8月20日の「大野病院」判決の無罪判決のニュース。
http://www.j-cast.com/2008/08/20025437.html
http://www.j-cast.com/2008/08/21025512.html
http://www.asahi.com/national/update/0820/TKY200808200054.html?ref=rss
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080820-00000954-san-soci
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/living/171427/
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/171411/
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/171414/
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080821-00000011-cbn-soci
http://mainichi.jp/area/fukushima/news/20080821ddlk07040172000c.html
http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20080820AT1G2004D20082008.html
ニュースは、妥当判決と伝えている。
この裁判のもたらしたものは、医療現場で働いている自分も同じ立場に成り得る可能性を持っていると言う不安感以外にないのではないかと思う。
それを示すがごとく、産婦人科の減少、婦人科の医師の希望者の減少が現実に起こっている。
医師や看護師は、命を扱うプロフェッショナルである以上、知識の蓄積、技術の向上などを日々行うのは必要不可欠だし、それを判っていてその仕事に就くのだと思う。
ただ、人間である以上、ミスをする可能性が無いとは言い切れないのは、誰でも分かっているはず。
だからこそ、ミスをしてしまったら、素直に認め、謝罪し、遺族の方には、真実を包み隠さず話、誠心誠意を尽くす事で、多少なりとも遺族の方々の心情を和らげる事が出来るのはないかと思う。
もし、子宮と胎盤の剥離をせずに子宮を摘出した場合、なぜ、子宮を摘出せずに、胎盤の剥離をおこなわかったのかと言う疑問が残るのではないかと思う。
もし、子宮摘出の手法を取っても、遺族の方々の疑問は残ったのではないかと思う。
特に今回のように、まれな症例だった場合、どちらが、最善の手法だったかの判断は難しいのではないかと思う。
今回のような専門性を問われる裁判。
来年から始まる裁判員制度の裁判員は、どのような判断を下すのだろうか?