15年か20年前に描いた水彩画を整理していたら、パリの絵が出てきました。パリには1972年の夏にアメリカ留学の帰りに大西洋を渡って妻のパリ大学での短期留学のために4か月ほど滞在しました。
サンジェルマンにもよく来ました。貧乏旅行なので、カフェでコーヒーを飲むのが精一杯でした。描いたのはサンジェルマン大道りのドゥマゴ。
このカフェの向かいに6世紀中頃に建てられたロマネス様式のサンジェルマン・デ・プレ教会があります。
今でも思いだすのが、地下鉄の乗っている時に、アメリカの旅行家族の小学生の子が大きな声で「セイント・ジャーマン・デス・プレス」と叫んだことです。私達は顔を見合わせて「やっぱり」と微笑みました。と言うのは私達の息子もそう発音したからです。アメリカの小学校に行ってましたから英語はペラペラでした。
最近のパリは日本に対する偏見も少なくなったでしょう。今から50年前のパリのフランス人の偏見はひどくて大変でした。アフリカやベトナムなど旧植民地からの人達が結構いました。日本人は殆どいません。ベトナムは日本とは友好国です。知り合ったベトナム人のカップルからご馳走になったことがあります。
このドゥマゴの左側にフロールというカフェがあり、その昔実存主義の哲学者サルトルとボーヴォワールが入りびたっていたのは有名な話です。私はそんな偏見に満ちたパリが大嫌いでした。
奥は美術館
そんなドゥマゴの支店が渋谷の東急百貨店の地下(BUNKAMURAがある)にあります。フランス式ですからお昼にオムレツを頼んでも出てきません。
