先日いつもお世話になっているブロガーさんから、
皆既日食の写真のリクエストをいただきました。
その方のご主人は素晴らしいデジタル一眼レフや
望遠レンズをお持ちの方ですので、100%ご主人が
撮られた月食の写真のほうが見栄えはいいのです。
今思えば、それはリクエストではなくて、月を見なさい
ということだったのかもしれません。
もし、違っていたらごめんなさい。
満月のときは、いつもダフィーを思い出すのですが、
フルムーンの1月31日の翌朝、つまり2月1日の未明
に一度、そしてもう少しで夜が明ける頃に、もう一度
ダフィーの元気な鳴き声を、家内が聞いたそうです。
家内とダフィーは一緒にいる時間が長かったということ
もあり、いつも家内の寝入りばなを狙って、ダフィーが
起こしにきたそうですが、今回の鳴き声も、二回とも
寝入りばなだったそうで、またかと思ったそうです。(笑)
それは悲しい鳴き声でなくて、元気だった頃の遊ぼうよ
と吠えるダフィーの声そのものだったということですが
ドッグフードなど与えず、いつも手作り食で、毎日を
面白おかしく暮らし、北海道に行って、トロッコ電車
に乗ったり、砂金堀をしたりと、生涯楽しく生き抜いた
犬でした。
ダフィーが死んでしまったことは、もちろんショックでし
たが、次の犬を飼うための準備も着々と進めています。
ですので、ペットロスにありがちな幻聴ということは
おそらくないと思います。
ダフィーは、自分が死んだことなどお構いなしに、とにかく
今は暇だから遊んでくれと言っているかのようです。
本当に、死んだ後まで笑わせてくれる犬なのですが、
やはり声だけ聞こえて、実体がないということは、とても
悲しいことだと、嬉しい反面、悲しくもある複雑な思い
です。
それで、話を元に戻しますと、そんなダフィーの存在を
感じることが出来るのは、決まって(珍しく)二人で協力
して何かをしたときなんです。
皆既月食のリクエストをいただいて、私はそれが撮れる
ようなカメラを持っていない、それでは家内に頼もうという
ことになり、普段なら、月食?、まぁ、適当に写真でも撮れ
ば?という調子で、家内任せですが、今回は頼む以上、
こちらも協力しないわけにはいかないので、それがダフィー
を引き寄せてくれたと思っているからです。
この場を借りて、リクエストをくださったブロガー様には
厚くお礼申し上げます。
ありがとうございました。
そして、ダフィー、
お前が居なくなって、まだ7ヶ月、
お前がまだ私たちともうしばらく一緒に遊びたいのなら、
いつでも帰っておいで。
生まれ変わりとか、輪廻とか、人間が考え出したことに
捉われるつもりはないから。
