暖かな日差しの中、遅めの起床。
 花粉症が目や鼻を悩ますが、温かい布団を抜け、ゆっくり朝食を取り、何気ない日常...。
この日常をおくらせて頂く事が“有り” “難い”

 1年前、総務で仕事をしていた私は、揺れを感じた後すぐに各階を回って異常や怪我人がいないかを見て回った。そして、部屋に戻ってその後の続々と入る情報にまみれて津波の映像に衝撃を受けた(CG映画に慣れてしまった我々には、TVの中の世界として現実と受け入れるのを拒否したがる自分に気づいた人もいたであろう)。
 「これは序章にしか過ぎない」という不安に駆られ、その時に感じた“更に大きな災害”について、同僚に漏らしたりしていた。
 不安は現実となり、オイルタンクは炎上し海に流れ、原発の災害は東北地方のみならず、関東・日本全国、海外まで及んだ。あまり報道されていないが、セシウムの何倍も恐ろしい物質も大量に海に流れ込み多くの生物に影響を与えている。

*1年後の今日、同じ様な不安に駆られる。
 これも、「まだ序章が終わっただけ」ではないのか...?
 日本政府や東電の小手先の対策の是非に注意を向けるようメディアは民意をコントロールしているが、もっと大局的な見地にたった対応をせねば、同じことは再び起こる。政府はそれを起こらない様にする為に即時方向転換すべきだったが、それが出来なかった今、地震と同様、原発事故も必ず起こるという前提に立って我々一般市民は準備をせねばならなくなった(原発は津波が来る前に壊れていた訳で、地殻変動により今後地震が多発するようになった今、他の原発も歴史的背景とその根本の存在意義を問わねばならない)。

*ここから誤解を恐れずに書くが;
 私は変な新興宗教も嫌いだし、何宗、何派も尊重はするが...。
仏教徒でいたいと思っている。(しかし、下記の考えはそこからも否定されるかもしれないが)
 早く亡くなった方は、幸せだと思う様にしている。幾多の試練を乗り越えて、この最後の修行の段階である人間界に産まれた我々は、天命を全うすれば完了する。修行が足りない者だけが、この苦しい人間界に残り悩み続けさせられ、己の欲に溺れた者だけが生き残り、もう一度1から修行をやり直す事になると...。(修行である以上、どんなに悩みが大きくとも自ら命を絶つのも解決策にはならない…。)

*さて、生き残った我々は何をすべきか?
 今回の災害は...天災もあるが、殆どが人災というべきものだ。地震も津波も“想定内”である。更に次に起こる原発事故も想定される事となった。
 未来の子供たちに負の遺産を残し“立派な大人”になれなかった我々小人は、 “立派な子供”たちから色々と教えられた。“動植物を大切に”“地球を守ろう”“原発はいらない”…しかし、聞く耳を持たない大人ぶった小人たちは、子供を馬鹿にする。もっと最悪の状態にまで陥れてからしか、次の世代に渡せないのか?こんなに大きな教訓(チャンス)を頂いたのに、3.11をなかった事にするのか 


 今日は、じっくり考える1日にして欲しい。その後、自分なりの一歩を踏み出して欲しい。 未来の子供たちや虫・魚・鳥・動物・花・草・木…沢山の生物たちの為に。

黙祷...(声を立てずに祈る行為であるが、個人の胸にしまうだけでなく、内証し時に声に出さねばならない事もある。)