滞在地から公共交通機関を乗り継いで、前回たびを終えたJR藤野駅前までやってきた。
前回たびを終えたのは先週日曜日。今日は土曜日で、中5日での再開。甲州道中のたびを始めたすぐのころは休日ごとにたびをする自分自身に驚いていたが、次第にあまり何も思わなくなってきた(^^;。やはり「もったいない」精神は強い(^^;。
たびを連続でしていて、前回足の小指が痛くなったので、なんとくつを買い替えた(^^)。と言っても登山靴ではなく、サイズがちょうどいい、また「足に良い」というくつを購入。首都圏滞在も残り2週間少しとなってきており、このくつで出来るだけ歩きたい(^^)。
また、今日は帰路のことを考えると、JR鳥沢駅あたりまでは歩く必要がある(^^;。もしたどりつけなければどうやって帰路につけばいいのか想像できない(^^;。
なにはともあれ、新しいくつでたびを再開!
歩き始めてすぐ左に坂を降りる道があった。
グーグルマップやガイドブックによると、甲州道中はこの道を降りるようだ。
階段状の坂を降りる。
甲州道中はここから西に伸びるこの道を歩くようだ。
道なりに歩いていると桝形状になっていた。
このあたりからが関野宿だったのだろうか。
桝形状の道を通り、歩く。
しばらく歩いていると交差点に出た。
甲州道中はまだまっすぐに進む道となっているようだ。
交差点を渡り、歩く。このあたりでは特に迷うことなく道なりに歩くことが出来た。
しばらく歩いていると、道が分かれていた。
グーグルマップやガイドブックによると甲州道中は道なりに左に進むようだ。
左に曲がり、道なりに歩く。
しばらく歩いていると、アスファルト舗装の道がなくなり、道が細くなっていた。
グーグルマップやガイドブックで間違っていないことを再度確認し、細い道を進む。
しばらく歩いていると、坂道になり、右側にJR線が見えてきた。
坂道を上る。
坂道を登り切ったあたりでJR線を越える跨線橋が見えてきた。
グーグルマップやガイドブックによると、甲州道中はこの跨線橋を渡るようだ。
跨線橋を渡る。
甲州道中はこの跨線橋を渡った先を右に曲がるようだ。
右に曲がり、歩く。
少し歩いたところで左に曲がる道をなっていた。
先ほどの舗装されていない坂道を上がりJR線が見えてきたところからこのあたりまで現在は跨線橋を使い「コ」の字状に歩いたが、往時はJR線もなく、もしかすると直線状に歩いたのでは、と想像してみるものまた楽しい(^^)。
道なりに左に曲がると、車道に出た。
この車道は国道20号線で、ここから甲州道中は国道20号線となっているようだ。
国道20号線に出て左折し、歩く。
道路の反対側に本陣跡の看板を設置頂いていた。
本陣や関野宿の街並みを残していた建物はは明治21年の大火とその後の二度の火災によってほとんど失われてしまったそうだ。たいへん残念なことだが、それでもこのような看板を設置頂いていると往時を偲ぶことが出来、有難い(^^)。
関野本陣跡を後にして、国道20号線を歩く。
少し歩き、歩道橋を過ぎたあたりで右に入る道があった。
グーグルマップやガイドブックによると、甲州道中はこの坂を登る道となっているようだ。
坂を上がり、甲州道中を歩く。
少し歩いたところで今度は左に降りる道があった。
グーグルマップやガイドブックによると甲州道中はこの左に降りる道を進むようだ。
左に降りる道を進む。
少し歩いたところでまた急に道が細くなっていた。
再度グーグルマップやガイドブックを確認し、歩く(^^;。
細い道を抜けるとまた車道に出た。
この車道は国道20号線で、ここからまた甲州道中は国道20号線となっているようだ。
ここから、国道20号線を歩く。
しばらく歩いていると、名倉入口という交差点に出た。
グーグルマップやガイドブックによると、この左に降りる道が甲州道中のようだ。
坂を降り、少し歩くと橋が架けられていた。
ここで川を渡る。川で市町村境となっていることも多く、ここから上野原市のようだが、もう既に関野宿を出てしまっていたようだ。
関野宿から上野原宿へ向かう。
橋を渡り少し歩いたところで丁字路となっていた。
この道は県道520号線で、甲州道中はここからしばらく県道520号線となっているようだ。
丁字路を右折して、歩く。
少し歩いたところで諏訪番所跡があった。
ここに番所があって治安を守っておられたそうだ。江戸時代はこのあたりは相模国と甲斐国との境界で、このような番所が設けられたのだろうか。
番所跡を過ぎて、北西へ伸びる甲州道中を歩く。
しばらく歩いていると、大きな石碑が建てられているのを見つけた。
旧甲州街道と大きく刻まれていて、間違いなく甲州道中を歩いていることが確認出来、有難い(^^)。
石碑を後にして、また北西へ歩く。
しばらく歩き、中央自動車道を高架橋で越えたあたりで塚場一里塚の案内看板が設置されていた。
看板を見て、裏手にまわってみる。
裏手に回ってみると、しっかりと一里塚が保存されていた。
設置頂いていた案内看板によると、この一里塚はカヤの木が植えられていたそうだ。
塚場一里塚を後にして、往時の旅人の気分を味わいながら歩く(^^)。
しばらく歩いていると、新町という交差点に出た。
甲州道中はここで国道20号線と合流し、しばらく国道20号線となってるようだ。
国道20号線を北西へ歩く。
しばらく歩いていると、本町一丁目というバス停があった。
事前に調べた情報によるとこの裏手に上野原宿本陣があったそうで、少し道をそれて行ってみた。
行ってみると大きな門が保存されていた。
この門が往時は本陣の門だったそうだ。
門を見て、なんとなく往時の旅人の気分を味わうとともに、バス停が「本町一丁目」という名前であるのにも興味深く思いながら、国道20号線に戻り、また北西へ歩く。
しばらく歩いていると、また道が分かれていた。
甲州道中はこの道がフォーク状に分かれている交差点の一番左側に入る道を進むようだ。
看板に従い、左折し歩く。
どこまでが上野原宿であったか分かるようなところを見つけることが出来なかったが、本陣跡も過ぎており、なんとなくこのあたりまでとした。
上野原宿を後にして、鶴川宿に向かう(^^)。



























