愛と暴力の戦後とその後
赤坂真理
講談社現代新書
姫路市立図書館
言葉の成り立ちや意味を追求するのは、本来物事の本質を捉えるために大事なことだと思うが、細かい部分に拘りすぎて本質を見失っていると感じられる。
頑張って最後まで読んだが、全部ではないが本来なら事実を前提に論じるべきところを、個人的な意見を前提に論じているところが、結論ありきで証拠集めをしているようにみえる。
中国共産党が戦後日本の恩人だというのは、おもしろい解釈だが、著者が言うような日本の分割統治の可能性は低かっただろう。逆に朝鮮半島の分割もなかったかもしれない。中国共産党が勝ったからこそ、金日成は南へ侵攻したのであって、ソ連が中国へも注意を向けなければならない状況で、金日成の支援をどこまでできたかどうか。
ただ、日本が現在のような発展を遂げることができなかったのではないか。
日本の高度経済成長の一因である朝鮮戦争が勃発したかわからない。また、日本の独立を急ぐ必要性がない。さらには、日本の占領統治に対して、中国の影響が幾分かは入ってきたであろう。
憲法については、日本国憲法を英文で読んで、日本語との違い、日本人の認識の違いを問題にしている。それは与えられた憲法だからである、との流れになっている。しかし、逆にそこが、単に与えられただけの憲法ではなく、日本として、日本人として考えたと言えるのではないかと思う。また、憲法は国内の問題で、政府と国民の理解が一致していれば良いのであって、海外での認識と日本国内の認識のズレがもたらす問題は、深刻なものではないだろう。
第5章で著者がいう1980年と81年の日本の空気の変化。単に、著者がアメリカに行って、価値観が変化したに過ぎないのではないか。外から見ると、単純に見える。
オウムついては、裁判も継続中であるし、教団実質的には引き継がれ、過去の問題ではなく、現在の問題である。
もちろんマスコミが取り上げることはごく稀だが、総括されていないことで戦時中の軍部の問題と同列に語るべきなのか疑問である。
また、上九一色村の名前が消えていることについて、住民の立場で考えれば自然なことで、裏を読む必要があるのかどうなのか。
また、オウム事件はテロではなくクーデターのほうがしっくりくるといった意味のことを言っているが、私は逆だと思う。クーデターとは内部からの転覆の試みであるが、それは体制内部からであり、オウムは内部ではない。
書評かなにかで、期待して読んだだけに。。。
買わなくて良かった。