本稿に取り組むきっかけ 

何だか後ろ向きの様に感じて「いわゆる闘病記」を残すつもり等サラサラなかったのだが、多くの同病患者が人工呼吸器装着後の生活に悲観して呼吸器の装着を拒み亡くなっている現状を憂い、本稿が現状打破の一助になればと思い、私なりの「ALS考」を綴ってみることにした。

 

寝具考 

 ALSの有名な陰性兆候に褥瘡がある。ところが、医療職者の中にはALS患者の皮膚が特殊に進化すると誤解している人もいる。ALS患者は寝たきりになろうとも、更に病状進行して意思疎通が困難になろうとも、皮膚感覚には異常を生じない特徴があるので、褥瘡ができる前に痛みを訴えて、寝返りを打たせてもらったり、除圧を求めたりするからに他ならない。食事と排泄の話題が続いたので、「食って出したらたら寝る!」と言うことで、今回は寝ることについて考察を加えてみたい。

 

介護ベッド

 自力でベッド移乗が困難になると介護ベッドの登場だ。テレビCMでも盛んに介護ベッドの購入を勧めているが、CMに乗せられて決して買ってはいけない。介護ベッドを必要とする人には必ず要介護認定されているはずなので、介護保険を利用したレンタルが利用できるからだ。要介護認定がされていないのに、介護ベッドを欲しがる人は単なるものぐさ者のはずだ()。まずはケアマネージャーにするといいだろう。

 介護ベッドには大きく分けて、高さ調整と背もたれを起こす機能の付いた2モータータイプ、それに加えて、脚上げ機能の付いた3モータータイプがある。脚上げとは膝の裏が高くなり座位を保ちやすいのが特徴だ。起きている時間のほとんどを車椅子で過ごす私は2モータータイプを使用しているが、過去には脚上げ機能を魅力的に感じて、3モータータイプをレンタルした時期もあった。ベッド上で過ごす時間の多い人は3モータータイプを選ぶとよいだろう。

 介護ベッドにはベッド柵が装備されるが、身体が動かない私には不要なので外して使っている。レスパイト入院先では「えーっ!ベッド柵がないと危ないです!」と言われたが、自力で寝返りもできない、というよりも身体も動かない私にどうやってベッドから落ちろというのだろうか?

マイベッドと側臥位の私

 

寝返り

 しばしば「ちゃんと寝れるのか?」との質問を受けるが、人工呼吸器との相性バッチリの私は皆さんと同じ様に睡眠欲もあるし、夜更かしをすれば眠たくもなりアクビもでる。大きな違いは筋力の低下から自力で寝がえりが出来ない点と、布団が重たく感じられる点だろうか。他の同病患者も同様の悩みを抱えているらしく、入院先で知り合った兵庫県の患者からヒリカというのもを教えてもらった。おそらくは離皮(被?)架がネーミングの由来と思われる補助具で、リヒカの上から布団を掛けて使うと布団の重さはゼロだ。現在は軽量羽毛布団を使用しているので使用しないが、布団を重く感じる人には良いだろう。

リヒカ

 現在は介助者の手で寝返りを打つ私だが、今のスタイルに至るには紆余曲折があった。筋力低下により最初に寝返り方法を変えたのは、仰臥位から両脚を高く上げて勢いをつけて側臥位へと寝返りを打つ方法だ。側臥位から仰臥位へは体幹の力でノビをすればよかった。体幹に比べて、先に腕力、脚力が筋力低下していったからこんな方法をとったのだろう。また、不自由に感じたのは、寝返りのたびに毛布が脚に絡みついて身動きが取れなくことと、寝床で快適なポジションを求めてゴソゴソするうちに、パジャマのズボンの裾がふくらはぎに捲れ上がり、自力で戻せないことだった。思う様に脚が動けば何てことないこれらの悩みは、ほとんど身体が動かせない現在となっては贅沢な悩みと言えるかもしれない。

 そこで毛布なしで寝てみようとしたが、それでは冬は寒い。そこで、リビング内に3mX3mのタープテントを張って、その中に介護ベッド、オイルヒーターを持ち込んでテント全体を布団の中にする作戦だ。包装材のプチプチで側壁を作って、冷え込みに応じて断熱も施した。なんだか秘密基地みたいで楽しい()。このタープテントはオートバイレースのパドック用に持っていたもので、このためにわざわざ買った訳ではない。楽しいテント暮らしはわずか一冬で終わりを告げた。病状進行によって自力で寝返りができなくなり、完全に妻の寝返り介助を必要とするようになったからだ。 

タープテント

 

スライドシート

 寝返りを容易にする目的で、介護用スライドシートも使用している。スライドシートとはウインドブレーカー素材のようなナイロン生地が筒状になったもので、ナイロン生地同士の摩擦抵抗が少ないことを利用して、ベッド上での横移動を容易にしている。本来は必要時に身体の下に敷いて使うようだが、夜間の寝返りが多い私は腰の下に常に敷きっぱなしにしてい。敷きっぱなしの難点は、通気性のないナイロン生地によって背中が蒸れることだ。注意すべきは筒の向きで、横方向にスライドさせる場合には筒が縦になるように敷くと良い。

スライドシート

 

ベッドマットレス

 介護ベッドとは別にマットレスも介護保険でレンタルすることができる。気に入らなければ気軽に返品交換可能なので、今までに種々のマットレスを試してきた。一般的なスプリング・マットレスではなく、介護用ではビニール素材でカバーされたウレタン・マットレスやエア・マットレスがポピュラーだ。これはレンタルされること、失禁などで汚染されることを考慮しての選択だと思うが、通気性がゼロだから、とにかく蒸れるのは欠点だ。

多くのマットレスを使ってみて、エア・マットレスはポヨンポヨンした感じがして、ウレタンの方が寝心地が良いと感じた。また、褥瘡予防と寝返り補助の目的でモーター内臓のエア・マットレスも準備されているが、モーター音が意外とうるさく感じたのと、例のポヨンポヨンに馴染めなかった。 

<その32・間違いだらけの車椅子3>でも触れたように、車椅子の座面クッションで使っていたロホ・クッションからもベッドマットレスが出ていることを知って、早速業者を呼んでみた。仰臥位で長時間過ごすと尾てい骨が痛くなるので改善したい旨を伝えると、ノートパソコンにつながった圧力センサーを尻の下に敷いて、PCモニターを見せてくれた。なるほど、尾てい骨だけが黄色く表示されてる! 業者が空気圧を調整すると、黄色が消えて均一になるぞ。咬合紙やフィット・チェッカーに頼っている歯科業界に比べて、随分ハイテクなことに驚いた。

エアセルのイメージ

圧力センサーに乗る私

 ロホ・ベッドマットレスも広義のエア・マットレスだが、小さなエアセルに分かれており、ポヨンポヨンとは無縁なのもよい。現在も愛用しており、尾てい骨の痛みがなくなった訳ではないが、今のところ最強マットレスと言ってよさそうだ。 

ロホ・ベッドマットレス

 

 側臥位で過ごす時間が長い私は枕にも工夫を凝らしている。身体が動かせないということは耳が痛くなっても、頭を浮かしたり、枕の位置を動かしたり、どうすることもできないということだ。長時間側臥位で過ごすと耳がちぎれそうに痛くなるが、柔道を志していた私はいわゆる柔道耳に対する憧れも少々あるが()。肩幅の広い私は側臥位では高い枕が楽なため、ホームセンターで厚みのあるウレタンフォームを買ってきて、2層重ねとし、耳が入る部分には穴を開けてタオルを枕カバーとして使用している。

穴を開けた枕

 

まとめ

 皆さんは睡眠中も無意識のうちに布団をはだけたり、掛けたりして温度調整をしていることだろう。しかし、身体が動かない私は暑かろうと寒かろうと調整ができないので、介助者が近くにいない時に寒ければ、「シベリア抑留兵の辛さに比べたらこんなもの!」と、ジッと我慢するだけだ()。また、元来落ち着きのない私は就寝中も落ち着きがない。仰臥位では尾てい骨の痛みと背中の蒸れから、側臥位では下になっている腰骨と肩の痛みから、1時間半で目覚めて寝返りを要求する。妻は「少しは我慢しろ!」と言うが、特に腰骨の痛みは神経を直に刺激する鋭い痛みで、我慢できない。ALS患者の中には朝まで寝返りを必要としない人もいて、そんな人に出会うたびに妻は羨ましがる。痛みの原因は筋肉量の減少により、相対的に骨が出っ張ってきたことによるもので、腰骨や尾てい骨の痛みを解消する手法があればご教授願いたい。

現在の睡眠スタイルに至るまでに多くの工夫をしてきたが、工夫を面倒がらずに工夫を楽しむことを薦める。ALS患者の中には睡眠剤に頼っている人もいると聞くが、身体が動かなくなっても睡眠剤に頼ることなく熟睡したいものだ。

(つづく)

※本連載は歯科医向けの連載ですので専門用語を含みます。 

<広歯月報No.795  令和3年8月号掲載>