黒揚羽  生出隆亮

 

黒揚羽過疎集落を一巡すここに残るか街へ出やうか

 

風と来て風と去り行く初蝶の白き飛翔を傍らに見る

 

手毬花ついてみたしと思いけり風の抜けゆく公園通り

 

斜に被る少年の日の夏帽子思春期の風写真に残る

 

登高の背に縫ひ来し黒揚羽誘ふがごと励ますごと

 

 

 

 

翳と湿度  生沼義朗

 

広い通路をカート曳きつつ歩くととき心の翳をしばし忘れる

 

革靴は泥濘んだ道に滑りたり札幌最古のライラックの真横に

 

お土産を一万円ほど買いこめば道新記者に礼を言われる

 

七月の雲はふかぶかとその翳を札幌の街に示して暮れる

 

蒸し暑い東京に戻り来し途端、翳はすなわち湿度なりけり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕光の非常階段  内田 弘

 

夕光はビルの非常階段を移りつつ俄かに暗みて路地に落ち行く

 

かたち良く抜殻残し変身する蝉の飛翔を思うたまゆら

 

寂しがり屋が集まって来て居酒屋に「飲み放題」を深夜に注文

 

出口選び駅を出で来し地下道に降りくる人らの匂いが籠る

 

地下鉄が目の前を過ぎてホームには吾がひとりの空白のなか

 

暗闇より地上の光へ抜け出でて地下鉄は現世を跨いで走れ

 

 

 

 

森を歩く  梅津博子

 

長距離を歩くことにも慣れてきた町内ならば杖、車なくとも

 

側溝にしがみついてる蕗の薹われも腹這い二つ三つ摘む

 

白樺も木蓮も咲く散歩道風に向かいて風に押されて

 

みみず腫れが毛虫と知るまで二日ほどエゾノコリンゴについてたやつだ

 

夕散歩のっぽの影持つ二人なり今日も歩けた五千歩ほどを

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夫と二人で  上原詩穂子

 

ゆとりもち三時間前に出発だ特別快速初めて体験

 

見るからに老夫婦なんだ私たち席をゆずられ素直に座る

 

乗り継ぎは秋葉原だよ階段は降りて上ってちょっぴりきつい

 

見も知らぬ青年われの荷物持ち素早く階段降りてくれた

 

極悪のニュースが流れる日本だが優しい人にこんなに出会う

 

 

 

 

約 束  氏家珠実

 

みるみると春の陽気に桜桃つぼみ擡げて花の雲になる

 

しなやかに光放てり繻子の如カサブランカの咲く懸命に

 

薄野のスクランブルに傘の花水溜まりにはネオンライト映ゆ

 

夕焼けに向かふあぜみち彼岸花茜に溶けし黒きシルエット

 

生まれて来ていつしか忘れし約束を今鮮やかに想ひいださむ