. 釣り糸 (words & music : かしぶち哲郎) - 5:20
B2. ヒッチハイク (music & arranged : はちみつぱい) - 3:22
B3. 月夜のドライヴ (words & music : 山本浩美) - 6:12
B4. センチメンタル通り (words & music : 鈴木慶一) - 4:25
B5. 夜は静か通り静か (words & music : 渡辺勝) - 2:55
(Bonus Track)
10. 君と旅行鞄 (words : 渡辺勝・鈴木慶一, music : 松本圭司) - 3:56
11. 酔いどれダンスミュージック (words & music : 鈴木慶一) - 2:39
[ はちみつぱい ]
鈴木慶一 - vocal, piano, vibraphone
武川雅寛 - vocal, violin
駒沢裕城 - vocal, steel-guitar
本田信介 - guitar
和田博巳 - bass
かしぶち哲郎 - drums, vocal
with
渡辺勝 - vocal, piano, guitar, organ
坂田明 - alto saxophone
山本浩美, 大貫妙子, 宮悦子, 吉田美奈子 - chorus
(Original ベルウッド "せんちめんたる通り" LP Liner Cover & Side 1 Label)
 本作は発売以来廃盤になった期間もなく聴き継がれてきた日本の'70年代ロックのロングセラー・アルバムで、ソフト・ロック系のはっぴいえんどの全3作や大瀧詠一プロデュースのシュガー・ベイブ(山下達郎、大貫妙子在籍)の『SONGS』1975.4と並ぶ非ビート・グループ、非ブルース・ロック、非ハード・ロック系の、強いて言えばアメリカン・ルーツ・ロック系の名作です。特にザ・バンドの影響が強いのはアルバム冒頭の名曲A1「塀の上で」でも感じられ、この曲は3/4拍子の失恋歌のバラード(=トーチ・ソングTorch Song、通常女性歌手のレパートリーですが)で、羽田空港から旅だっていく恋人との別れを歌った曲は1973年の井上陽水のミリオンセラー・アルバム『氷の世界』にもありましたが、軽快な井上陽水の失恋歌よりもザ・バンドのデビュー作のA1「怒りの涙(Tears of Rage)」を思わせる重心の低いリズム・アレンジにルーツ・ロック的な深い哀愁を秘めた、日本の‘70年代ロックのバラードでは安全バンドの「13階の女」と並ぶ名曲です。また「塀の上で」や「13階の女」が名曲ではありながらポピュラー性に欠けるのはビートの重心の低いロックのバラードだからこそと言え、例えば‘90年代のTVアニメのED(勃起不全ではありません)テーマに使われたスタンダード曲「Fly Me To The Moon」が広く受け入れられたのはジャズ・スタンダードだったからではなく日本人好みのボサ・ノヴァだったからで、下手な弾き語りの路上歌手がてっとり早くムードを出しやすいJ-POP曲の安易なボサ・ノヴァ・アレンジを好んで歌うのと同じ現象であり、「塀の上で」や「13階の女」はそうした通俗性とはっきり一線を画すものです。本物のジャズのバラード・スタンダード曲「Embraceble You」や「How Deep is The Ocean?」などは最高のビリー・ホリデイ、チャーリー・パーカーのヴァージョンを選んでTVアニメ・シリーズのEDテーマに使ってもまるで人気は博さないでしょう。ブラジルのポルトガル系富裕白人階級が生んだボサ・ノヴァは日本では渡辺貞夫、高柳昌行ら先進的なジャズマンが真っ先に注目しましたが、アメリカでの一時的大流行以来一気に通俗化して、通常は主流ジャズとは区別されます。日本の‘70年代ロック最大のバラード・ヒット曲「メリー・ジェーン」のボサ・ノヴァ・アレンジなど考えられないことを思えば、「Fly Me To The Moon」はたまたまお洒落なラウンジ・ジャズ風ボサ・ノヴァとして受け入れられたのにすぎない(アメリカではその程度に認識されている曲です)ので、「塀の上で」は、安全バンドの「13階の女」と同様、断固としてボサ・ノヴァ・アレンジなど受けつけない、お洒落とは無縁なロックのバラード名曲だからこそ光り輝いています。

 はちみつぱいは本作きりで解散しましたが復活コンサートを望む声はずっと高く、1988年には未発表曲多数を含む'70年代のライヴ音源を選りすぐった『はちみつぱいセカンド・アルバム~イン・コンサート』発売後の大きな反響から最初の一時的再結成コンサートが行われ、新たなライヴ・アルバムも制作されました。2009年には『セカンド・アルバム~イン・コンサート』のノーカット大幅増補版と言うべきCD9枚組のボックスセット『THE FINAL TAPES はちみつぱい LIVE BOX 1972-1974』が発売され、これも大きな話題になりました。渋谷駅すぐの裏路地にあったロック喫茶前の通りを写した本作のジャケットにしびれて、筆者の学生~20代の頃にはまだあったその地下のロック喫茶を聖地巡礼よろしく訪ねたこともある記憶を重ねると、本作が'70年代というより昭和40年代末の雰囲気をまるごとパッケージした作品として多くのリスナーを魅了し、1作きりのアルバムしか残さなかったにもかかわらず9枚組もの発掘ライヴ・ボックスが求められるほど愛されたバンドだったのをしみじみと感じます。

 はちみつぱいは当初フォーク・シンガーあがた森魚のバックバンドとして活動を始めました。北海道出身のあがたは自主制作盤を持って上京し工場でアルバイトをしていましたが、パートの主婦が「うちの息子も音楽好きで友だちいないから、よかったら会ってやって」と引き合わされたのが鈴木慶一だったという出会いだったそうです。元ジャックスの早川義夫に認められたあがたは早川がディレクターを勤めていたURCレコードからデビューが決定し、鈴木慶一は解散コンサートのはっぴいえんどのサポート・メンバーにも起用されます。やがてはちみつぱいはあがたのバックバンド以外の機会でも独立して活動するようになり、ムーンライダースとして再編されたのちにはアグネス・チャンら歌謡曲歌手のバック・バンドを勤める一方、はちみつぱい本来の活動では日本のグレイトフル・デッドと呼ばれる存在になりました。

 また、前述のようにザ・バンドからの影響も大きく、はちみつぱいの音楽性はザ・バンドやグレイトフル・デッドからの影響をはっぴいえんど譲り(はっぴいえんどの影響源はバッファロー・スプリングフィールドやモビー・グレイプでしたが)の日本的抒情性をフィルターにしたもので、当時グレイトフル・デッドからの影響が大きかった日本のバンドには小松を拠点としためんたんぴんもいますが、めんたんぴんはデッドと同じくらいストーンズからの影響を公言するだけあってあっけらかんとしたロック性に特色があり、はちみつぱいのような抒情性(それはドメスティックなフォーク性とも言えますが)は稀薄でした。また当初ザ・バンドからの強い影響を受けたサウンドでデビューしたバンドに葡萄畑がいますが、セカンド・アルバムでは10c.c.そっくりのモダン・ポップ路線(はちみつぱいもムーンライダースに再編後同様の方向に進みますが)に転向したように、必ずしもアメリカン・ルーツ・ロック的なバンドとは言えません。
 
 9枚組ボックスセットのリリースで判明したのは、はちみつぱいは1972年~1974年のほぼ毎年にメンバーの入れ替わりとレパートリーの入れ替えがあり、活動時期はほぼ3期に分けられるということです。活動期間中唯一のアルバム『センチメンタル通り』1973はちょうど中期に当たるメンバーとレパートリーの録音で、同作以前に初期はちみつぱいの作風の時期があり、グレイトフル・デッド的なサイケデリック・カントリー風インストルメンタル・ジャムを重視していたのはその初期はちみつぱいです。中期はザ・バンド的な複数リード・ヴォーカルの強調によって楽曲性やアレンジの密度を高め、後期はちみつぱいはザ・バンド路線を継承しつつ、はちみつぱい解散後の鈴木慶一のソロ『鈴木慶一とムーンライダーズ/火の玉ボーイ』1976.1のアメリカン・ロックとブリティッシュ・ポップを結ぶ音楽性を予告しています(今回のリンク音源のBonus Track「酔いどれダンスミュージック」は『火の玉ボーイ』収録曲の後期はちみつぱいヴァージョンです)。

 はちみつぱいがグレイトフル・デッド的でもめんたんぴんと大きく異なるのはデッド~めんたんぴんのアシッド・ロック性がはちみつぱいにはほぼ皆無なことで、鈴木慶一がやはりアシッド・ロック性を排除していたはっぴいえんどの系譜にあることを示しているようです。それを別としてもはちみつぱい解散後の鈴木慶一の最初のソロ・アルバム『鈴木慶一とムーンライダーズ/火の玉ボーイ』は『センチメンタル通り』と並ぶ名作で、この後鈴木慶一が正式に結成するバンド、ムーンライダーズとも微妙に異なる、レギュラー・バンドではない一期一会のセッション・メンバーならではの一回性の美しさを備えたアルバムです。次回ご紹介しましょう。