加賀捧茶  新保弥代枝

 

聞き慣れし「能登はやさしや土までも」優しき人らへの大地の暴力

 

せり上がり歪みて裂けし大地には爛れし皮膚のごときアスファルト

 

懐かしきものが被害者を重くせり美しき瓦また木舞壁

 

五十年使ひし汁椀輪島塗つや落ちつきて我が家の色に

 

 

おでんにはだんぜん茶飯ふるさとの加賀捧茶濃く淹れて炊きたり

 

 

 

人間爆弾  杉本靖子

 

「そうなんだ」神風特攻隊の若人は命を賭けた人間爆弾

 

ノモハンでマラリア発病し父帰還二歳のわれは顔見て泣きぬ

 

マラリアの父は渋しぶ入院す六カ月後には瞬く星に

 

終戦の貧しき時代に五人の子母はひたすら愛情そそぐ

 

生きるとは環境にめげず同調し明日に向けての活力資源

 

穏やかに今の世とは雲泥の差終戦さへも今は幻

 

うつつ世に生きゐる人は老いてゆき戦争体験の語り部いづこ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鬼 火  下沢風子

 

廃線となりし駅の名書きとめる開拓のしるべ消えたる鉄路

 

鰊漁に湧きしうたかた銭函の古き駅舎のショウドウツバメ

 

花の名を孫の名前を忘れてもまだ懐かしきモトカレ浮かぶ

 

百年に満たぬつかぬま絮みたく風に吹かれてデイへと行かな

 

鬼火に視線集まるデイの秋鳴らした記憶がこんなに赤い

 

 

 

おぼろ月  進藤佐喜子

 

おぼろ月にしみじみ思ふ歳月の流れてゆくを帰らぬ人らを

 

高音の聞き取り逃し再検査老化ですとのいしの言葉や

 

いつの間に七十六歳うつる四季をこころにとめて短歌と俳句を

 

食卓の車椅子なる若者とヘルパーさんの会話のはづむ

 

雲流れわたしはわたし朝風の迷い打ち消す秋明菊や

 

 

 

 

 

 

 

雄冬は遠く  渋沢直子

 

急坂を登りつめれば船がゆく整よ多喜二よ海鳴りの街

 

コーヒーのカップの縁にまといつくかすかな湯気のあたたかさかな

 

赤紙をつきつけられて思い知る流されて来たわれらの罪も

 

雪風をさけて歩きし裏道にもう孫はいず東京は春

 

五月雨の中に明かりを灯すごと北国の桜いま街に満つ

 

 

 

背に翼が  清水紀久子

 

地図広げ明日の旅の行程を確かめる背に翼が生える

 

厚き雲に十国峠は覆はれて鶯だけがしきりに鳴きぬ

 

らふそくに灯を点すごとほつほつと桜の花の咲き始めたり

 

薄紅の桜とともにツツジ咲きひと目先のわが町のやう

 

桜桃の花が咲ひたよ霞とも見ゆる白さにしずしずと咲く