ザ・プラクティス シーズン2 第3話「ある死刑執行の記録」 を見て。
この回の進行は、ドキュメンタリー風で、普通のドラマとはちょっと違った進行。
死刑囚である被告人が公平な裁判を受けていなかった可能性があり、死刑執行を停止してもらうために奔走。
たぶん、日本でこういった題材を扱う場合、最低でも二時間ドラマにするのではないかと思う。
そして、最後には無罪で釈放と言う流れになる可能性が高いが、現実問題かなり難しいというのは誰もが感じているのではないかと思う。
この回のストーリーは、死刑囚中心に進んでいる。
日本とアメリカでは、死刑執行の過程は違うだろうから比べる事は出来ないが、死刑囚の心情はよく表れているのではないかと思う。
死刑執行には、今も昔も賛否両論があるのは変わらない。
被害者の遺族側からすれば、死刑も当然という想いは強いだろうが、被告人を弁護する側としては、それでも弁護しなくてはならない。
ここに普通の人には感じる事が出来ない葛藤が生まれてる。
その葛藤については、第4話で表現されている。
これは、自分だけが感じた事かもしれないが、第3話が第4話への布石なっているという事。
よくあるストーリー内に伏線を張るのではなく、言葉には表わさない感情面で伏線を張っている。
しかし、自分の行っているTSUTAYAでは、「ザ・プラクティス」はあまり借りられていない。
裁判員制度が導入され、多少アメリカの陪審員制度に近くなったからといっても、こういうドラマは受け入れられにくいのだろうか。