宿泊地から、昨日たびを終えたところまでやってきた。

今日が今回のたびの2日目。おかげさまで体調も悪くなく、予定通りの行程を完歩しようと歩き始める。
昨日たびを終えたところから、南の方角へ歩く。
JR線と秩父鉄道線の踏切を渡り、少し歩いたところで丁字路に出た。

ここから道なりに旧中山道を歩く。また、ガイドブックなどでもはっきりとした記載は見つけられなかったが、どうやらこのあたりではすでに熊谷宿を出てしまっていたようだ。
熊谷宿を後にして、鴻巣宿へ向かう。
5分ほど歩いたところで、八丁の一里塚跡の案内看板を建てて頂いているのを見つけた。

一里塚跡を後にして、歩く。
5分ほど歩いたところで、道が分岐していた。

グーグルマップやガイドブックに従い、左に逸れる道を進む。
2~3分歩いたところで丁字路に出た。

グーグルマップやガイドブックに従い、右折し、歩く。
少し歩いたところでまた丁字路に出た。

またグーグルマップやガイドブックに従い、左折して歩く。
10分ほど歩いたところで、また道が分岐していた。

グーグルマップやガイドブックに従い、右の方向へ進む。
少し歩いたところで堤防に出た。

ここは荒川の堤防のようだ。
近くに冠水橋跡の石碑が建てられていた。

ここでは昭和30年までは「渡し」が行われ、また昭和30年に久下冠水橋がつくられたが幅がせまく、ゆずり合いながら橋を渡ったことから「思いやり橋」と呼ばれていたそうだ。
石碑を過ぎて、歩く。
少し歩いたところで堤防から降りる道となっていた。

堤防を降りて道なりに歩く。
このあたりでは、歩車道境界ブロックがないところが多く、また通行車両も多かったので、邪魔にならないように慎重に歩く。
20分ほど歩いたところでまた堤防沿いに出た。

グーグルマップやガイドブックに従い、ここから堤防下の道を進む。
15分ほど歩いたところで、小さな祠があるをの見つけた。

グーグルマップやガイドブックによると、ここには久下の一里塚とよばれる一里塚があったそうだ。
グーグルマップやガイドブックに従い、ところどころ堤防上に出ながら堤防下の道を歩く。
10分ほど歩いたところで、また道が分岐していた。

ここはガイドブックでは詳しい道筋は記載されておらず、ガイドブックに従い、堤防と集落の間の集落沿いの道を歩く。
5分ほど歩いたところで、また堤防下の道に出た。

ここからまた堤防下の道を歩く。
5分ほど歩いたところで、堤防下からおりる道筋となっていてお堂が建てられていた。

このお堂は権八地蔵というお地蔵様が祀られているそうだ。権八というのは盗人で、その現場をこのお地蔵様に見られ、誰にも言わないでくださいといったところお地蔵様が私は言わないがあなたも言うなといったそう。
なぜお地蔵様がそのようなことを言うのか、どのような背景があったのだろうかとひとり思いならが、歩く。
2~3分歩いたところで中山道の標柱を設置頂いているのを見つけた。

標柱を見て間違いなく中山道を歩いていることを確認し安心しつつ、また歩く。
10分ほど歩いたところで、JR線にぶつかった。

このあたりでは、旧中山道をJR線が横断しているかたちとなっているようだ。
高架橋でJR線を渡る。
渡ったところに中山道間の宿の標柱を設置頂いているをの見つけた。

このあたりには吹上と呼ばれた間の宿があったそうだ。
ここからまたグーグルマップやガイドブックに従い、東の方向へ歩く。
5分ほど歩いたところで、道が分岐していた。

ここは、グーグルマップでは道筋は示されておらず、またガイドブックでは左の道筋が正しいように読み取れたが、この近くに設置頂いていた標柱では左の道筋が正しいようにも読み取れ、どちらの分岐が正しいのか分からなかった。いずれにしてもぐるぐる回っていたため歩いたことにはなると思う(^^;。
分岐から南東の方向へ進む。
5分ほど歩いたところで、吹上駅前という交差点に出た。

交差点を渡る。

今日のたびはここまで。鴻巣宿までたどり着けなかったため、タイトルの最後は「~」で終了(^^;。
今日歩いた距離はおおよそ8㌔、所要時間は2時間程度だった。
体力的にはまだ歩けるが、今回のたびは7日間連続で歩くことより無理をしないことにした。
今日は体力を温存し、また明日元気に歩こうと思う。