最寄駅からJRに乗り、草津駅から歩いて旧東海道と旧中山道の追分までやってきた(^^)。


ここに来るのは約2年ぶりだ(^^)。旧東海道のブログに追記したが、2年前に旧東海道を歩いていた際にはなかった近くの国道1号線を渡る橋が完成していた。その橋を渡り終えてからの旧中山道のたび(^^)。

今回のたびでは、守山宿を少し過ぎたあたりまで歩いた。そのため、いつもながらタイトルの最後に~を付けた。

旧東海道と旧中山道との追分に変わらずに立派な道標があった(^^)。


これを見て、2年前にいずれまた旧中山道を歩こうと思う来るかもしれないと思ったのを思い出す(^^)。ついにその日が今日きた(^^)。

道標のそばにトンネルがあり、その横に堤を登る階段があった。


事前に調べた情報によると、旧中山道はこのトンネルをくぐるのではなく、往時は堤を登り、現在は水が流れていない天井川を渡る道となっていたようだ。

ここから中山道六十九次のたびをスタート(^^)!

堤を上がる。


堤の上は整備された歩道となっていた。堤の横は現在は公園のようになっていたが、以前は水が流れ天井川だったのだろう。

堤の上を少し歩くと橋があった。


往時はこのあたりで川を渡っていたのだろうか。川を渡ったつもりで橋を渡る(^^)。

橋を渡り、右に曲がり堤を降りたあたりで三叉路の交差点となっていた。


出発地点の追分からトンネルを抜けた先の天井川の反対側に行くべく、三叉路を右折する。

右折して少し歩くとトンネルの北側に出た。


ここから旧中山道は北東へ伸びる道のようだ。

旧中山道を歩くべく、道なりに北東へ歩く。

北東へ歩き、商店街のアーケードを越えたところで交差点があった。


横目にJR草津駅を見つつ、交差点を渡りまた北東へ歩く。

少し歩くとまた交差点に出た。


旧中山道はまだ北東へ進む道のようであり、また交差点を越えて、歩く。

しばらく歩くと、右手に神社があった。


この神社は後で調べると伊砂砂神社といって、石長比売(イワナガヒメ)をお祀りされているそうだ。イワナガヒメは神話に出てくる不老不死の神様だと思うが、こののたびの始まりに不老不死の神様とは縁起が良い(^^)。また案内看板も設置頂いており、それを見て旧中山道を歩いていると安心し(^^)有難く思いながら北東へ進む。

少し歩くと、高架下をくぐる道となっていた。


グーグルマップによると、この高架のうえは県道2号線のようだ。
高架下をくぐり、歩く。

少し歩くと道が右に曲がっていた。


事前に調べた情報によると、旧中山道は歩道を通り直進するようだ。
直進し、歩く。

少し歩くとまた道が右に曲がっていた。


ここには案内看板も設置頂いていた。


ここで1つ疑問が(^^;。事前に調べた情報によると、旧中山道はこの細い道を直進するようだったのだが、この設置頂いている立看板によるといったん右折して回り込むような表示をして頂いている。

どちらが正しいのかまよったが、設置頂いている立看板に従い右折して回り込むことにした。

右折し少し歩くと丁字路に出た。


さきほど設置頂いていた立看板に従い、左折し、少し歩く。

少し歩くと左手にJR線を潜る道が見えた。


また先ほど設置頂いていた立看板の表示を思い出し、それに従い左折し、JR高架下に向かう。

高架下の手前に来たところで、右側のガードレールに小さな案内看板をまた設置頂いているのに気付いた。


よく見ると、先ほど立看板を設置頂いていたところからここまで直進するような案内表示をして頂いている。


先ほど立看板を設置頂いていたところから今歩いてきたように回り道をするのか、直進するのか、他にも情報がないか確かめようと線路沿いの道を戻り、また進んでと往復してみたが、残念ながら他に分かるようなものはなかった。ただ、結局どちらでも歩いていたが(^^;。もしかすると、このあたりではJRが通る際に往時の旧中山道と異なった道となってしまったのかもしれない、とも思う。

引き続き旧中山道を歩くべくJR線を潜り抜けると県道2号線に出た。


旧中山道はここから北東へ伸びる県道2号線となっているようだ。

また北東の方向へ旧中山道を歩く(^^)。

少し歩いたところで栗東市に入った。


県境や市町村境を越えると、いつもなぜかなんとなく達成感のようなものを感じてしまう(^^;。

達成感を少し味わいながら、歩く(^^)。

しばらく歩くと、花園という交差点に出た。


ここから旧中山道はまだまっすぐに進むようだ。
交差点を渡り、歩く。

このあたりでは車の通行量も多く、邪魔にならないように慎重に歩く。

少し歩いたところで栗東駅西口という交差点に出た。


旧中山道はまだ直進する方向のようであり、栗東駅を横目に交差点を横断し、歩く。

このあたりでも車の交通量が多く、邪魔にならないように慎重に歩く。

しばらく歩くと今度は守山市に入った。


またもなんとなく少し達成感を味わう(^^)。先ほど栗東市に入ってからそんなに長距離を歩かないうちに栗東市を出るようだが、このあたりでは市町村が入り組んでいるのだろうか。

旧中山道は北東へ伸びる県道2号線をまだ進むようで、守山市に入り、また歩く。

しばらく歩くと、焔魔堂町という交差点に差し掛かった。


珍しい名前だが、後で調べたところによると、近くに十王寺というお寺があり、そこに閻魔像があることなどに由来するようだ。やはり歴史ある町名のようだ。ただ、そのお寺はこの交差点に着いた地点でもう途中気付かず過ぎてしまっていた(TT)。

焔魔堂町の交差点を越え、歩く。

少し歩いたところで今宿一里塚があった。



旧東海道ではなかなか見ることが出来なかった大きな一里塚だ(^^)。やはり、旧東海道と違い、往時のまま現存して頂いているところも多いようだ(^^)。

これからの中山道六十九次のたびでどのようなものを見ることが出来るのか想像を膨らませつつ、楽しく歩く(^^)。

少し歩いたところで守山宿の看板を設置頂いていた。


どうやらこのあたりからが守山宿のようだ。
宿内に入り、ゆっくりと歩く(^^)。

交差点を越えて少し歩いたところに案内看板を設置頂いていた。


京都から中山道を通って江戸に向かう方が最初に泊まったのはこの守山宿だそうだ。一瞬、私も今日は往時の方々が1日歩いた距離と同じ距離を歩いた、よく歩いたなぁと錯覚したが(^^;、違う、私は草津から歩き始めた、とすぐに思い直す(^^;。

少し歩くと左側に道標があった。



これは250年以上前に建てられた道標だそうだ。多くの旅をされる方がこの道標を見られたことだろう。
私も道標に従い右に曲がり、往時の旅人の方の気分を味わいつつ、歩く(^^)。

少し歩くと右側に本陣跡があった。


ここに、往時は本陣があったそうで、徳川家茂に降嫁された和宮親子内親王も宿泊されたそうだ。

本陣跡を過ぎて、また道なりに歩く。

少し歩くとまた道標があった。



これは復元されたものだそうだが、設置頂いている案内版の文面と石碑からして、どうやら根元の部分は往時のままのようだ(ように感じた(^^;)。

少し歩くと高札場跡があった。



事前に調べた情報によると、このあたりが守山宿と加宿された吉身宿の境のようだ。

加宿されたということは、京都から中山道を通って江戸に向かう方が最初に泊まったのはこの守山宿のためやはりそれほど往時は利用する方々が多かったということのなのだろう、と思う。

高札場跡を越え、しばらく道なりに歩く。

少し歩くと吉身小学校南という交差点に出た。


交差点を渡ったところに小さな公園があり、道標があった。


この道標は比較的新しく見え、往時のものではないのかもしれないが、このような道標を設置頂いていると旧中山道を歩いていることが確認出来、有難い。

道標を過ぎて、また道なりにまっすぐ歩く。

しばらく歩くと、大きな橋に出た。


これは野洲川橋と言って文字通り野洲川に架かる橋のようだ。
事前に調べた情報によると、往時もここには橋が架かっていたそうだ。

野洲川橋の手前で、左側に歩道があり歩いていたが、橋の歩道は道路右側だったため、橋の手前の横断歩道で道の左側から右側に渡ろうとしたが、このあたりは交通量が多いうえにちょっと複雑な形の交差点になっていて、その横断歩道を渡る際には十分気を付けて渡った(^^;。

橋の右側の歩道を渡り、野洲川を越える。

橋を渡り切ったあたりでまた交差点に出た。


事前に調べた情報によると、旧中山道はまっすぐに伸びる道を進むようだ。

交差点を渡り、まっすぐに進む。

少し歩いたJR東海道本線の高架下をくぐるところに中山道の表示をして頂いていた。


表示を見て間違いなく旧中山道を歩いていることが分かり、有難く安心して歩く(^^)。

しばらく、道なりに旧中山道を歩く。

しばらく道なりに歩いていると、道の右側に2体のお地蔵様があるのを見つけた。


このお地蔵様は、生まれたこどもがこのお地蔵様の小さなほうぐらいになると後は無事に育つとして背比べをしたそうだ。
医療技術も現在ほど進んでいなかった江戸時代では、生まれたこどもが育ちにくく、すぐに亡くなってしまうことも多かったのだろう。

背くらべ地蔵を後にして、また旧中山道を歩く。

しばらく歩くと、道が分かれていた。


この分岐では、旧中山道を示す看板を設置頂いていた。
有難く看板に従い、まっすぐに進む。

少し歩いたところでまた交差点に出た。


旧中山道はこの交差点もまっすぐに進むようだ。

交差点付近には常夜灯をモチーフにしたと思われるモニュメントを設置頂いていた。


やはりこのようなモニュメントを設置頂いていると、旧中山道を歩いていると安心するとともに往時の旅人の方の気分を味わうことが出来、有難い。

交差点を渡り、また道なりに歩く。

しばらく歩くとまた交差点に出た。


旧中山道はこの交差点もまっすぐに進むようだ。

交差点を渡る。


交差点を渡ったあたりで帰りの交通手段のことを考え、今日はここまでにした。
今日歩いた距離はおおよそ9㌔、所要時間は2時間15分程度だった。
久しぶりの「たび」だったが、概ね予定通りに歩くことが出来た(^^)。また、脚の具合も大丈夫だ(^^)。
まだまだたびは始まったばかりで、具体的な計画はこれからだが、出来れば、また冬が来るまでには雪の懸念があるところはは歩き切っておきたいと思う。また近いうちに歩こう(^^)!