父の無念  執行裕子

 

「お前がナ男だったら良かったナ」と頭を撫でて呉れたりし父

 

あの時の父の瞳に光るもの忘るる事なき八歳の夏

 

終戦の一と月前に逝きし父三十八歳の無念を思ふ

 

五十年経てやうやくに白黒の写真で父の遺影を掲ぐ

 

吾の性(さが)の善きか悪しきか判らねど「何とかなるさ」で米寿を迎ふ

 

 

 

辰年の空  下口順子

 

新年の挨拶のやうな足跡を残しセキレイ飛び立ちにける

 

雨やみて真珠のしづくはひとつづつ白く光りて玉に零るる

 

始めての敬老パスを通さむとひとり照れゐる改札機前

 

遺伝子に組まれしオスの闘争本能チンパンジーもゴリラも人も

 

辰年の空に起これよ争ひを吸ひてからめて昇れる風よ

 

 

 

 

 

 

 

 

立冬の朝  佐野琇子

 

ひとあしもふたあしも早く咲き初めし白梅の香り居間を春へと

 

草中に口紅水仙しづやかに五月の風に添いつつ揺るる

 

スーパーのカート押しつつ「父の日は関係なかつたね」笑顔のままに子

 

道を行く人も綺麗とこゑをあぐ十日の月の夜のスモークツリーへ

 

たつたひとつなれどもアケビの実触れつつ嬉し立冬の朝

 

 

 

パリ五輪  四家不二夫

 

金色に聖火かがやく熱気球パリの夜空は神秘な世界

 

「セリーヌ」の『愛の賛歌』がパリ五輪開会式の夜空を流る

 

パリの空を「北口」選手の槍が飛び五輪の金の地面に刺さる

 

故郷は荒磯にウニを獲る季節杖止めて夏至の夕日を眺む

 

夏来ればウニの貝焼き匂ふ町少年の日のふるさとを恋ふ

 

 

 

 

 

 

 

 

あたたかき  佐藤眞理子

 

優しさに寂しさ足して今日いきる母らの周り朝日が纏わる

 

一歳児一歩ふみだす自動ドア防寒服は宇宙服めく

 

あけぼのに羽毛のような雲うまれひろがり育つや地を包むまで

 

十センチの背伸びそれだけ 世界が拡がる明るくなりぬ

 

中学の体育教師は大車輪雲にとどけて辞めて行きたり

 

 

 

私の宝物  佐藤百合子

 

家には私の宝物アイヌの矢尻と石の刀がある大切に取つてあるなり

 

ディサービス戻りは琴似発寒川流れに寄りて親子遊べり

 

百歳になりたる夫が表彰される書類が市役所から来て驚いた

 

ナナカマド赤き実を付け札幌の街路樹なりて美しきかな

 

娘より百人一首の豆本と手紙を貰ふ母の日に来てと言ふ歌が