私の小学校時代は、首都圏において中学受験は小学校4年から進学塾に行くことが常套とされていた。
私も小学校4年から進学塾に入塾した。入塾試験が惨憺たる成績で「条件付き許可」という土日だけではなく平日講座への通塾を条件に入塾することとなった。これは多くの生徒さんがこの「許可」だった。これが塾側の戦略であったことが、自分自身がこの塾で講師をした後に分かった。
こんな中で学校の同じクラスの同級生も塾に入りはじめた。ほとんどは中学受験を目指すためである。当時、「小学生が塾に行く」ということは「イコール進学」ということであった。1クラスの2~3割程度の生徒が受験をした。
同級生たちは、麻布、開成、武蔵、桜蔭、女子学院、東京女学館、早稲田、立教などほとんどが志望校をオープンにしていた。通っている塾もオープンにしていた。そこで四谷大塚や学習指導会に通う生徒さんは塾内でも準会員・正会員、所属クラスなどがあり同じ塾に通う生徒同士でからかいあったり、違う塾に通う生徒は「指導会がなんだ、四谷大塚がなんだ」のような気持ちを持っていた。多くの同級生は通っている塾に誇りをもっていてワザとテキストを持ってきたりしていた。当時は塾専用教材もなかったので多くはオリジナル教材である。
今にして思うと「塾のステータス」によっていた(酔っていた?依っていた?)感が私を含めて生徒や親の中にもあった。「@@塾にかよっているから安心だ」「@@塾だから私は凄い」「@@塾は優秀だから大丈夫」というような意識であろう。こういった意識は沖縄でもある。「有名進学塾にいったら成績が上がる」「有名進学塾に行けば薬科に入れる」「開邦なら@@でないとだめだ」のようなものだ。塾は宗教や魔法使いではない。要はどんな塾に通っていても要は自分だ。しかし、その志望校に対応できる実力と人間性を兼ね備えた講師も必要であるのは確かだ。そして塾は生徒さんの夢の実現のために全力を尽くさなくてはならない。
当塾のような3年目で実績はオープンにしているものの実数が少ないことと大々的に宣伝をしない塾は「有名」でも「名門」でもない。別に「名門」と呼ばれることも望まない。それは生徒さんが限定されてしまうからである。多くの生徒さんの1人ひとりに合った指導をしていきたい。そして、今いる生徒さんとこれから入塾してこられる生徒さんのため一生懸命やるしかない。
私も小学校4年から進学塾に入塾した。入塾試験が惨憺たる成績で「条件付き許可」という土日だけではなく平日講座への通塾を条件に入塾することとなった。これは多くの生徒さんがこの「許可」だった。これが塾側の戦略であったことが、自分自身がこの塾で講師をした後に分かった。
こんな中で学校の同じクラスの同級生も塾に入りはじめた。ほとんどは中学受験を目指すためである。当時、「小学生が塾に行く」ということは「イコール進学」ということであった。1クラスの2~3割程度の生徒が受験をした。
同級生たちは、麻布、開成、武蔵、桜蔭、女子学院、東京女学館、早稲田、立教などほとんどが志望校をオープンにしていた。通っている塾もオープンにしていた。そこで四谷大塚や学習指導会に通う生徒さんは塾内でも準会員・正会員、所属クラスなどがあり同じ塾に通う生徒同士でからかいあったり、違う塾に通う生徒は「指導会がなんだ、四谷大塚がなんだ」のような気持ちを持っていた。多くの同級生は通っている塾に誇りをもっていてワザとテキストを持ってきたりしていた。当時は塾専用教材もなかったので多くはオリジナル教材である。
今にして思うと「塾のステータス」によっていた(酔っていた?依っていた?)感が私を含めて生徒や親の中にもあった。「@@塾にかよっているから安心だ」「@@塾だから私は凄い」「@@塾は優秀だから大丈夫」というような意識であろう。こういった意識は沖縄でもある。「有名進学塾にいったら成績が上がる」「有名進学塾に行けば薬科に入れる」「開邦なら@@でないとだめだ」のようなものだ。塾は宗教や魔法使いではない。要はどんな塾に通っていても要は自分だ。しかし、その志望校に対応できる実力と人間性を兼ね備えた講師も必要であるのは確かだ。そして塾は生徒さんの夢の実現のために全力を尽くさなくてはならない。
当塾のような3年目で実績はオープンにしているものの実数が少ないことと大々的に宣伝をしない塾は「有名」でも「名門」でもない。別に「名門」と呼ばれることも望まない。それは生徒さんが限定されてしまうからである。多くの生徒さんの1人ひとりに合った指導をしていきたい。そして、今いる生徒さんとこれから入塾してこられる生徒さんのため一生懸命やるしかない。