本稿に取り組むきっかけ
何だか後ろ向きの様に感じて「いわゆる闘病記」を残すつもり等サラサラなかったのだが、多くの同病患者が人工呼吸器装着後の生活に悲観して呼吸器の装着を拒み亡くなっている現状を憂い、本稿が現状打破の一助になればと思い、私なりの「ALS考」を綴ってみることにした。
チルト・リクライニング車椅子(2014.7.1~2018.5.31)
電動車椅子のジョイスティック操作が困難になる程に病状が進んできたということは、体幹を支えるのが困難になってきたことをも意味する。そこで多くのALS患者の例にならって、チルト・リクライニングする車椅子をレンタルした。少々説明を加えると、リクライニングとは車の座席にあるように背もたれのみが倒れる機能を指し、チルトとは座面と背もたれが同じ角度を保ったまま倒れる機能を指す。両方の機能をうまく使えば、ほとんどの場合で体幹を支えられる。
レンタルしたチルト・リクライニング車椅子
車椅子の後輪には大きく分けて自走向きの大径ホイールのものと、介助者に押してもらうことを前提とした小回りの利く小径ホイールのものがある。私のように全身の筋力が低下する病だと腕の力で自走することは稀なので小径ホイールが良さそうに思い、同じ車椅子の小径モデルを試しに借りてみたことがある。路面の凸凹を拾いゴツゴツと乗り心地が悪い上に、段差乗り越え能力が低く、屋外に出かけることの多い私にはメリットを感じなかった。小径ホイールモデルは病院内など屋内でそのメリットを発揮するのだろう。
同じ車椅子の小径ホイールモデル
座布団
すべての車椅子には座面クッションが付属しているが、レンタル業者のカタログには特別な機能を持った座面クッションが数多く載っている。思うように身体が動かせない上に、尻の肉が落ちて尾てい骨が出っ張って、付属のウレタンクッションでは物足りなくなった私は色々な座面クッションを試してみることにした。大きく分けてエアークッションとゲルが充填されたものがあり、エアータイプは車のサスペンションで言うスプリングに該当する反発型、ゲルタイプはショックアブソーバーに該当する減衰型と感じた。ゲルタイプは尻の形に応じて変形する分、風通しが悪くて蒸れるので、エアーの出し入れで硬さを調整できるエアータイプをもっぱら使った。それでも筋肉量の減少と共に尾てい骨が出っ張ってきたので、リハビリ職の勧めに従いALS患者に絶大な人気のあるロホクッションというエアークッションを取り寄せた。写真のように幅5cm・高さ10cm程度の柔軟なエアセルが並んでおり、一つのエアセルに力がかかると隣のエアセルに空気が移動することにより優れた除圧効果を発揮する。中でもコンツァーセレクトはALS患者や脊損患者向けに座位を保ちやすいように立体的になっており、空気の出し入れで硬さ調整をすると尾てい骨の痛みは激減した。ロホクッションはアビリティーズという会社が独占的に扱っており、レンタルもアビリティーズから月額500円で現在も借りている。車椅子はフランスベッド、座布団は他社、と変則的な借り方のようにも見えるが、介護保険サービスを集計するケアマネージャーに面倒がられても、いいモノは会社を超えてでも、使用するべきだろう。
ロホ・コンツァーセレクト
パソコンを取り付けて社会復帰じゃ!
チルト・リクライニング車椅子をレンタルしている間に目に見えて病状は進行した。誤嚥性肺炎(2014.11)、人工呼吸器の装着(2016.2)を経験したのもこの期間中だ。念願だった車椅子にパソコンを取り付けるのに初めて成功したのもこの車椅子だった。以前よりパソコン取り付けアームを入手していたのだが、車椅子のフレームにちょうど良い固定部位が見つからず断念して放置していた。固定には車椅子のフレームを、という固定概念をひょんなことから脱したその日、頑丈なフットレストの肩の部位に固定すると、それまでの悩みが嘘のようにすんなりとパソコン操作が出来た!これで社会復帰出来るぞ!
パソコン取り付けに成功した日
段差乗り越え
ご存知のように車椅子にとって段差は鬼門だ。車椅子には介助者が足で踏んで体重をかけるティピングバーが付いており、バーが地面に接する位置まで前輪を浮かすことが出来る。但しティピングバーは転倒防止の意味合いがあるのでやみくもに段差乗り越え能力を追求するわけにもいかない。乗り越え能力は最大で20cmくらいだろうか。前輪を浮かすためのスペースを必要とするため、たとえ段差が小さかろうと連続する段差は苦手だ。前輪を浮かすことなく段差を乗り越えるためには、前輪の荷重を極力抜き、エイヤ!と段差に前輪をぶち当てれば前輪の直系の1/4程度まではイケる。ならば前輪径を大きくすれば良さそうなものだが、前輪を大きくすると小回りが利かなくなる。
ライブハウス・クラブクワトロの段差ではこんな経験もした。モギリからホールまでに3段の階段があり、いつも屈強そうな男性スタッフ4人がかりで車椅子ごともち上げてもらっていた。その日もライブ終了後すべての観客がホールから出たのを見はからってスタッフが近づいてきてくれた。1・2の3!掛け声と共に車椅子は浮き上がった。3段の階段を一歩一歩下る。かなり揺れる。前輪を持っていた男性スタッフが階段を通過して前輪を床に置こうとしゃがんだその時、車体後方のティピングバーはまだ最後の階段にあった。つんのめるような形で大きく前に傾いた。「あ~~っ!」声は出んのだった(笑)。スローモーションのように上半身は前方へと崩れ落ちた。「ヤバイ」床に顔面から落ちるな。死ぬかも知れん。そう思った次の瞬間、おでこに激痛が走った。視線入力パソコンのアームが当たったようだ。すんでのところで車椅子から落ちずに済んだ・・・車椅子と上半身を固定していなかったのに加え段差を降りる時は後ろ向き、という基本をおろそかにしたのがいけなかった。同行していた妻とヘルパーも入場時に階段を問題なく登ったことから、「下りも大丈夫なはず」と男性スタッフに任せきりにして油断していたようだ。
階段昇降機
階段が苦手な車椅子だが、3年前にはこんな経験もした。錦川鉄道に乗ってみたくて計画を立ててみた。錦川鉄道のHPによると列車(一両なので列を成していないのに「列車」(笑))には車椅子対応のトイレまであるようだ。「よし。行けそうだな」。しかし、岩国駅の光景を思い出し、一抹の不安を覚えた私は、「車椅子で広島からJRで行くが、岩国駅で錦川鉄道に乗車できるか?」と確認の電話をするように妻に頼んだ。錦川鉄道の女性スタッフは「大丈夫ですよ~」と。ところが山陽本線を岩国駅に降り立つと駅員が飛んできた。「どこへ行くのか?」と。降り立ったホームと錦川鉄道が発車するホームを結ぶエレベーターはない。駅員はどこからともなくキャタピラー式の階段昇降機を持ってきた。陸橋を渡る作戦だ。ガンダムのガンタンクのように(笑)階段を上り下りするスリリングなアトラクションだった。
岩国駅の階段昇降機
それにしても錦帯橋を有する観光都市岩国の玄関にエレベーターがないとは驚いた。なお現在の岩国駅は豪華寝台列車・トワイライトエクスプレス「瑞風」が停車するに相応しいエレベーター完備の新しい駅舎に建て替えられている。
(つづく)
※本連載は歯科医向けの連載ですので専門用語を含みます。
<広歯月報No.774 令和元年11月号掲載>