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今年の3月17日がイタリア統一150年記念日なんだそうです。

どうも昨年あたりからナショナリズムを煽るようなCMが目に付いたり、イタリア国旗や国歌に触れる機会が多くなったような気がしていたのですがおめめぱっちり

主役は言うまでもなくジュゼッペ・ガリバルディ将軍。

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この機会にこの人の伝記を読んでみました。

スゴイ破天荒な人生ためいき

1807年、当時まだイタリア領土(サヴァイア朝)だった現在のニース生まれ。幼い頃読んだ偉大なローマ帝国の歴史に触発され、当時教皇領だったローマを民衆の手に戻し、オーストリアに占領されていた北部、フランス・ブルボン王朝に占領されていた南部を奪回しイタリア統一を夢見て行動を開始爆弾
逮捕を逃れて行き着いたブラジルの地で伴侶アニータに出会う。
やはり混乱していた南アメリカ大陸各地の戦闘で手柄を立てた後イタリアに戻り、当初の目標であるローマ奪回、イタリア統一を目指して各地を転々としながら、サヴァイア王ヴィットリオ・エマヌエーレ2世や教皇ピオ9世などとの微妙な政治的駆け引きもありつつ、の戦争人生。

ブラジルで戦っていた頃、たまたま赤いニットシャツを安く作ってもらえた事から、彼の軍隊がみんな赤シャツを着て、それがガリバルディの象徴になり、果てはイタリア統一の象徴になったそうだ。
よく赤シャツの上にポンチョを羽織っているガリバルディの絵や写真を見かけるが、これももちろんブラジルのパンパで皆が羽織っていた物をイタリアに持ち帰ったもの。
なかなかおしゃれニコニコ当時のヨーロッパでは珍しかったのでは?

ブラジル人の奥さんアニータがまたまた一筋縄ではいかないツワモノで叫び
たくさんの子供を抱えながらガリバルディの戦闘に付き添い、ついには北東イタリア・ロマーニャの地で果てるのだが、ガリバルディ以上に強靭な意志と体力のある女性だったよう。
彼女についての本もたくさん出てるので、今度はこっちを読んでみます。

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イタリアで一番多い銅像は間違いなくガリバルディ将軍のものだと思うのだけれど(どの町に行っても必ずあります)、やはりローマのジャ二ーコロの丘の銅像が一番ではないかなと個人的に思います。
実際にこのローマの町が一望できる美しい丘の上で、攻め来るフランス軍と戦ったことも含めて。

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ガリバルディ像

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同じくジャ二ーコロの丘にあるアニータ像。ガリバルディより勇ましい目

ところで、伝記によると1861年の3月17日は北のオーストリア軍を制圧して、南のフランス軍からシチリアとナポリが解放され、ヴィットリオ・エマヌエーレがイタリア王国の王と宣言した日。
ローマはまだ教皇のものだったし、自分の生地ニースとピエモンテの山の一部がフランス領になったことにガリバルディはひどく落胆したようです。ガリバルディはローマとヴェネト(ここもまだオーストリア領だった)の奪回なくして、イタリア統一はありえないと考えていたので、ガリバルディ流の見解だとまだ今年はイタリア統一年では無いのです。(その後ヴェネトは1866年、ローマは1870年に王国に統一されます)

現在のイタリアはバラバラ、ぼろぼろ、北と南の格差は激しくなる一方。
この来月の記念日にしたって、けんけんごうごうで、学校も仕事も休みにすべきだとか、そんなことは出来ない、フェスタ自体この経済危機の時期にお金の無駄遣いだとか。。。もう一ヵ月後のことなのに、まとまらないまとまらないドクロ
10人でカフェでコーヒーを飲むと、10人みんながそれぞれ違うオプションのコーヒーを頼むお国柄。(イタリアに住んでる人ならわかるはず!)
ある意味ガリバルディという人はそんなバラバラのイタリア人の心を(ほとんど)ひとつにして熱狂させたのだから、やはりすごい人だったんだろう。
後々プロパガンダに使われたり、彼の名声がひとり歩きした感はあるが、圧倒的な牽引力と統率力、何度負傷しても負けても引き下がらない不屈の精神は、結果はともかく今でもイタリア人の心を捉えて離さないようです。

そして今のイタリアに必要なのはたぶんガリバルディのような人物だから。。。??