同じ場所を目指しているのに対立してしまう時がある。
それは何故か?
同じ場所へ向かうには、いろいろな道もあれば、いろいろな方法がある。
それを判っていながら、ほんの少しの意見の違い・価値観の違いで対立してしまう。
漫画「ソムリエール」第20話より。
ワインを作る為のブドウ畑の栽培方法の親子の対立。
息子は、「グリーン・ハーベスト」と言われる成熟度の高い果実を早い時期に収穫する為、熟成の遅れている房を間引く方法を勧め、父親は、長年、土と戦い土と生き、自分の体に流れる血のように知り尽くしているが故に、息子の未熟なブドウの房を間引くと言う行為がどうしても許せなかった。
その親子は、父親が死ぬまで断絶状態だったが、息子の名刺には”ブドウ栽培者”と書かれていた。
その意味するものは、”自分も父さんと同じ農民なんだ。見つめる先は少し違ったけど、土と生きる農民なんだ。その誇りは変わらない。父さんの誇りは受け継いでいる。”だと。
この親子は、良いワインを作りたいと言う目指す場所は同じなのに、少しだけ方法の違いが対立を生み、相手の事を受け入れる事が出来なかった。
この対立を避ける事は出来なかったのか?
相手の事を受け入れ、承認する事によって、相手の立場に立つ事によって、相手の気持ちや大切にしているモノ(誇り)が判る事によって、この対立は避ける事が出来たのではないかと思う。